蛹化
なんか思ったより長くなりました……文章管理がガバガバな証拠ですね……。
《従魔・イセットが進化のため『蛹化』状態に移行しました》
《従魔・イセットの『蛹化』状態が終わるまで24時間を要します》
事態に頭が追い付かない。
どういう流れでそうなったかは不明だが全身が炎上していたゴブリンボスが満身創痍のイセットににじり寄っていく場面に出くわし、背後から『水魔法』のジェットパンチで頭蓋を粉砕して仕留めた。
そしてあの赤石との戦闘で合わせてかいつの間に14になってた俺とイセットのレベルが15になったかと思いきや、イセットが大怪我負ったにも関わらずゴブリンボスに食らいついた。
怪我のせいで無理矢理引き止める訳にもいかず、『光魔法』での回復を飛ばすだけしか出来ないでいると、こんなインフォメーションと共にイセットは糸の奔流を吐き出して一瞬で蛹になったのである。
「グギャ」「グギャギャッ!」
(フワフワ~)
「ッ、惚けてる場合か!」
予想外の事でいちいち慌てない! そんなことより大事なことがあるだろうが!!
離れた樹木の向こうで聞こえる鳴き声や物音で我に返り、胸中で自分を叱咤しながら今最もやるべき行動は何かを考えるに努める。
まずは動けないイセットを安全な場所まで運ばないといけない。
幸い蛹と言っても糸で固定されている様子はないのでここから移動させるのは多分大丈夫なのだと思う。
それでも万が一があるといけないので配下の項目からイセットのステータスやログを常時監督しながらその場を立ち去る。
_____________________
名前『イセット』 性別『未定』 種族『魔幼虫』
種族レベル『15』 属性『無』 特性『蠢爾、草食』
《スキル》
『縦横無尽LV4』『弾化LVMax』『硬化LVMax』『風魔法LV7』『糸生成LV7』
『鎧術LV5』『増力LV5』『防御LV5』
《称号》
『名有化物』『付き従う者』『戦士』
《特殊状態》
『蛹化 残り時間23:58』
_____________________
イセットのステータスをよく見ると特殊状態という項目が追加され、そこに残る時間が表示されていた。
この時間……ようは丸一日過ぎれば蛹化が終わる、つまり羽化(進化)するって事でもいいのだろうか?
普通に考えたらだった1日で蛹が羽化する訳ないけど……まぁ、一応ここゲーム世界だしな、そういうこともあるのだろう。
だが、今重要なのはそこではない。
試しにと『蛹化』の詳細が見れないかと意識を集中してみたのだが、そこ現れた情報は今の状況を逼迫させるものであった
・『蛹化』
虫系の魔物、魔獣が特殊な進化の際に起こる変化形態の一種。
注意!
この形態で一定以上のダメージを負った場合強制終了されます。
強制終了すると進化に失敗しデメリットのみが残り、二度と同様の進化は出来ません。
どうやらこの状態での進化はかなりのリスクを背負うものらしいのは、文章からひしひし感じられた。
何故イセットがこんな危険を冒してまで転種進化を選んだかは分からないが俺がやるべき事は変わらない。
『蛹化』が無事に終わるまで他の魔物共がイセットに指一本触れさせない、今はそれにだけ注力すればいい。
「ギギギャ!」
「くっ、もう追い付かれたのか……」
全力で走れば普通のゴブリンなどに追い付かれるなんて事はないが”一定以上”のダメージがどれぐらいの量なのか知らないから迂回に全速で森を駆けずり回るのは躊躇される。
もしかすると小枝に引っ掛かった程度でもアウトかもしれない、そう思うとどうしても慎重にならざるを得ず歩調が鈍る。
神経質過ぎるのかもだが、繭越しに細く伝わるイセットの鼓動に不安が拭えないのだ。
シューン!
