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せめて愛しき身体を抱いて眠れ  作者: 彩里麻衣
6/10

男の身体

 月天使トトと中身を入れ替え、男の身体になった蛍は颯爽と街に繰り出した。


「ひゃっほーい!」


 蒼天に拳を突き出し、奇声を上げてジャンプする。

 若い男の肉体は熱気と精力に満ちていた。全身に漲るパワーを心地良く実感しながら、蛍は自分の身体が男であることの快適さに感動しつつ、幾許(いくばく)かの悋気を覚えた。


「男って、こうなんだ。なんだかずるい」


 街を歩くと常に視線を感じた。女性の熱い視線だ。振り返る人までいる。

 意識していなかったが、月天使の容姿はモデル並みにクールである。蛍はショーウィンドウに映る自分の姿にガッツポーズした。


「こうでなくっちゃ!」


 長身の細マッチョ、超美形としか言いようのない精悍なマスク。まさに、現代の地方都市に降り立った完全無欠のゼウスだ。


 翔太郎の退勤までには、まだかなり時間があった。遅くなるとも言っていたので、 待ち時間が長くなることは承知していた。しかし、それも苦ではない。念願の男体となって愛する翔太郎に会うのだ。どんなシチュエーションで出逢いを演出しようか。作戦を練る時間はいくらあってもかまわない。

 それとも、しばし街を闊歩して、このルックスの威力を試すのもいいかもしれない。おそらく性別に関係なく、高い確率で落とせるだろう。


「ハーイ、彼氏 or 彼女、ボクとお茶しない? なぁんてね。むふふっ」

 否、と蛍はすぐに考えを改めた。この身体は翔太郎のためだけに得たものだ。

「無駄使いは、やめとこ」



 活力あふれる軽やかな男の身体になって街歩きを堪能した後、蛍はかつて翔太郎にプロポーズした件の公園に来ていた。

 この付近は翔太郎の通勤路であり、公園を経由すれば最短の近道になるので彼はいつも利用している。しかも待ち伏せするには持って来いの場所である。


 散策にも飽き、そろそろ陽が傾きかけた頃。

 ベンチに腰掛けてスマホを弄っていると、後方の繁みの奥から微かな声が聞こえて来た。言葉を成していない声が吐息混じりに重なり合って聞こえる。


「もう始めちゃってるカップルがいるのかな?」

 蛍はそっと繁みに近づき、奥を窺った。

「げっ!」


 思わず蛍は仰け反った。

 そこには、野球部と(おぼ)しき二人の高校生の(もつ)れ合う姿があった。


「ガチのBL⁉ ロードワークの途中なんじゃないの? ……‼!」

 その衝撃のシーンに蛍は息を呑んだ。

「う、うわぁ‼」


 腰を抜かしそうになりながらも蛍はその場から逃げ出した。思いがけず目にした生々しい現実の行為に恐れをなしたのだった。


「あんなこと……私が翔ちゃんに? できるわけがない」


 己の妄想の中で美化され、曖昧にぼかされていた核心部分を目の当たりにして、蛍は怯んだのだ。いい年齢(とし)をして、自分が未だお花畑の夢女子であったことを思い知らされた。


「ああっ、自分の純情が恨めしい!」

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