影猪冥武
明らかにシステムを無視したありえない変貌を遂げた黒猪に場は空気は完全に支配されていた。
誰もがただならぬ気配を漂わせる黒猪を見て尻込みしている。
それを抜きにしても元から体高だけで俺の倍以上はあった猪が長い四肢が生やして上体を起こし二本足で立っているのだ。
そこに居るだけで巨人の前に相対しているのと変わらない状況に気圧されるな、という方が無理な話である。
「なん、だよ……あれ」「聞いてねーぞ、こんなの」
「ッ……恐れるな! あんなのちょっと姿形が変わっただけだ」
「ガンテツさん……」「そ、そうだよ! それにあいつはさっきまで死ぬ寸前だったじゃないか!」
幸い最も立ち直りが早かった大盾使い……ガンテツの激励により消えかかっていた場の士気を何とか取り戻す。
俺も加勢しようと踏み出すが、膝から力が抜けその場で崩折れる。
「くぅ……さっきの『魔力供給』の……反動が、まだ……」
体に激痛が走ってる状態での俺のMPほぼ全部を持っていかれたイセットの糸での大切断……あれの反動でもらった喪失感と精神的疲労がまだ抜けきれていない。
「くそ、こんな時に……。そうだ、イセットは……」
「……~!」
「アベルさん!」
ああ、俺が倒れたからミーチェさん連れて来てくれたのか……。
「どうしたんですか!? それに顔色が悪いですよ」
「ははぁ……、ちょっとスキルの反動で。休めばよくなるのでお気にならず」
「とにかく戦えないなら避難を」
「ええ、そうしま……」
ドォ――――――ンッ!!
「「「ぐぁぁぁぁぁああぁァ~!?!」
「うわっ!?」「きゃあ!」
(ゴロゴロ!?)
ミーチェさんに助け起こされて、後方へと退こうとした瞬間、地面に何かが叩きつけられる重低音が響き、俺たちの前をその何かが遮る。
「何処ヘ行コウトシテイル、貴様ラ二人ダケハ、逃サン」
地獄の炎を連想させる赤黒い色に変色した黒猪の瞳孔が俺とイセットを射抜く。
それから逃れようと反射的に一歩踏み出して、その際に行路を遮る”何か”がはっきりと視界に映る……映ってしまった。
黒くバンドみたいなもので一塊となったプレイヤーたちの惨状が……。
「そん、な……」
「あの、一瞬で……こんなに」
思わず戦場の方に振り返ると残ったのは既にガンテツと他のプレイヤー2名のみとなっていた。
それもしゃんとしてるのはガンテツだけで、残り二人かなりボロボロ、しかもこの距離からも膝が笑っているのが見て取れるぐらい怯えきっていた。
「こ、このバケモンがぁぁぁあーッ!!」
「駄目だ、戻れ!」
恐怖に耐え切れなくなった一人が、狂乱したように雄叫び上げ我武者羅に黒猪へと駆けよっていく。
無謀な突撃をしたプレイヤーの影がやつの身体に届いた瞬間――
――影が、にゅるりと立ち上がる。
その影を蹄が爪となった異形の手で黒猪が掴み、影と繋がっているプレイヤーごと鞭を振り上げ動作で振り上げて掲げ……。
「え……」
……もう一人、残って震え上がっていてプレイヤーに叩き付けた。
両者はそのまま肉片となり、宙を舞ってやがて小規模の血と肉の雨を降らす。
ヒラヒラとする影を陽炎のように揺らめかせて悠然と立ち尽くす姿に、黒猪の能力を瞬時に察せた。
さっき黒猪のインフォにあった『正深正冥』、それは影を実体化し更には己に同化して操るスキル、要するにこの森に深く落ちている影全部が黒猪の手足同然ということを……。
それなら俺たちは今正にやつの掌の上に遊ばれても同義、このままじゃ逃げ場はどこにもいない。
「くっ、対応が、追い付かな……」
最後の一人となったガンテツが粘ってくれているが、四方八方から襲ってくる影に体力と身体が削られ、そう長くは持たないのは明白だ。
「俺が残りMPを使って何とか道を開きます。ミーチェさんはまだ残ってる非戦闘員を連れて逃げてください。イセットもミーチェさんに付いて行ってくれ」
