影獣死闘
今回はちょっと長め。
巨大な緑の底が……やつが投げて来た森が軌道のほぼ真逆を辿って黒猪の居る地上へ墜ちる。
「これで終わってくれる…………っ、訳ねーよな」
森よりずっと先に堕ちていた影が、もっと黒く染まり蠢く。
そのまま泡立つように浮上し、大地の代わりに森を受け止め、暗闇に沈めように飲み込む。
「それ、面積だけ2~300mは超えてんだぞ。人の事言えないがどんな魔力量だ、よ……」
待て、莫大な量のMP……?
そういやアイツの種族名に歪”精”ってあったような……まさか。
はは、そういうことかよ畜生……あん野郎食ったな、あの繭を!。
ゴブリン大量に食っても条件満たせるんだ、それ以上に成分ぎっしり詰まってそうなもの食ってれば一発だよな。
このまま真下から上に『光魔法』で照らして影を上空に移してから逃げようかと思ったけど、やめだ。
黒猪がイセット並にMPお化けになってるなら、それすらも追ってきかねない……いや、奴なら絶対に追って追い付く。
あれはそういう奴だ。
ならばと、もはや逃げ場も隠れ場もない地上に降り立ち黒猪と相対する。
周辺一帯の木々がなくなりまるで平野でもなったかのような地上の、その中央に佇む黒猪に向かって皮肉交じりで声を掛ける。
「……うちの子の脱け殻を食い漁るとは。思ったよりいい趣味してるじゃないか」
「アア、中々ノ美味ダッタ物デナ……」
「そりゃーどうも」
『嬉しく、ない』
俺と黒猪がそんな皮肉の殴り合いをしているとイセットが不機嫌な様子で呟く。
……ま、イセットからしたらそうだよな……俺も自分の分泌物食われていい気分はしない。
「WCOの初日から轢き殺されたのが数十回、逃げ回って敵に突っ込ませたのが2回、首切り1回……どんなだけ腐れ縁何だ俺たち」
「グハハハ、確カニ、ソウダナ。マア、オレハ轢キ殺シタノハ覚エテナイガナ」
「こっちはバッチリ覚えてんだよ、来て早々人の頭をかち割りやがって。この黒豚が……」
『むぅ。それ、許せない!』
お互い、周りにこっそり隠れて逃げれるものは文字通り影も形も無い。
一か八か背向けて全力疾走すれば逃げれるかもだが、そんなことはしない。
MPが溢れてる奴を放って置くと、さっきみたく何しでかすか分からない、そしてそれはこっちにも言えること。
奴が尻尾巻いて逃げるなんじゃ悠長なことし出したら、さっさと『光魔法』であぶり出してここ全域を微塵切りしてやる……誇張抜きで今の俺たちならそれが出来る。
黒猪も『土魔法』影量産すれば『正深正冥』で空ん上だろうが、土ん中だろうが追ってこれる。
だから逃げるために振り返った方が負け……もう両者ともにそう確信している。
ならばこの場で、切っても切れない我が宿敵に……
「まぁ、そろそろ御託はこのに辺して……」
「アァ、存分ニ……」
……今こそこのクソったれな縁に――
「「死合オカ!」」
―― 終止符を打つ!
♢ ♦ ♢
死合のゴングが鳴った瞬間、先動いたのは黒猪の方だった。
一見何の変哲も無いストレート。
だが、よく見ると腕に俺の後方に抜けて黒い線と影を葉脈のように張り付けているのが伺える。
「フンッ!」
ブォ――――ンッ!
「はや、ぐッ!?」
同時に衝撃波を伴う程の瞬足の踏み込みで接近し、それにつられて加速したストレートを間一髪で受け流す。
空かさず拳、牙、頭突き、体当たりとを織り交ぜた連撃に空気が破裂し、まるで爆心地なったみたいな轟音が轟かせ戦場を震わせる
「ドウシタ! 流スダケデ限界カ!!」
ブォ――ンッ、ブゥ――ンッ、パァ――ンッッ!!
