薄明が移ろう間に
プレイヤーが率いる救助団体と協力関係を結ぶ事になった俺たちは、まず俺とイセットの登録を済ましておくため、団体の拠点たる『架け橋』に向かって歩を進めていた。
やっと、やっとこれでイセットを『架け橋』まで連れて行ける。
ただ、そう浮かれてばかりは居られない、目的地までの道程はかなり遠く、今やっと半分を越したかの進行度なのだ。
「よし、今日はここら辺で野営します。各自持ち場につき速やか設営を初めて下さい」
それからもう暫く歩いて空が茜色に染まりだした頃に、今日の進行は終了し皆の手で寝床を用意し始める。
が、そこではっと気付いたように黒毛の猫耳尻尾の女性……ここのチームリーダーであるミーチェさんが俺たちの方へ申し訳なさそうな顔をしてやってくる。
「すみません! アベルさん達の寝床を用意するのをすっかり忘れてました!」
「……えっと、どういうこと」
「それがですね……」
突然の謝れた上にこんなことを言われて、どういうことかと聞き返してみたところ、以下のような事情らしい。
今回は何分急な帰還だったので定期報告のため来た身内の連絡員まで同行する事になり、予備だったテントや寝具の余分はないとの事だった
うーん、そういう事情なら仕方ない、そもそもこっちが勝手に押し掛けたようなもんだし、これで文句言う筋合いはないだろう。
「いや、別にいいって。寝床は自分たちで作るから」
「……作る?」
「イセットこっち来てくれ! またあれ作らなきゃいけなくなりそうだ」
(ゴロゴロ!)
途中すっかり仲良くなったNPC男性と話していたイセットを呼び寄せて、仮拠点用の巨大繭を作ってもらう。
(ゴロゴロ~♪)
「おお……」
繭を織りなすイセットの姿に思わず感嘆の声がもれる。
直接作られる過程を見るのは初めてだが、手で糸を紡ぎ、『操糸』と共に舞わせ、城を築くが如く編み上げてゆくその姿は何とも絵になる光景だ。
沈みゆく夕日の反射も相まって、その光景により幻想的な雰囲気を纏わせる。
そしてそれに魅了されていのは俺だけなかったようで、いつの間にか設営していた他の人までもが見物に来ては揃ってイセットに見惚れていた。
「きれい……」
「こりゃ絶景だ」「酒でも一杯欲しいね」
「状況関係なく、テメーはいつも飲んでるだろうが」
「……♪」「ほうほう……お見事ですね。もうそこまで応用を効かせるとは」
……一人感想がズレてのがいるがあれは気にするだけ無駄だと、道中散々学習したので放置だ。
何はともあれ、そんな感じで巨大繭が完成……したのだが何か前のと所々違うものが付属してる気がするんだけど?
というか、これって……
「なぁ、イセット。このどう見ても魔術陣にしか見えない装飾ってなに?」
(ゴロゴロ!)
いや、ドヤられても……俺は何が何だかさっぱりなのだが?
多分『魔術』スキルを使ってものなのはだろうが、その手の知識が乏しい俺としては意味不明の図形にしか見えない。
「ふふふ……。皆、彼女の作品に興味がお有りご様子なので、この私が解説いたしましょ!」
と、思ってイセットの意味不な行動に困惑顔をしていると、さっきまでイセットと話していた男性NPC(種族は森林族、名はメジャトらしい)が割り込んできた。
イセットを喋らす訳にもいかないから、それはとても有り難い申し出なのだが……護衛ぽいNPC女性(種族は竜人族、名はシルフィ)以外の他の人たちが、ささっと身を引いてるのに何故か凄く嫌な予感する。
ついでに言うと残り男3人は全員が人間族で、間が悪く名前はまだ聞いていない。
「まずはこの部分の魔紋なのですが……」
「へー、それで……」
そして、その予感は的中した。
まず巨大繭に設置されたのはここのテントにも施されている精神誘導の魔力を織り成す魔紋が書かれたものらしく、これで知能が低い動物や魔物はよって来なくなる結構凄い代物だと教えらた。
だがその後、何か勝手に『魔術』講座が開講される流れになり……。
最初こそ、少し気にもなっていた『魔術』ついてだったので素直に傾聴していた、のだが……それが不味かったのだろう。
気を良くしたメジャトは『魔術』、魔紋の説明だけでは飽き足らず、理論、持論を述べ始め、ついには魔術は素晴らしいとか、こうあるべきだとか、あなたも魔術の道を歩まないかとか関係のない話しを伸び伸びと聞かされる羽目になったのである。
正直、理論語りの辺りから既について行けなくなり、今は辟易として大抵の内容を聞き流していた。
それでも席を立たない理由は、イセットがその話しに目を輝かせて聞き入っているかである。
実を言うと未だ他の人には明らかに警戒してるイセットがメジャトと仲良くなったのは殆どこれが原因だ。
イセットも『魔術』スキルを習得したのはいいけど、参考になる手本が魔術蜘蛛以外なかった……という状況にメジャトの存在は正に渡船だったのだろう。
ほんと、こんなことなら説明会の時にもっと良く聞いとくんだった……いや、それでもメジャト以上の知識量は無理だったからどっちにしても一緒か?