「ぐっ!?」
それで逃げ切れるはずもなく、ゴブリンの矢が飛来し肩に刺さる。
「ぐはッ!?」
高速で飛ぶ浮遊石の体当たりを背に受ける。
殴られ、切り裂かれ、肌が剥れて全身に血を流しながらも蛹のイセットが庇いながらひた走る。
「あと……ぐぅぅっ、もう、少しッ!」
完全に追い付かれ背を斬り裂こうと背後まで迫ったゴブリンがボロい剣を掲げ……そのままピタッと止まる。
「間に……あった」
粘着糸での拘束罠、残骸の丸太で作った振り子罠、ここを出る前に撒いた魔石罠などが次々起動し敵を食い止める。
罠をちょくちょくと改善した甲斐があった、何事もやっとみるものだな。
流石にゴブリンや浮遊石の群れが全部俺達に押し寄せていたら、だった数日のやっつけ仕事で張った罠で食い止めるなんてのは無理だったと思われるが、あっち縄張り争い? の最中だったからか総掛かりなんて事態にはならずに済んだが幸いした結果であろう。
それでも罠で全滅まで出来ず数減らしただけ、だがここまで来ればそれで十分。
矢を抜き傷を直し『水魔法』で血を流す。
血がしっかり落ちてもう血痕を残さないか確認、罠に使っていた強糸と『風魔法』で大跳躍し木々の上を辿って隠れ家へ籠もる。
ここは周りからただの茂みに見えないし、俺は『隠密』も発動してあるので探索系のスキルにはよほど運がないと引っ掛からない。
リストで調べた限り、意識もあるか定かでない上に微動だにしないイセットがその手のスキルに掛かる可能性は殆どなし。
「ふぅ……。これで、やっと一息付ける……」
だが、まだ安心は出来ない、少なくともイセットの『蛹化』が終わるまでは……。
「ぐぅぅ……目眩が……」
だと言うのに少し肩の力を抜いた瞬間視界をぼやける共に思考に靄と全身の鈍痛。
これは……やっぱ至近距離で爆破は、ちっと無茶が過ぎたか……。
急いだせいで回復が甘かったのも、あるけど……くそ、せめて『索敵』反応が切れるまでは……。
歯が砕けるほどに食いしばり、失いかけた意識を掻き集め耐える。
魔法で再度回復をとも思ったけど、頭がぼんやりしてるせいか魔力操作が覚束ない、これではMPを無駄にするだけだ。
耐える……残り7匹。
口に鉄臭い味が広がるが、まだ耐える……残り4匹。
口どころか手にも血を滲ませながら耐える……残り1匹。
「………………いった、ぁ……――」
―― そして最後一匹が去ると同時に俺限界迎えて意識を手放した。
♢ ♦ ♢
「ゔぅ……俺、は」
ほぼ気絶同様に眠って目が覚めたのは外が一面闇世界に覆われ深夜になってからだった。
まだ、体が本調子に戻ってる訳ではないのか声は掠れて妙にダルいし頭が重い……。
早く治さねばと『光魔法』で治療……したらまた眠くなって来たので慌てて『水魔法』に切り替えて全身に熱るような血流の流れを感じて眠気を飛ばす。
「ふぅ、やっと落ち着いて来た。そうだイセットは……うん、特に問題はないか」
隠れ家内を見回して探してみると繭に包まれたままのイセットが寝落ちる前の位置にそのまま置かれていた。
ちょっとだけ、寝てる間に無事蛹化が済んでいたり……とか期待してたんだが無情にもステータスには『蛹化 残り時間14:57』の表示を突きつけられた。
つーか、9時間寝もこけていたのか……と驚きながらも『索敵』の反応に意識を割いて周辺をチェックし、敵の有無を確認。
少なくとも俺の『索敵』範囲に(現在体感で半径250m程)敵と思しきものは居ない。
「昼寝にしちゃあ寝坊しちゃったみたいだし、今日は徹夜で見張りだな……」
入り口に注目したまま、ある程度意識を『索敵』に置いて周辺を警戒する。
特にやる事も無く、と言うよりもやる余裕もなく無言で警戒し続けるだけの時間が過ぎゆく。
そうやってどれぐらい経っただろうか? って程に時間が経ち俺は自然と未だに依然として『蛹化』状態のイセットに目がいく。
「なぁ、イセットどうしてそこまでして……」
問いかけるが蛹のイセットから当然いつものゴロゴロでの返答は帰って来ない。
何故この子はここまで危険に身を晒してまで転種進化を選んだのだろうか?
