表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
せめて愛しき身体を抱いて眠れ  作者: 彩里麻衣
4/10

新婚生活

 かくして、月見里(やまなし)(けい)は香月翔太郎という〝理想の男〟を見つけ、舌先三寸の猛攻で、ついに獲得することに成功した。


 ふたりは一年余りの交際期間を経て結婚した。


 新婚生活は、翔太郎が勤める銀行に徒歩で通える場所にある2LDKの中古マンションの社宅からスタートした。

 そこは社宅といえども借り上げのため、銀行関係者は住んでいない。したがって、社宅にありがちな夫人同士の煩雑な付き合いとは無縁。蛍はまさに無聊の日々を享受することになったのである。



「翔ちゃん、今日は早いの?」

「月末が近いから遅くなるかもね。ケイ、先にご飯食べてて」

「ラジャー! (`・ω・´)ゞ」

「じゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」



 蛍は翔太郎を「翔ちゃん」と呼び、翔太郎は蛍を「ケイ」と呼んだ。

 交際を始めた頃から自然とそう呼び合うようになった。会うたびにふたりの仲良し度は増した。まるで昔からの親友のようでもあるその関係は、男同士のようであり、女同士のようであった。


 一度、蛍は兎の夢の話を翔太郎に語ったことがあった。


「かなり前の過去世でね、闘技場で闘っていたらしいの。強かったの、私って。どう? ちょっと惹かれない?」

「グラディエーターか。かっこいいね。もしもその時のケイと出逢っていたら、僕はきっと自分から告白してただろうね」


「ほんと⁉ 嬉しい。それでね、翔ちゃんはその時代にもいたってことにしよう」

 ここからは完全に蛍の妄想である。

「翔ちゃんの身分は皇帝の想い人なの。その時代の翔ちゃんも今みたいな美青年で、超素敵なの! でね、その美青年とグラディエーターは出逢ってすぐに恋に落ちるの。でも、それを知った皇帝の嫉妬を買って、グラディエーターは猛獣と闘うはめになって凄惨な最期を遂げるの。美青年は悲しみのあまり河に身を投げて自ら命を絶つのよ」


「カタストロフだね」

「その方がだんぜんロマンチックよ。決まり! 翔ちゃんの前世は、私の恋人」

「今世は夫だね」

「うんっ!」


 蛍のたわいもない妄想噺にも翔太郎はいつも楽しそうに耳を傾け、嬉しい相槌を打ってくれるのだった。


 そんな翔太郎のために、蛍は自分の外見から少しでも〝女〟を消そうと努力した。

 腰まで伸ばしていたストレートの黒髪を肩の上までばっさり切って緩くウエーブを入れ、薄っすらとブラウンのカラーリングを施した。メイクは控えめにし、心持ち眉を太くした。フェミンな服は全て廃棄し、マニッシュなものを揃えた。インナーにも気を配り、Dカップの豊胸をさらしできつく巻いて平らに見える工夫をし、曲線的なラインを隠すことに努めた。

 そのようにして初めて翔太郎の前に現われた時「とても素敵だ」と感心された。

 何より、蛍が嬉しかったのは「でも、ケイはケイのままでいいんだよ」という言葉だった。



 その日も蛍はいつものように翔太郎を送り出すと、洗濯物を干しにベランダに出た。

 見上げる空にはウロコ雲が広がり、季節は秋を告げていた。


「ん?」


 西の空の雲間に薄く月が出ていた。


「こんな時間に出てる月……なんだか、ありがたみがないっていうか」


 小さな頃、蛍は本当に月には兎がいると信じていた。兎が餅を搗いているのだ、と。そして、その餅にこそ興味があった。月を見るたび掌を差し出し「おモチください」とお願いしていた幼年時代。


 今もまた、蛍は薄い月に向かって掌を差し出した。


「お月様、私に男の身体を与えてください。そしたら、愛する翔ちゃんをもっと幸せにできるかもしれません。もっと深く愛し合えて……あんなコト、こんなコト、できたらいいな~♪」


 翔太郎と蛍は仲睦まじい夫婦だが、肉体的に触れ合うことはない。

 互いの精神と性向を尊重し合うがゆえに、望まぬ形での妥協はできかねた。


 洗濯物を干し始めた蛍は替えのさらしを手に取り、ふと思った。自分は今後もこれを巻き続けるつもりだが、翔太郎はそれで満足なのだろうかと。もしも彼を本当に幸せにできる男性が現われたら、自分は身を引くべきなのか。

 あまり想像したくない未来。

 蛍はそんな考えを払拭するように、せっせと家事に専念した。



 午前中のうちに大方の家事を終え、適当に昼食を済ませた後、スマホで動画を漁っているうちに眠気に襲われた。


 ブランケットを用意して、ソファに横になろうとした時だった。


 ピンポ~ン♪


 と、来客を告げるチャイムが鳴った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