9話 アルデンヌ領ピレネー高地
マルクが止まったのでスグルたち一行もとまると、そこにはボロい屋敷と一面に広がる草原があった。
「こちらがアルデンヌ領主のお屋敷にございます」
マルクが説明すると、生粋のお嬢様らしいルルが息を呑んだのが分かった。
「これがお屋敷?」
ルルの独り言にマルクが答える。
「元が王族の直轄領だったのでこちらのお屋敷が使われたのは遡れば何十年も前になります」
ルルは「そうね」と答えたきり黙った。直せばいいのにとスグルが思っているとギルが右耳に小声で囁いた。
「亡命してきたルル様にはこの規模のお屋敷を直せるだけの資金はありません」
対するスグルはルルに聞こえるような声で言った。言ってしまった。
「まあ、ベルデ王国のアルデンヌ領も森しかなくて田舎だったからちょっとボロいだけでお屋敷は似たようなものでしょ」
はあ、と耳元でギルのため息が聞こえたが、生粋のお嬢様であるルルの自尊心を傷つけるには十分な言動であった。
「違うわ! ベルで王国のアルデンヌ領は新しく頂いたピレネー高地よりも何倍も広くてお屋敷は各地に7つはあったわ! 私が住んでいたのは一番小さいお屋敷で、一番田舎のところなの!」
なぜだろう。ルルの小さなお腹のどこからそんな大声量がでるのか不思議であったが。スグルは耳元で叫ばれて、男の子のせつないところがキュンとなった。
「事情は分かりました! でも僕はどっちにしろお屋敷に入れる大きさでは無いので大量の藁を所望いたします!」
そのスグルの一言でルルは救われた気持ちになった。というよりスグルが哀れに思えた。
「それは、その……。ごめんなさい。ちゃんと藁は用意するわ」
「屋根もないところで寝るのか……」
ルルとギルがひどく哀れに思っていると。王国騎士団から出向しているフィンが言った。
「もし、王国騎士団所属になる気があるならもう使われていないスグルでも入れる大きさの聖堂が与えられる手はずになっております」
フィンはまだ完全にはスグルを諦めていなかったらしい国王の言葉を伝える。
しかし、スグルにとって魅力的な提案であってもスグルは首を振った。
「魅力的な提案だけど僕の主人はルル様に決めているんだ」
スグルはすでにこの小さな主人を守ろうと決めている。ギルとも約束した。スグルは行動や言動からは想像できないけど実は義理堅いのだ。
「そうか、残念だよ。可愛い側付きのメイドも雇うと言っていたのだけど……」
その言葉にスグル一瞬で後悔したような表情をすると。フィンは苦笑いになって言った。
「じょ、冗談だよ?」
はっとしてスグルが密かに好意を寄せているルルの方を見るとルルはジト目になったあと、仕方ないお抱え騎士だわとつぶやいた。
「にいちゃん! エッチだな!」
そして、今はスグルの部下でのはずのクソガキの一言で場は笑いに包まれたのであった。
「ともあれ、どちらにしろ屋敷の最低限の補修と藁の入手はしないといけないでしょう」
マルクはそう言うとルルから聞いたらしい所持金を確認すると何かをブツブツ言い始めた。
しばらくするとマルクは言った。
「どうやってもお金が足りないので、ギル殿とフィン殿、スグル殿はもちろん、ルル様にも手伝っていただきます」
生粋のお嬢様であるルルはてっきり嫌がると思ったが、ルルの反応は違った。
「体が動かせるのね! 良いわよ! やることを教えて頂戴!」
そのお嬢様らしからぬ言動にギルはため息をつくと言った。
「お嬢様、貴族の令嬢であることをお忘れなきよう。それに加えて今はお嬢様が当主であることも忘れなきよう」
「分かってるわ! でも当主たるものが先頭に立たなければ臣下は付いてこないわ!」
もう諦めたのだろう。ギルはもう一度ため息をつくとマルクに言われてフィンと雨漏りを直しに向かっていった。それを見送るとマルクはスグルの方を見て言った。
「それで、スグル殿ですが……」
マルクは苦々しい顔になると続けた。
「堆肥製造工場のシット殿にスグル殿のトイレにもなる穴を掘って欲しいと言われていますのであちらの丘の裏に穴を掘るようにお願いします」
ギルからどのような人物かを聞いているマルクはできるだけ関わりたくないという表情をしながら言った。
「もちろんいいですよ! シットさんはいつこちらに来るんでしょうね。僕あの人に恩があるんですよ」
マルクは知っているよ! 狂人なんだよね! なんで待ち遠しそうなの!? という自分の内心を隠しながら言った。
「2日か3日で来るとのことです」
スグルはそうかあ、早く来てほしいなと言うと穴を掘りに行った。