「なっ! 駄目ですよ、そんなことしたらアベルさんが」
「……~!?」
「俺のことはいいですから」
「で、でも」
「今日あったばかりの俺なんかより助けるべき人たちいるだろ! 行けッ、早く!」
「分かり、ました……。イセットちゃん、も僕と行こ」
「……~!(ふるふる)」
「俺が説得しますから、ミーチェさんは先に!」
「……はい。……必ず、助けに来ますから。」
叫ぶと同時に全力で『光魔法』を放ち、一時的近くの影を掻き消す俺に、漸く背を向けたミーチェさんそう一言だけ告げて去っていく。
やっぱ人がいいなミーチェさんは……そん時に俺が居るかどうかなんて、分からないのに。
「ほら、イセットも行けよ。俺だけならもし死んでも後で会えるから」
「……~!(ふるふる)」
が、やっぱりイセットが俺の元を去ろうとしない。
だからってこのまま二人纏めて死ぬ訳にもいかないと必死に頼むがイセットは首を縦には振らない。
「言う聞いてくれよ、頼むから……。ミーチェさんやメジャトたちと一緒に逃げて」
「ッ、……ー!」
俺がそう言った瞬間、何か閃いた感じではっとなったイセットが、突如に糸を生成し始めたかと思うと、次は自分の身体や俺の手の甲に糸を貼り付けていく。
「何を……ぐっ!? もうMPが……」
イセットの突飛な行動に気を取られいる間にMPが底をついたのか、光がふっと消える。
幸いミーチェさんは既に見えない距離まで離れたぽいが、これで俺とイセットは完全に閉じ込められたことなる。
しかも『魔力供給』の喪失感でぐらついて頭で魔法を使ったからか、もう意識さえぼやけてきている。
でも何とか……気合と意地で耐える、こんな時に寝コケる暇はない!
「ぐぬぅー! 身動きが、取れない……」
「梃子摺ラセテ、クレタナ」
そうしてる合間にも傷だらけになりながら耐えていたガンテツが遂に影に囚われてしまう。
何とか抜け出そうと身動ぎするが随所にガッチリふん縛られてるいるのか、まったく抜ける素振りがない。
「謝礼ニ少シ実験台にナッテ、モラオウカ」
黒猪が手刀の構えで腕を身体に巻く感じで内側に引き絞る。
すると『土魔法』を使ったのか、その腕から土塊で覆われていき、終には岩の剣を形成す
次には岩の剣にもガンテツいる方の地面から伸びた影が巻き付き、剣のある腕を力瘤が倍は盛り上がる程に引っ張り始める。
そうしたかと思うと今度は、ガンテツの盾を影で動かし腕だけ開放し、わざわざ彼と自分の間に挟むように……つまり拘束された状態でも盾で防御可能な形に整える。
「スキルヲ、使エ」
「どういうつもりだ!」
「ヤルナラ、限界ヲ……ソレマデダ」
「随分と見くびってくれるな……! いいだろ、掛かって来い!『硬直』、『過重拘鎖』!」
ガンテツが怒りと自信に満ちた顔で咆えると、黒猪はそれが合図かのように足だけでなく残った片手までを地に着けて、溜めを作り――
―― 一閃。
「――――……」
「…………は?」
後に映るは目にも留まらぬスピードでガンテツの遥か後方にまで疾走り抜けた黒猪と……
「な、んだ、ありゃ……」
……掲げた盾ごと斜めに真っ二つなったガンテツと、その延長線上にいた木々が綺麗に薙ぎ倒される光景だった。
「待タセタナ……ガ、一人ハ、モウ死ニ体カ」
黒猪がゆっくり歩み寄り、俺と頭前でぴったり止まる。
それはまるでこの前の戦いの再現のようで……。
「コノ前ヲ、思イ出スナ」
「はは、奇遇だな……俺も、思ったわ、それ……」
「戦ワナイノカ、貴様モ、ソコノ我ガ同胞モ」
「イセットが、何でお前の同胞だ!」
「同ジ電子デ生レ出ヅ、マスターニ身ヲ授カッタ。コレガ同胞デナク何ダ」
「じゃあ、ちっと見逃してくれねーのか」
「ナラン、貴様ハ何レ、オレノ障害トナル。二度ト復活出来ヌヨウ、ココデ完璧ニ貴様ヲ、コノ電子カラ消シ去ル!」
