プロローグ
ベルデ王国、その北方の国境沿いにある、有力貴族であるアルデンヌ家。
その三女であるルル・アルデンヌが暮らしている屋敷近くの森で小さな異変が起きていた。
森の中にあるルル付きの青年騎士であるギルの家では、その飼い犬がその日はやけにそわそわするかと思えば王都の方を向いては吠えた。
「どうしたんだい、ベル? もしかして、王都でなにか起きたのだろうか」
いつもの森ならもっと静かなのに今日は動物の鳴き声があちらこちらから聞こえてくるような……。
胸に微かな不安を抱いたギルは父の形見である業物を腰に差すと足早に自らの主人、ルルの屋敷に向かって行った。
ギルの不安が現実になるのはすぐであった。国王軍の紋章を掲げた小隊が屋敷までの道を封鎖しているところを目撃したのだ。
「どういうことだ、公爵家の領地を封鎖するなど」
しかし、ギルの疑問はすぐに解決することとなる。
「領主、エリオット・アルデンヌを謀反の罪で打首とした。よってこれよりアルデンヌ領を王国直轄領としその娘ルル・アルデンヌを捕らえることとする!」
他の兵士よりも老練な騎士は勇ましくそう叫ぶと小隊を引き連れて屋敷へと向かって行った。
「まずい、ルル様が危ない!」
ギルは森の小道に入ると屋敷に向けて必死で走った。
「お嬢様! お逃げください!」
ギルは制止する屋敷の門番を振り切ると屋敷のドアを開けて開口一番そう叫んだ。
「一体、どうしたのです?」
屋敷の執事が尋ねるとギルは口早に状況を説明した。
「……。我がアルデンヌ家は北のリトリア王国と深いつながりがあります。兄姉がたも無事であればそちらに亡命しているでしょう。私達は足手まといになります。ギル、お嬢様と逃げるのです。私達が時間を稼ぎますから急ぎなさい」
執事がそう言うと、長年屋敷に使えている古参のメイドや使用人たちは普段は使わない武器庫へと駆けていった。
「アン、僕は旅支度をするからルル様を連れてきてください」
ギルはその口元を悔しさで歪めながら見習いメイドに指示を出した。
「わ、わかりました!」
そうして、ギルはルルを伴うと決死の国境超えを敢行することとなった。
「なにがおきたの? ギル」
ギルの馬の上そのギルの背の後ろで普段はお転婆で全く貴族らしくないルルも今回は表情に焦りを見せていた。
「父君が謀反の罪で処刑されました。ルル様も狙われております。北のラトリア王国に抜けます」
ギルが感情を押し殺した口調でそう言うと。
「わかりました」
貴族の娘なりに心当たりはあったのか、ルルは決心するように拳を握り締めながらそう答えた。
必死に駆けるルルたち一行であったが、若くて経験不足なギルよりも老練な王国騎士達のほうが上手であった。追手に追われながら駆けるとまんまと別働隊のところへ追い込まれてしまったのである。
「ルルお嬢様、私が戦います。どうぞお先に」
ギルは馬を降りると手綱をルルに預け腰の剣を抜いた。
「わしが相手しよう」
勇敢な行動に騎士として感じることがあるのか笑みをたたえながら老練な騎士は青年騎士に対峙した。
戦いが始まるとすぐにその剣技の差が歴然と現れた。先程からギルの攻撃は片手持ちの老騎士に軽く弾かれるのに対してギルの肌にはすでに大小さまざまな傷があり、すでに満身創痍の状態になっていた。ギルが悔しさと焦りで表情を歪めていると。
「若い才能を切るのは惜しい、降参するのだ」
老騎士は勝負は見えていると表情で告げながらそう言った。
「ふざけろ!」
ギルはその両手に力を込めると感情のままに駆け出した。
「仕方あるまい」
老騎士が剣を構え、ギルの命が今まさに散るかと思われた時、
ソレは現れた。