最初の選択
「……」
申し訳程度の穏やかな色彩の家具が置かれた広い部屋。
そこで俺は万人が見た万人がつまらなそうな顔表情を晒して今日も既に何度も読んだ本の活字を眺めていた。
「飽きた……」
ここは自室……正確には病院施設専用VR空間内の自室だ。
俺はかなり幼いころ、それこそまだ幼稚園通うような歳に地震より起きた火災で死にかけた。
幸い……と言っていいのか奇跡的に命は助かったがその後も完治出来ぬまま植物人間状態に陥いる事となる。
唯一幸運だったことがあるとすればバーチャルリアリティー技術の発展よりある程度脳が無事なら体が動かない窮屈さの悲壮感の中での緩慢な死は免れたことだけだろうか。
「……はぁ」
最近ため息が増えた気がするな……VR空間内の息をちゃんとした”息”で分類するならだけど。
そして飽きたと言いながらも他にやることもないので、また別の読み慣れた本を仮想ウィンドウに呼び出す。
一応ここでも一般的な教養は積める資料とネット回線はある。
だが両親と病院側が精神に悪影響がでたら治療に妨げになるかもと、そこれ辺の情報を徹底管理してるため俺が見れる本も映像も皆一様に模範的な内容のみ。そのことに辟易しながらも電子書籍のページをスライドする。
……こんな形で生きていて意味はあるのだろうか?もう何度目か分からない自問を今日も繰り返す。
正直、このまま親の財産を食い潰すだけなら、いっそのこと安楽死をって本気で悩んでこともある……いや、それは今もか。
でも両親はそんなことをしても喜んだりしない……それにそんなの悔しいじゃないか。
俺は何も悪いことはしてない、それは良い事も含めて……機会すらなかった。
自然と手をきつく握り締める。
痛覚遮断された仮想の掌に痛みが伝わることはない。
それすらも何故か悔しくてさらに強く、強く……手を握り締める。
―― その時だった……何も変化が無かった俺の生に異変が起きたのは。
<警告! 担当医よりの緊急サーバー移動信号を感知。5秒後にサーバー移動が開始されます>
「え? 緊急サーバー移動?」
告知欄にある今まで見たことない表示に気を取れてる間に5秒が過ぎたのか一瞬視界が霞んだと思ったら担当医との顔を合わせる時に使う専用診察サーバールームへと移動していた。するとすぐ前に俺の担当医もサーバーにダイブしたのか白衣を着た中年男性が出現する。
「やぁ、急に呼び出して置いてすまないけどこれから話すことは落ち着いて聞いてくれないかい?」
「こっちは何がなんか分かんない状態ですけど……」
「私にも事情があってね、君には本当に申し訳ないと思ってるけど……こっちも急ぎなんだ……」
さっぱり事情が読めないけど……この人にはいつも世話になってるし本当に困ってるようだ。正直疑問は絶えないけど一旦棚上げして置くしかないみたいだ。
「そうですか……わかりました。それで話とは?」
「ありがとう、助かるよ……。まずとても残念知らせあるけとどうか心を乱さないで……君の両親が今朝方に他界なされたそうだ」
「…………え?」
頭の中が真っ白に染まる感覚がした。
両親が……他界?
「交通事故だったそうだ。まったく神様ってのがあったら酷いことをするもんだ……質素だけど立派で出来た人達だったと言うに……」
「……」
後にも担当医さんが何か言いい続けているようだが聞こえる言葉がよく認識出来なかった。
裕福でもない環境ながら俺を産み、愛情を持ち育て……そして俺が災害にさらされ体が動かなくなっても愛情を注ぎ、もう治療の希望もないというのにも構わず諦めないで育ててくれた……俺の前ではいつも笑顔を絶やさないくれたそういう強くて優しい人達だった。
「なのに、なんで……あの人達なんだよ……なんで俺なんかが生きてて両親方なんだ……」
「……あ、そうだ忘れるとこだったね。……これを」
「これ、は?」
暫く無言で黙祷をしていた担当医さんが何か思い出したようにそう言うと仮想ウィンドウを操作して俺宛にメールが送ってきた。
戸惑いながらもそのファイルを開くと、題目が『私達の愛する息子へ』と付けられた動画が添付されていた。
恐る恐る動画を再生する。
『あーこういうの最初に何を言えばいいのかな?とにかく、こんにちは今日も母さんとはラブラブなお父さんだぞ』
『もうーお父さんたら……こんにちはお母さんよ。……あなたがこの映像を見ているのなら多分私達の身になにか良からぬ事起きたのでしょう』
『ああ……これはもし俺たちがお前に会えない状況になったら見せるように担当医の人に言っておいたからな』
『あまり言いたくはないけど……もし私が死んでいるならきっとあなたは自分を責めるでしょうね。あなたはそういう優しい子なんだもの』
『でもお前が自分を責める必要はないんだ。だって俺達夫婦はお前が入院してからだって一度も煩わしいなどと思ったことも育てたを後悔したこともない』
『むしろこっちが謝らないといけないわ。これからも過酷な道を行くあなたの側にずっといてやれなくてごめんなさい』
『だからもし俺達が死んでいても諦めないで生きてくれ!』
『諦めないと必ず良いことがある……なんて無責任なことは言わないわ。あなたが後悔が残らないように真っ直ぐでいてくれれば私達はそれだけ十分なのだから』
『あぁ……そうしてくれれば、それだけでいい。もう言い残すことは何もない。それじゃ元気でな』
『それじゃ私もこれで……あなたのこれからに幸せな出来事がいっぱいありますように母と父から愛を込めて』
ここまで動画の全部だった。
あの人達は最後まで俺のことを……なのにッ!