「……だからこの性質を見るにどうのような形であっても、魔素が魔力となり、織り成され、何かしら超常的な現象が起きれば、それは魔術または魔法と言えるのです」
「ん……」
「……~?」
「おや、アベルさん。今の部分で何か気になる所でも?」
だた、その話しの中で1つだけ気になった要素が耳に入り、つい反応してしまった。
……また面倒になりそうだが、ここまで来れば毒を食らわば皿までの精神だ、とことん聞いてやる。
「いや、大したことじゃ無いんだけど。もし、もしだ……生物そのものの体が大部分魔力だとして、だったらその生物も魔法や魔術なのか?」
「ほう、それは興味深い考察ですね。でも魔物やポップした私達(NPC)は確かに高濃度の魔素から産まれますが、体=魔力という訳では有りませんからね。魔力で飲み水や土が作れるのを見れば分かる通り魔素の集合体、即ち魔力で実物体は作れて、肉体もそれは同様。だから魔物やポップNPCの身体も魔力で実物化させた本物の肉体なのです」
「えっと……結局、どいうこと……?」
「どんなに膨大な魔力を以て産まれた生物があったとしても、その者の身体は”肉体”であって”魔力”ではない……ということですよ」
「ああ、なるほど」
何かよく分からない内容もあって、質問の方向性が見誤った返答ではあったが、要するに生物は魔法にはなれないってことか。
でも、それなら『魔力体』は……? あれを額面通り受け取るならイセットの身体は、もしかして……。
「で・す・が! そのアプローチはとてもいい!」
「うわ!?」
だが、その先の思考はメジャトの妙に耳に響く大声で遮られた。
何か、とても重要なことが分かりそうだったんだけど、残念ながら今ので吹っ飛んでしまった……。
「それで私としてはですね……」
「はぁ……。いつ終わるんだ、これ……」
「……~♪」
……結局、メジャトの魔術講座(談話とも言う)はミーチェさんの「就寝時間です!」という一喝が鳴る深夜まで続いたのであった。
♢ ♦ ♢
「皆さーん、起床時間です! ささっと起きてください!」
「んが……」「ミーチェちゃん……もう少し静か起こしくれよ」
「ぐおぉ……ー。頭に響くぅ……」
「やれやれ、あなたはまた二日酔いですか。だからあれ程、昨日もう飲むなと忠告しましたのに……」
「……んっ! ふぅ……」
まだ日が昇り始め、薄っすらと夜空が明けて来た時間帯、新作の巨大繭にて寝てた俺はそんな騒がしい声で目が覚めた。
静かなのは、言葉を喋れないというシルフィだけだ。
ミーチェさん曰く、WCOは安値で掻き集めた古いAIを改造して使い回すのもあるらしく、シルフィは最初から言語機能が備わっていないAIなのではか……という話だった。
「何か新鮮だな……寝起きがこんな騒がしいのは」
(ゴロゴロ?)
イセットは朝から騒ぐ方じゃないし、病院のVR空間はいつも静かだったから、騒がしい朝って言うのは本当に久方ぶりだ。
「あ、アベルさんに……イセットちゃんも。起きられたんですね」
「ええ、まあ。ちょっと寝不足気味ですが」
「すみません。メジャトさん、悪い人ではないのですが……『魔術』の事となると見境が無くなる悪い癖がありまして」
「いえ、気にしないでください。俺……というかイセットにとって有意義な時間だったみたいなので」
ミーチェさんが昨日のことで謝ってくるが、実際に役立つ情報だったからそこまで畏まられる言われはない。
因みにミーチェさんに対して敬語になったのは特別な理由はなく、話してく内に自然とそうなっただけだ。
相手が常に丁寧に接して来るから、自然とこちらもそういう風に持っていかれたのだろう。
「なにはともあれ、後もう少しで『架け橋』が見えてくるな」
「やっとお帰りか~」「俺、早く帰って真っ先にクランおばさんの飯食んだ」
「おお、それはいいですね! 彼女の料理は絶品ですから」
「……ん!(ウンウン)」
後僅かで心安らぐ目的地へと辿り着ける、皆がそう思い明るい顔で帰れば何をしようかと語り合っていた平和な時間。
だが、それをぶち壊す轟鳴は……平和が続くべき場所から響き渡ってきた。
遠くから人の悲鳴と木々をへし折れるバキバキという炸裂音。
それに真っ先に気づいたのは、偶然にも音が接近する方向に1番近がった俺だった。
「うん? 何だあれ……人か?」
「人というか……『架け橋』の留守番組の人たちですね。でも何でこんなところまで……いや、何かに追われて……ッ!?!」
「全員、避けろー!!」
ミーチェさんの顔が驚愕で強張り、猫耳と尻尾がピンと立ったかと思うと前方で先頭に走っていた、身軽そうな軽戦士風の人間族の男性が声を張り上げて、そう叫ぶ。
俺はその声音に不穏なものを感じて『風魔法』でブーストして彼ら進路から全力回避し、それに連なるかのように他の面々も横飛びして逃れていく。
ただし、運動音痴のメジャトはシルフィに押し倒されてだったけど。
「ぐあっ!?」「きゃあ!」
即後、凄まじい風圧を撒き散らして俺たち目の前に夜の闇を思わせる漆黒の塊が通り過ぎる。
それは四足で駆ける黒い獣。
だが、奇妙な事にその獣は四足歩行をしているはずなのに全く足音が鳴らなかった。
硬く黒い毛並みの巨体は圧倒的な存在感を放ってるはずなのに、闇に溶け、まるで世から消えたかのような希薄さという矛盾した気配を宿す。
こんなデタラメな生物、俺が知る限りでは一匹しかいない。
「よりにもよって、こんな時に……黒猪ぃぃイーッ!!」
「ブルルゥー……」
―― 掴みかけた希望は、黒い絶望にて遮られた。
次回からついに第1章 最終決戦です!