やっぱりそう来るか……こいつは間違いチートプログラムに類する行為を行ってシステムの命令を破棄した。
だったらプレイヤーのリスポーンにも干渉出来る可能性は十分にある。
もしこれが現実に生身がある人間だったらまだいい、現実に戻るだけで本当に死ぬ訳ではない。
ただ俺の場合は状況が違って来るかもしれない、何せ……。
……帰れる身体なんて、もうどこにもいないのだから。
と、最悪の未来に思考が流れていた時、ずっと糸を弄り回していたイセットが俺に向けて、声を紡ぐ……自分のMPを使って。
「ワタシを……って」
「お前、また……」
「イイから……ワタシを……つカって!」
イセットを、使う? どういう事ださっきやってたことと何か関係が……
「オレヲ前ニ、余所見トハ、ナァ!!」
「……ッ!?」
イセットを懐に庇いながら力を振り絞り、横転び黒猪のスタンプ攻撃避ける。
だが、行先には既に実体化した影が待ち構え、俺はあっさりと捕らわれてしまった。
即前上に投げてイセットだけは上空に逃したが、転んで偶然空を見上げて、空が黒い網に遮られてる模様に絶望へ叩き落とされる。
「もう……本当に逃げ場なし、か」
駆け寄ってきた黒猪に腹を蹴られるが、影で固定にされているため弾かれもせず、余すことなく衝撃を身に受ける。
「がはっ!?」
息と血を吐きながらも考える。
俺一人なら何もかも放棄してしまっていいが、せめてイセットだけでも生かせるよう、思考だけは止めない。
何か突破口は……
「ぐはっ!?」
(ゴロゴロ!)
「フム、ヤハリ来ルカ」
こいつイセットを誘うためにわざと俺を……いや、そんなことより考えるんだ、イセットだけでも助かる方法を。
何か、何かないのかスキル……物は……人は……何でもいい、イセットが助かるなら何でも……。
というかイセットは直前に何をした、手のこれは……魔術陣? よく見るとイセットの身体にも……何故こんなもの……糸に魔力を流しても何の反応もないし。
でも、この状況でイセットが理由もなく魔術陣何て手間の掛かることをする訳が……
―― 魔素が魔力となり、織り成され、何かしら超常的な現象が起きれば、それは魔術または魔法と言えるのです
「グァハハハハ! ドウシタ我ガ同胞ヨ。ソンナニ主ガ気ニ掛カルカ!」
(ゴロ、ゴローッ!)
影が密集した場所に追い込み、どんどん鳥籠を形成するように影でイセットを囲っていく。
それでもイセットは俺と、俺と繋がってる糸を守りながら戦っている。
既に受け流しに耐えれず殻が割れ、消耗で身体が消え掛かっているにも関わらず……
―― でも、それなら『魔力体』は……
―― イイから……ワタシを……つカって!
そう、か……そういうことか! こんな重要なことを今になって気が付くなんて……阿呆か俺は!
システムウィンドウから『配下』の項目を開き、一覧にいるイセット欄を開かずに魔法スキルを使うつもりで集中する。
そして正しい手順だったのを照明するが如く、システムが返して来るその魔法の名を告げて――
《特殊魔法のアクセス申請を確認しました》
《媒体と行使者の各種パラメータを参照し使用許可を判定します》
《判定が出ました、必須パラメータALL Max!》
《特殊魔法……》
「『従魔武装・虫義之心』!!」
―― 行使した。
*通知外システムログ
《統括管理AI『ベガ』より、個体名『アベル』と個体名『イセット』の特殊魔法に干渉許可を要請します》
《…………最高位管理者『星渡・F・津凪』により、要請が受理されました》
《この一戦に置いてのみ、個体名『アベル』と個体名『イセット』の特殊魔法の一部デメリットを無効化します》
《私の声は聞こえていませんでしょうけど》
《どうか、ご武運を……》
ベガ「だって、あいつがチート使ってくるんだもん」