「ぐッ、ゔッ!?」
これは……何なのかは知らないが複数の移動系スキルと『正深正冥』のコンボ……ガンテツを真っ2つにした技の簡易版だ。
あの伸びたり縮んだりと実体化した影はゴムか何かか? と思っていたのだが、今間近ではっきり見て漸くどういう原理か分かった。
あれは実体化した影の形を『正深正冥』で無理矢理伸ばしてるから、それをある程度解くと元に戻って結果的にゴムみたくなるだけだ。
それをスキルを多重起動した高速移動、速攻に絶妙に加減で使い分けてるから、こちらが手数もスピードも負けちまってる。
体格差からして普通は逆だろ、こういうの!? その図体で、んな動きされたらこっちは防御に手一杯だ……
……なーんてな。
「ぐッ! ……で、どうだ。真似れそう?」
『無題、なし』
その一言だけで全て察し頼もしく了承したイセットは『糸生成』『操糸』『剛柔兼備』を連続起動。
あっちこっちに高弾力の糸を地面に繋いだり黒猪に繋いだりして、奴の移動方や攻撃方を真似る。
それに『風魔法』で更に加速し、『縦横無尽』の補正で洗練させて駆け回る。
眼の前にいい手本あるんだ、俺たちならこれぐらいやってやれない訳がない。
「ヌッ!?」
「どうした、さっきよりガード薄いぞ!」
今黒猪が使える影(武具)は自分の地面の凸凹から生じた影……そして俺たちの影までだ。
調子のいいことを言っているが、正直いうとこれが邪魔で殆ど有効打が決まっていない
純粋なスピード、パワーには負けているが、重量も軽く大きさ的に小回りの効く分、攻撃の柔軟性と命中精度ではこちら圧倒的に上。
だから少なくなった影の隙間を突いて拳で連撃を与えてはいるがそれも微々たるもの。
実情を言うと『光魔法』で邪魔な影全部掻き消したいが、それを黒猪が見逃してやる訳もないからな……なら下手に隙を作るべきじゃない。
一方それは黒猪にも言えること。
この戦闘でもう『土魔法』で影を作る余裕はなしを与えるつもりもない、そんな素振りを見せたら半ば捨て身でも飛び込む、そうしなきゃ負ける。
黒猪もそれが分かってるから、下手に『土魔法』が使えない。
だからって油断は出来ない、操作分が減るとそれだけ操作しやすくなるし、現にそれで俺は攻め切れないでいる。
対して俺は今の耐久性からしてこの距離で影に捕まるとゲームオーバーというオマケ付き。
さっきから結構打ち込んでるのにあまりダメージ入ってないのは、上記のもあるが硬毛の下に殻、筋肉その3重障壁が強硬過ぎるから。
小さな手傷だと『命量再生』効果か、直に治るっぽいのも厄介、これのせいで微々たるダメージも瞬時に治って黒猪は未だに無傷だ。
あの、MP量に頑丈とか、そんだけで普通はズルだろ……なのに単純に速く腕力もあるってんだから始末に負えない。
「……このままじゃジリ貧だな。それに」
やばい、腹減って来た……それも猛烈に。
『糸生成』のデメリット……思ってたよりキツイな。
腹がグルグル鳴って、気持ち悪いぐらいだ……胃が早く栄養分を寄越せとかっついてる感じが続いててすげー辛い。
これ以上酷くなったら自分の腕にすら噛みつきそうだ、そんな無駄に痛くて本末転倒なのは絶対に避けたい。
MP問題を解決したと思ったら次はこれ(空腹)だよ……とうする? 森ごと色々吹っ飛んでるせいで土や石以外に何もないぞ。
せめて……贅沢言わないから、何か食べて消化出来る物を……。
「……あ、眼の前にいるな」
「ナヌッ!?」
黒猪の左の人差し指に噛み付く。
指と言ってもサイズ差的に俺が口一杯に広げてやっと入る太さのだが。
流石にこの行動は予想外だったのか、一瞬硬直した奴の関節部にある殻の隙間に前歯を食い込ませ、そこを起点に『風魔法』を暴発させ強引にもぎとる。
「グァーッ!?」
「ブフッ!?!」
当然、魔法の余波を口内にも食らい、ちょっと切ってしまったがそれだけだ。
素早く魔法でその若干の傷を治し、もぎ取った指を蹄ごと咀嚼……するけど、ちょっと疑問が。
『抗魔』いるにしても口腔までこんな魔法に強くなるもんなのか?
