フリーズ
「想定外です」
事の経緯を聞いた月天使トトは困惑していた。
帰宅した蛍(男)と翔太郎は一部始終をトトに話した。
言わない約束は辛うじて守られたので姿は変わっていない。但し、翔太郎は〝男〟が蛍であることを知ってしまった。さらに、家には蛍の姿をした別人がいるという状況を鑑み、聡明な彼は大方のからくりを察したようだ。
「私がボロを出す前に翔ちゃんが気づいたわけだから、これってセーフよね。愛の力が勝ったんだわ。ねっ、翔ちゃん」
「そうだね、ケイ」
「えー、こほん」
わざとらしい咳払いを一つして、トトは呆れたように言った。
「どーでもいいですけどね。人前でそうやって、よくもまあ、イチャイチャベタベタできますね」
トトが呆れるのも無理はない。
ソファの上で蛍(男)と翔太郎は密着して肩を抱き合い、しっぽりと寛いでいるのだ。
「だって、こんなことしてみたかったんだもん」
「言っときますけど、それ、私の身体なんですからね」
「とても感謝してる。月天使トト、ありがとう。このルックス、翔ちゃんも気に入ってくれたみたいなんだ。ねっ、翔ちゃん」
「うん。かっこいいよ、ケイ」
「なんだか複雑な気持ちですね。褒められてるはずなのに、ちっとも嬉しくも面白くもないというか」
「ははーん、妬いてるのね。私に? 翔ちゃんに?」
「妬いてなんかいませんよ。どうして私がヤキモチなんか妬かなきゃいけないんですか。まあ、餅はときどき搗きますけどね。一応、月のウサちゃんですから。それにしても、香月氏がこんなにも信じやすいというか、受け入れやすい人だったとは意外でした。普通、パニくるものでしょう。『こんな非現実的なことはあり得ない』とか『僕を騙すつもりか!』とか『リアリティに欠ける』とか言って。なのに、よくそんな平常心でいられますね」
「翔ちゃんはね、いつも私と一緒にメルヘンの世界で遊んでるから頭が柔軟なの。ねっ、翔ちゃん」
「うん!」
「はいはい、わかりましたよ~。さて、どうしたものでしょう。今までのパターンでしたら、男が約束を破って『はい、それま~でぇよ♪』で、話はあっさり終わって、私もとっとと次の任地へ行けたのですが」
「あんた、そうやって毎回やっつけ仕事ばっかしてたんかいっ!」
「いいえ。必ずしもそういうわけではありませんです、はい。しかし、困りました」
「何か困ったことがあるわけ? 私はこれからもいつだって好きな時に、蛍に戻ったり、この身体になったりできるんでしょう? 翔ちゃんも承知してることだし、ぜんぜん困らないわよ」
「それが、そうはならないのです。どんな形しろ正体が知られてしまった以上、一度あなたが香月蛍に戻れば、もう二度とその姿にはなれないのです。つまり、フリーズ状態です」
「ええっ、どうしてそうなるの? じゃあ、親や友だちにどう説明すればいいの? 周りのみんなが翔ちゃんみたいに素直な人ばかりとは限らないのよ。『ある日突然、月からウサギがやって来て私に男の身体をくれたの』なんて言ったところで、誰が信じるっていうのよ?」
「誰も信じないでしょうね。それどころか逮捕すらされかねません。もしくは然るべき病院へ送られるか。……もし、あなたがずっとその姿でいたいのであれば、私の代わりに月天使としての使命を担っていただくことになります。月に祈る清浄なる人たちの願いを聞き届けて、幸せに導いてあげてください。そして私は、香月氏の奥さんとして末永く幸せに暮らします」
「ちょっと待たんかい! なんであんたが私の翔ちゃんと末永く幸せに暮らすんかいっ!?」
「末短く不幸せよりは良いかと思われます」
「そういう問題じゃなくて!」
「ケイ……」
「なぁに? 翔ちゃん」
「どんな姿でいようと、僕がケイを愛する想いは変わらないよ」
翔太郎の発言に、蛍(男)はキュン死した。