「父ちゃん! 俺も行ってくる」
スグルの部下になっているベンはそう言うとスグルに付いていった。マルクは次にルルの方を見ると言った。
「さて、ルルお嬢様ですが……。スグル殿のための藁を貰う交渉をお願いできますか?」
さすがに主人であるルルには力作業は頼めないだろうと、マルクはルルに頼んだ。
「もちろんよ、私に任せなさい」
そうして、ルルたち一行の領地仕事は始まった。(フェリスはお留守番)
2日たったころギルとフィンが行っている屋敷の補修は最低限住める程度には進み、スグルとベンが掘っている穴もそこそこに大きいものが2つできていた。5つ頼まれているのであと半分ほどといったところだ。
しかし、ルルが主導で行っている。藁の交渉は難航していた。
「藁ですか……。すみません、売るならともかく、タダとなるとさすがに領主様のたのみでも……」
そう、藁は茅葺屋根にも畑を覆うのにも、俵を作るにも使いみちはあるのだ。特に冬は寒いピレネー高地では大きな需要があるのであった。しかし、このままいくと冬にはスグルが凍えるのは目に見えているのでどうしても入手する必要があった。なお。タダで入手しないといけないのはもうお金が尽きたからである。
「だめだわ。少しも入手できてないわ」
そうなのである。2日かけて殆どの農民を回って集まったのはたったの子供が一人寝れるほどの量であった。
はあ、とルルがため息を付いて、次の領民の元へ向かおうとした時、ルルにとって救いの神が現れた。
「シット殿でしょうか?」
マルクは、少し禿げた頭に顔が少しテカっている小太りのおじさん……というギルから聞いていたシットの特徴を思い出すと、目の前にやってきた人物に尋ねた。
すると、大丈夫と言うようにシットは手を挙げると農民の耳元になにか囁いた。
「はい? はい……。おお! 本当ですか! もちろん! みんなにも伝えます!」
何かを言われたらしい農民は笑顔になると他の農民に何かを伝えに行った。
「藁ですが、スグル殿が寝るほどの量を用意できるとのことです」
ルルはシットのその言葉を聞いて驚いた。そして自分では全くだめだったのにすぐ成果をだしたシットに感激した。
「ありがとう! シット。あなたにこちらに来てもらえてとても嬉しいわ」
こうしてスグルに続いてルルもシットに好印象を持ったのであった。
~マルク視点~
ギル殿にヤバい人から頼み事をされていると言われ、ヤバい人? と思ったが詳細を聞いて私もヤバい人という認識が正しいと思った。
しかし、主人であるルル様に公認されているシットをないがしろにしてはまずいので私はスグル殿に穴掘りを頼んだ。
スグル殿はシットのヤバさを知らないようで恩人と言っていたが、シットのあの言動をもし知っていたら、絶対に恩人とは思えないと思う。
だって「ああ! ああ! 堆肥用の穴が満たされるぅううううう!! ああ!」の言動を素でする人だ。
私はルル様と領地を回って藁を貰う交渉をした。しかし、なかなかうまくいかないところに例の狂人が現れたのだった。
するとシットは今断られたばかりの農民に話しかけるといとも簡単にに藁を貰うことに成功したのだった。
その手腕にルル様は感激していたが私にはすべて聞こえていた。
「私は堆肥工場を営んでいるシットというものですが」
「はい?」
「堆肥は欲しいですか?」
「はい……。しかし堆肥は高くてたくさんは買えません」
「そうですよね。しかし私、ルル様に庇護をもらいこの地で堆肥製造を請け負うことになっております。なので藁を融通してくだされば、○○で堆肥をお譲りできますよ」
「おお! 本当ですか! もちろんいいですよ! みんなにも伝えてきます!」
話しているシットも聞いている農民もどこか恍惚とした表情をしていて非常にキモかった。
このからくりを聞いたらきっとルル様も気持ち悪がるだろうが、私には純情なルル様にそんな真実を伝える勇気は無かった。
更に2日すぎると、とりあえず住めるほどに領地の環境は整ったのであった。
そういえば、気づきましたか、シットという名前、英語でう○ちと言う意味です。そしてスグルはそれに気づいていません。これ、実は序盤の英語の時間中に電子辞書を使ってガリバー旅行記を読んでいたというのが伏線になっているのです。スグル、彼はアホだ!
伏線はこんなことを言うわけでは無い! という言葉は受け付けません。
なお、スグルが日本語が普通に通じているのに違和感を感じないのは外国語が全然できないスグルだからというこれも例の言葉からの伏線!
決してご都合主義ではない。




