わたしを探さないでください
修学旅行から帰ってきて、一週間か過ぎたころ、俺あてに郵便物がとどいた。
差出人の氏名も、住所も書いてない。中身は写真が一枚きり。旅行先でみた場所を背景に、知らない女性が写っている。グラビアアイドルのように可愛く、艶っぽい、俺好みのお姉さんが、胸をときめかせるような笑顔で写っている。
『わたしを探さないでください』
写真の裏側には、そんなメッセージが書かれていた。
意味はわかるが、意図がわからない。
「これはもう、探せっていうフリだよな?」
翌日の教室で、俺は公彦に相談してみた。
級友は、「これはもう、間違いなく罠だろう」、とこたえた。
目的は不明だが、新手の詐欺としか思えない。
探さないでと書いてあるのだから、探さなくていいじゃないか。
それが俺たちの結論となった。
その一週間後、また郵便物がとどいた。
中身は写真が一枚だけ。
同じ背景に、清らかな美少女が写っていた。
「この写真、譲ってくれ」
と、公彦が即座に頭をさげるほどの美少女である。
「で、裏側には同じメッセージか」
「ああ、そうだ」
わたしを探さないでください。
「詐欺だよな?」
「ああ、きっと罠だろう」
「いっても、会えないよな?」
「あきらめろ公彦。その場所にその子はいない」
いるのはきっと怖いお兄さんだ。
それが俺たちの結論だった。
一週間後、またしても郵便物がとどいた。
中身は写真が一枚だけ。
同じ背景に、天使のような幼女が写っていた。
「この写真、譲ってくれ」
「公彦、おまえ……」
「おれはいま、新たな扉をひらいた」
わたしを探さないでください。
級友を犯罪者に育てあげるのが目的なのだろうか。
俺はそんな仮説をたてた。
一週間後、郵便物がとどいた。
中身は写真が一枚だけ。
同じ背景に、セクシーな大人の女性が写っていた。
「美魔女というやつだな」
「ああ、美熟女というやつだ」
わたしを探さないでください。
有りか無しかでいえば、ありだった。
しかし、俺としては一番目の女性が好みである。
公彦の反応もそっけない。
ストライクゾーンを広げようとしているのか?
俺たちは頭を悩ませた。
一週間後、郵便物がとどいた。
中身は写真が一枚だけ。
同じ背景に、愛らしい仔猫が写っていた。
「なにこれ可愛い」
「ゆずらんぞ公彦、この写真はゆずらんぞ」
わたしを探さないでください。
かわゆい生命を利用して、俺と公彦を敵対させることが目的なのか?
だとしたら失敗だ。
俺たちの癒しは、通りすがりの女子に強奪された。
一週間後、郵便物がとどいた。
中身は写真が一枚だけ。
同じ背景に、ほとんど裸のゴリマッチョが写っていた。
「どういうことなんだ?」
「わからん。いまさらだが、さっぱりわからん」
わたしを探さないでください。
通りすがりの女子の目が、鋭く光っていた。
教室の隅に写真を放置したら、いつの間にかなくなっていた。
もちろん、探さない。
一週間後、郵便物がとどいた。
中身は写真が一枚だけ。
同じ背景に、男前なゴリラが写っていた。
「こんな場所に、ゴリラがいるはずないよな?」
「ああ、匠の技を駆使した合成写真だろう」
「……それにしても、ゴリラって……」
「ああ、筋肉がすごいのはわかるが……チャレンジ精神がすごいな」
わたしを探さないでください。
俺たちがトイレからもどると、机の上に置いていた写真が消えていた。
教室内にアニマル好きな生徒がいるのだろう。
そうであってほしい。
一週間後、郵便物がとどいた。
中身は写真が一枚だけ。
同じ背景に、紅の高級スポーツカーが写っていた。
「フェラーリ……ついに無機物できたか」
「ああ、物欲を刺激する方針かもしれない」
わたしを探さないでください。
俺も公彦も関心は薄かった。
放置した写真が盗まれることもなかった。
一週間後、郵便物がとどいた。
中身は写真が一枚だけ。
同じ背景に、ツチノコ(?)が写っていた。
「ロマンを刺激してきたか」
「なんとなく、迷走している感があるな」
わたしを探さないでください。
夢中になれるほど純粋じゃなかった。
通りすがりの女子が、気持ち悪いヘビ、とつぶやいていた。
一週間後、郵便物がとどいた。
中身は写真一枚だけ。
同じ背景に、過激なセクシーランジェリーが写っていた。
「エッチな下着できたか」
「迷走のあげく、最初の路線にもどったのかもしれない」
しかし、俺も公彦も、下着だけで興奮できる強者ではない。
「最初のお姉さんがモデルだったらな……」
「ああ、二番目の女の子がモデルだったら……」
わたしを探さないでください。
俺たちは写真をまえに熟考していた。
通りすがりの女子が、気持ち悪い、とつぶやいていた。
一週間ごとに送られてくる、背景だけは同じ写真。
裏側に書かれた、変わらないメッセージ。
『わたしを探さないでください』
半年もつづけば、悪意にみちた詐欺、という可能性は意識できなくなった。
「これはもう、おそろしく気の長い、愉快犯の仕業だな」
「ああ、費やす時間と労力に反比例する、低レベルのドッキリ企画にちがいない」
ムチ。
ロウソク。
ハイヒール。
バタフライマスク。
ジャンボな宝くじの一等当せんくじ。
暴かれてゆく、とある女子の本性。
「網タイツね……昭和女子の必須アイテムとか、お母さんがいってた」
騒動の結果、だいぶ気安い間柄となり、いまでは三人で写真を囲んでいる。
「被写体になんの意味もないのは確かね」
「やはり、写真のこの場所に来い、というメッセージなんだろうか?」
「……行かないと、終わらないのかもしれないな」
もやもやしたものが内側にあった。
心身によくないものが、だんだん大きくなっていた。
俺たちは、終わらせる決意をした。
男女三人での日帰りの旅。
素敵な出会いを、微塵も期待できない旅。
おもしろくないことが待っているだけの、徒労の旅。
向かう電車で過ごす時間は、ぜんぜん楽しくなかった。
なにもなかったらなかったで、腹立たしいに決まっている。
そこまで考えて、ようやく気づく。
「公彦……俺はいま、怒りを感じているのだとおもう」
「奇遇だな。おれもいま、ふつふつと湧きあがる感情が、怒りだと気づいた」
「……暴力はだめ。私以外」
俺は、いや俺たちは、どうなってしまうのだろう。
怒り、叫ぶのだろうか?
雄叫びをあげて、暴れるのだろうか?
高らかに笑いながら、急所を潰しにかかるのだろうか?
どきどきもわくわくもなく、目的地である写真の場所についた。
不自然なものがあった。
俺あての郵便物が置かれていた。
ここまできて、開けないわけにはいかない。
中身を確認する。
写真が一枚だけ入っていた。
これまで送られてきた写真と、まったく同じ背景。
写真には、表情のぬけ落ちた、三人の男女が写っていた。
「……どういうこと?」
「わからない。わからないけど……」
「……間違いなく、俺たちだな」
写真のなかの俺たちは、手もとに目をやり何かをみていた。
俺たちは、それぞれの渋い顔を見あわせたあと、写真に目をもどす。
そして、俺は写真を裏返した。
『わたしを探さないで(笑)』
すぐ近くで、カメラのシャッター音が聞こえた気がした。