「本当に何でなんだよ……」
「――君にはまだやれねばならない役割があるから、かもしれないな」
「っ!?」
この世界は俺に感傷に浸る間も与えないつもりなのか突如強制的に聞えるようにしたって感じる程に重みのある男性の声と共に目の前現れた初老に差し掛かったって感じ中年男性を映した仮想ウィンドウがなにか責めるかのような俺の呟きを遮る。
ここは病院のカウンセリングルーム用のVR空間なので接続出来るのはそこを割り当てられた患者と患者の親族とその医者あとはそこ担当の看護師までだ。
この画面内のどこかでみたような気がするバッチを付け正装を着た男はどう見ても病院の関係者には見えない。
と、いうかこの顔とこかで見たことあるような気が……?
「はじめしてってことになるかね?まあ、聞いたことがあるかも知れぬが私は増強・仮想現実総合管理機構『シュールック』総長、早上保原という者だ」
「なっ!?」
増強・仮想現実総合管理機構『シュールック』
2068辺りから確立されたVR、AR技術は22世紀にて飛躍的な発展を遂げ人々の暮らしの向上や様々な夢のような世界を生み出した。
が、無論良い事ばかりいた訳ではない。
AR技術のホログラムを利用した窃盗、無断侵入、計画殺人から始まりVR技術を利用したデスゲームテロや非人道的な脳改造に至るまで多種多様犯罪が生まれた。
当時著しく増強・仮想現実を利用した犯罪……通称”仮想犯罪”が警察庁の処理能力を大きく逸脱し増える一方っだった頃に政府からの要請で組織されて増強・仮想現実技術関連行政の管理を一任されている政府即属の監査組織。
まあ、ざっくりいうと増強・仮想現実世界専門の警察組織ようなものだと俺は理解している。
で、今俺の目の前にはその総長……警察で言えば警察庁長官並の人がいきなり通信かけて来たというかなり訳わからない状況下いる。
改めてを顔みると昔増強・仮想現実技術について自分なりに熱心に調べてた時期に何度も写真や動画で見た人相と完全に一致する……間違いなくあの早上総長本人だ。
「な、なんでそんな人ここに?」
「驚いているだろうが時間がないのでね。簡潔に言わせて貰う。まだ、もう少し”生きてみたくはないか”」
「どう……いう」
「済まないが詳しい情報は私の提案を受けてからになる。それにこのままだと君にどんな未来が待っているか知らない訳ではあるまい」
「それは……」
勿論わかっている……何せ俺の親族は他界した両親たけだった。
今は未成年ってことで当分は国が身元を保証してくれるかもだが、丁度来週が誕生日で成人の18歳になる、なのでそれも長く続かないだろう。
そうなれば極僅かに残っている遺産で入院費用が支払われそれが尽きたら金の払う方法がない俺はVR機器の維持費のために数万、数億段位の電子情報を機械の部品ようにひたすら整理するという所謂”電脳重労働”の強制労働に回されるか臓器など寄贈して安楽死を選ぶか……どっちにしても碌な選択肢は残されていない。
俺がこういう電脳空間でも活かせる教育や技術を学んで資格証でも取っていれば事情も変わっただろうが災難事故があったのは6歳あたりで入院してから入院費で家計には余裕がなく一般教養を身につけるのが精一杯だった。
肉体的に死ぬか、精神的に死ぬか俺には今その二択しか残されていない。
「繰り返し言うが時間がないのでな。後5分だけ待とう。決めたまえよ」
「そんなの……」
そんなの決まってる。
いきなり現れて良く分からない怪しい提案で安全だという根拠はどこにもない。
安楽死だってついさっきまで誰かの重荷にしかなれないくらいならするつもりがあるし数分前にも本気で思案に入れていた。
電脳重労働だってかなり過酷だって聞くが死ぬよりマシだ、なにも奴隷って訳でもないので絶望的ではあるが生活改善の望みはある。
「――生きたい!」
だから俺の答えはこれに決まっている。
多分これが俺自身が未来を選択出来る最後の機会だ。
ただ意味なく犬死するか、ただの必要が疑わしい労働装置になるか?どっちも御免被りたいに決まっただろが!きっとそれだと俺はいつか必ず後悔する。
それだけは絶対に駄目だ……それでは俺と何より両親が過ごして来た今までが無駄になってしまう。
だから例えこれが俺を引きずり込む魔手だとしても、本当に”生きる”可能性が極僅かでもあるなら迷わずその手を取ってやる!
俺の返事がすぐ返って来たのに少しだけ目を見開いた早上総長だったが、すぐさま満足気な笑みを浮かべる。
「くく……いい返事だ。もう一度だけ聞く。本当にその選択に後悔はないな?」
「当たり前だ!」
「なら招待しよう!電脳楽園『エデン・マキナ』へ。我々は君を歓迎する」