『ワタシ、火以外の魔法には、強いから』
「んぐ……そうなのか? 知らなかった……」
『知る機会も、なかったらね』
……ああ、と言うと事は『抗魔』にイセットの魔法抵抗みたいな数値も上乗せされてるのか。
「にしても硬くて噛み砕き辛いな、お前……栄養はたっぷりだけど」
「勝手ニ食ッテ置イテ、文句トハ……イイ趣味ダナ」
咀嚼した指を飲み下して他同様に仕様変更したぽい胃袋で一瞬で消化し、もがれた指を影を包帯のようにして止血した黒猪と悪態を吐きあう。
それを見る限り『命量再生』でメキメキと肉が生えて再生とかは無いみたいだな。
身体欠損再生までされてたら、正直途方に暮れていた所だ。
お互い相手に余裕を見せるための言動だが、そんなに余裕は実は両者ともない。
MPがどれたけあろうが、いつか体力が尽きる。
そして体力的に不利なのは俺たちの方、幾ら何でも生粋の野生動物相手に体力で勝てるって思えるほど自惚れちゃいない。
その上に戦術の要たる『糸生成』での消耗が想定よりキツイのもある。
こうなると、俺たちに残った道は短期決戦のみ。
最低限の小手調べは先程のやり取りで終わった……次で決めるぞ、イセット。
『りょう、かい』
「はっ!」
「ヌッ、逃ゲルカ! 愚カナ!」
翅の出力を最大に上げ、糸、魔法も併用して最速で後方に飛ぶ。
「誰が……逃げるもんかッッ!!」
それを追って加速した黒猪と同タイミングで移動方向を奴の所に反転。
『追跡』まで含めて全速力に黒猪が高速接近していたのも合わさり、一瞬で懐に潜り込みながら腹に重いのを一発食わす。
「グフッ!?」
「死角取った」
一回限りの不意打ち……こんな方法、二度は通用しない。
まず拳を潰さんばかり握り絶対に解かれなくするためそこだけ『固定』、粘着糸で黒猪と俺たちの身体をその場に縫い付ける。
手の殻から短く生成ぎ『剛柔兼備』で高弾力にした糸を『操糸』で限界まで伸ばして黒猪に付着……して即座に『操糸』を解除。
伸びた糸が収縮し、その引力に便乗させ拳を繰り出す。
仕上げにインパクト時に『風魔法』『水魔法』翅の空力で後押しし衝撃を更に深く浸透させる
「グッ!? コノ程度デ……」
「言っとくが……休む暇は、ねッ!!」
ドドドドドドドドドドドドドドド――――ンッッ!!!
「グフッ、ガッ、グアァッ、ヴ、ガハッー…………ッッ!?」
そして反対側の手でも同じ手順で結、縮、拳、撃。
おなじ原理で引かせた、また反対側で手で結、縮、拳、撃。
それが振り終わったら糸を切り離し、また新しい糸で同じ結、縮、拳、撃……この過程を繰り返し、絶え間なく奴の土手っ腹に目にも留まらぬスピードで連打を打ち込み続ける。
「ブハッ!?」
一発、一発は対して効いていなが、内側に通った衝撃が蓄積され内蔵まで届いてるのか口から血を吐き呻く黒猪。
「くっそ……腕が、吹っ飛びそうだ……」
『くぅ……ッッ!?』
が、代わりに俺たちの腕に全筋繊維が千切れたみたいな痛みが走る。
やはり……この『従魔武装』中の身体は融合したイセットの影響でかなり脆い。
そんな身体でこんな規格外のスピードでの連打……当然長くは身体が持たない。
糸の操作、怪我の治療はイセットが、影の回避、攻撃箇所の調整を俺がって分担してはいるが……流石にこの数のスキル同時発動は肉体精神両面で負荷が半端ない。
だが、そんなものは今、ただ今苦しいだけだ。
すっと治らないあの傷より、未だに心を穿つあの死の喪失よりも辛いなんてある訳ない。
「最後まで、付き合ってくれるか?」
『聞くまでも、だよ……!』
「ありがとう」
たかだかこんなもの、今更乗り越えられないなど、俺たちにあるが訳ない!
「俺たちのッ、ガス欠が先か! お前が死ぬのが、先かだッ……死ぬたくなかったら死力を尽くせバケモンッッ!!」
糸が舞い排煙を吹くが如く魔法の余波で出来た気流で後方に立ち昇る。
『「はぁぁああぁぁぁああーッッ!!!」』
「ヌァァァァアーッッ!!」
俺たちが決死の覚悟で咆哮を上げ雨垂れ石を穿つと言わんばかりに奴の腹を連打つ。
このまま黒猪の身体をミンチになるまで――
―― ピクリと影が蠢く
「ッ!?」
……内蔵が破裂していっての、にも関わらずまだ反撃出来るのか!
どうする? 『光魔法』は治療に回してるから、これを消す余力は……だからって攻撃を止めるのはもっと駄目だ、その瞬時詰む。
「なら来る前に、仕留めるだけ!」
ギアを一段と引き上げ、一発のもっと力強く、魔力も瞬間に込める限界以上に。
莫大な量のMPが底抜けた勢いで減ってゆき、腕の血管が弾けるべっとりとした血糊が顔につくがそれでもまだ打つ。
骨が治して治しても何度も折れ砕けるが、それでも打ち続ける。
はっきりとした手応えが感じ取り、黒猪の内側がボロボロに崩れていくのが拳に伝わる。
「ヤハリ、貴様ハ……ココデ何トシテモ、消ス!」
……だと言うのに黒猪は血を吐き影にその赤を滴らしながらも操り、奴の巨大な腕と俺たちを縛りつける。
黒の体質量が糸と影で動けない俺たちに迫る。
「シネェーッ!!」
「お前がなぁーッッ!!」
赤黒い染まった黒猪の拳と最後の抵抗と現魔力の全部を込めた俺たちの拳が交差し――
「グハッッ!?」
『「――ッッ!?!」』
―― 同時に命中した。
はい、読んで中にマシン〇ンブローとかゴムゴムガ〇リングとか思った人!
手挙げなさい、怒らないから。