今は余計なだと振り払おうにも、頭の片隅にどうしてもその問いがこびり付いて離れない。
ただ、1つだけ。
「きっと自分のためじゃ、ない」
思い返すといつもそうだった。
空歩猿戦の時も自分も疲れてるはずなのに一晩中寝てる俺を守ったり、自分の強化より俺の食料を優先したりそれ以外にも細かい事でもイセット自身よりも俺を優先していた節がある。
これはただの勘違いかもしれない……でも、もしイセットが俺のために身を挺してまで尽くしてくれようとしているのなら……。
「……今度こそ」
忘れもしない両親の訃報が届いたあの日の悲しさ、そして結局最後まで世話なるだけで何も返せなかった悔しさ。
もう二度と、あんな思いはしたくない。
何よりあの人達は俺に後悔しないで生きていて欲しいと言ったのだから、これだけは俺の絶対だ。
そう決めた以上、ただこうやって見張るだけでなく最大限尽力しないと、何か、なにか他に……。
「あ、そういやあのスキルがまだだった!」
そもそも今日の戦いがそのためだったのに、イセットの事で頭いっぱいになっててすっかり忘れてた。
いかんな、自分で思ってる以上に今の俺は冷静ではないみたいだ。
もう一度気を引き締めてスキル習得画面から目的のスキルをタップ、5SPを消費して習得する。
《スキル『固定LV1』を習得しました》
_____________________
名前『アベル』 性別『男』 種族『人間族』
レベル『15』 属性『無』 特性『なし』
《スキル》
『走行LVMax』『風魔法LV9』『水魔法LV9』『光魔法LV6』『素手LVMax』
『抗魔LV8』『追跡LV5』『索敵LV5』『隠密LV5』『偽装LV5』
『魔量再生LV3』『固定LV1』
《称号》
『大物殺し』『密偵』
_____________________
よし、習得完了。
このスキルは体の動作を『固定』するだけの、一見するとどう使うのか意味不明な効果しかない。
が、よく考えて欲しいこのWCOの世界のアバターは魔力回路と言う名の器官があり、魔法とは厳密には身体動作の1つ。
なら当然、魔力回路の動作を『固定』する事も出来るということだ。
物は試しと早速予定通りに淡く『光魔法』を撃ち、その状態で『固定』を発動する。
「おお、維持するの凄い楽……でも、んんーッ、本当に発動中は、びくともしないな」
口と目以外石になったように動かない。
こっちも意識すると『固定』出来そうだったから試しに口付近をしてみたが……呼吸も一緒に止まったので慌てて急停止。
「コホッ、コホッ……あー、通りで、デフォルトがああなってる訳だ」
もしやと思い目も『固定』してみたが、まるで視界が停止画面なったようにあらゆる物が止まって見えた。
どうも網膜での視覚情報も動作扱いらしい。
よく意識してみると内蔵も『固定』出来そうだったけど、流石にやめた。
てか思ったよりも物騒だな、このスキル! うっかり発動して心臓を止めて死にました……なーんて冗談にもなりゃしない。
「運用には慎重を期さないと……流石に猟奇死亡みたく死ぬのは勘弁願いたい」
『固定』に想定以上の危険が潜んでいたのに慄くのはここまでとして、意識を撃ちっぱなしの『光魔法』に集中。
そこで少し魔力が余計に漏れていたので微調整……よし、MP消費も『魔量再生』のお蔭でギリ自然回復と消費が釣り合った。
これならもっと回復が早い睡眠中なら僅かにだが回復の方が勝る程だ。
「寝てる間に俺が感知出来るかの問題はあるが、そこはやってみないとな」
まぁ、今日はどの道徹夜なので関係ないことだが……。
本来なら今夜寝る前に楽な姿勢で魔法を『固定』して就寝といく予定だったが……今は状況が状況だからなぁ。
因みに俺は今いつでも起きれるように床に座って『固定』している状態だ
「このまま約15時間耐久か……」
ある意味それが一番キツイかもしれない、と思いながら俺だけの長い夜が更けていった。
・レベルダウンのメリットとデメリット
メリット:前より増えたスキルによる成長率補正、マスクデータで見えないがちゃんと筋力等の能力値がありスキルの種別と数で成長率が決まるので。
再度のレベルアップによるSPの追加獲得。
デメリット:下がるレベル分の上昇してたステータスの減少。
勿論ですが『蛹化』が中断されると、ここのメリットは消えてデメリットも貰う。