その手を風に……
犬の特徴が混ざったような奇っ怪なゴブリンと遭遇して俺とイセットは直ぐに逃走を選んだ。
こっちは厄介な魔物との連戦でかなり体力を消耗しているから、出来るならこれ以上の戦闘は避けたかった。
が、どうも逃げるには相手が悪かったようで。
「はぁー、はぁっ……全然、振り切れない! なんつ足の速さだ。」
(ゴロゴロ!)
「しかもあの不自然な加速。絶対『追跡』持ってやがるな……!」
「「グルァァー!!」」
手に地に付けて四足歩行で追ってくる半端犬ゴブリンが俺たちを追い立てようと吠える。
犬は犬でも猟犬だな、あれは……いや、ゴブリンか? 狼男に似てる気もするけど、この場合だと狼ゴブリン?
……どっちでもいいか、そんなことより今はこの場を切り抜けるのが先だ。
「ああ、あの野良犬の時もこんな感じだったな……どうしたもんか」
(ゴロゴロ……)
や、実を言うと俺だけなら逃げられないことはない。
『光魔法』の閃光で目を潰し『隠密』で隠れ『水魔法』で匂いを消すと何とか撒けるかもしれない。
でも俺にそんな選択肢は……イセットを置き去りにして行く選択肢などは断じて、ない。
それに犠牲になるならどうせ復活する俺の方が適任だ、だけどそんなのは俺もイセットも望んでない。
なら戦うか? それもだめだ……あいつらが犬や狼などと同じ習性であるなら不利になった際に仲間を呼ぶ可能性だってある。
それとゴブリンでもあるなら増援の数も馬鹿ならないかも知れないし、俊足だからあっという間に囲まれるだろう。
今の体力でそんなのを相手してる余力はない。
だったら……
「……イセット、道中で言ってたアレをやるぞ」
(ゴ、ゴロゴロ!?)
本気と言わんばかりに驚く気配を見せるイセット。
まぁ、イセットが驚くのも分かるし、俺も路行く暇の冗談くらいのつもりで言ったやつだったから実現可能かも定かでない。
が、二人で逃げ切るなら今はそれに賭けるしかない。
「二人で帰るためだ、頼む!」
(ゴロ……ゴロゴロ!!)
渋りながらも了承してくれた。
渋るだろうとは思った、何せこの方法で危険なのは主に俺の方なのだから。
それは、逆に言えば俺だけしくじらなければいいと言う事だ。
「合図と一緒に飛ばすぞ! ……いっせーのーッ!!」
『弾化』したイセットを拳で押し出すようにして遥か前方に飛ばす、無論『弾化』してるので拳ではダメージは殆どない。
イセットが『風魔法』まで使い、凄まじい速度でぐんぐんと進み、霞んで見える程に位置で急停止するのが辛うじて見えた。
イセットは早速”アレ”の準備に取り掛かっている、あの作業速度なら俺が到着するまでに十分間に合いそうだ。
俺だけ上手くやればいい……大丈夫だきっと何とかなる、ならなきゃいけない……。
疲労と酷使でパンパンになった脚の痛みを無視して更に速度を上げる。
痛みで竦みそうになるが耐えながら走って、走って、走って……着いて、弾かれる。
「「ガルァー!?」」
「イセット、来いーッ!」
(ゴロゴローッ!!)
そのまま空高く弾き飛ばされながらイセットに向けて手を伸ばす。
イセットは即座に口から伸びていた糸を噛み切り、粘着糸を俺に吐き出して俺はそれを引き上げる。
頭上を乗り越える俺たちを驚愕するしながら見上げる半端犬ゴブリン共を見下ろすが、遠距離武器がないのかただ吼えるだけだ。
今回やった作戦は亀戦の時にイセットの糸に『硬化』スキルを付与出来た事に起因している。
イセットには『硬化』以外にも『弾化』という同系統のスキルがもう一つある。
ならこれも、口から切らないと付与出来るのではとやったみた訳だ。
そこで強糸と『弾化』の組み合わせは中々の高弾性を誇る事が判明、近くにある石で弾力実験のため撃ち出してみたのだが。
結果、限界まで引き絞って撃ち出した石は木にめり込む程の威力が出せた。
それを見た時”これなら俺とイセットも撃ち出せるかも”と冗談交じりに言ったのだが……まさかこんな早く実践する羽目になろうとは……。
それにしても『弾化』を付与した強糸を2つの幹にゴムバンドのように巻き付けてそこへ全速力で突っ込み、パチンコの玉みたく弾かれただけにしては随分高く飛んだ。
木々が天辺を超えて更に5m以上はするとこまで来てるのに未だに下降しない。
イセットが作った糸の弾力の高さに驚くべきか、こんだけ飛べる衝突力が出せるようになった自分の脚力に呆れるべきか……
「ま、何にしてもここから本番だけどな……」
(ゴロゴロ)
今は放物線を描きながら上昇しているが何れか落ちる、そうれば大惨事だ……主に俺が。
イセットは『風魔法』で滑空飛行が出来るから問題ないが俺にそんなテクニックはない、道中にも幾らか練習したがやっぱり駄目だった。
上昇スピードが徐々に下がる、後もう少しで曲線軌道での落下が始まるのだろう。
…………始まった、高度が落ちて行き、それに連れて落下速も上がり、それに伴い重力の重みを感じる。
大丈夫、やれるはずだ……何でもいいから減速さえ出来ればいい、それだけなら特段制御が上手くなくても……!
「はッ!」
出来るだけ空気抵抗を受けるため大の字になりながら乱暴に『風魔法』を放ち少しだけ速度を下げる。
それを2度、3度繰り返し更に落下速を落としていく。
このままの調子なら、いける、そう思った時……
「よ、よし……これ、なら!―― なっ!?」
……なんの前触れもなく、嘲笑うかのように……突風が、吹き抜けた。
体制が乱れ4度目の魔法が明後日の方向に撃ち出される。
そのせいで落下が速まる、体が揺さぶられ吐き気がする。
何とか風を操り体制を立て直せないかと試みるが、結果は見当違いの場所に魔法を撃って藻掻くだけに終る。
くそ、こんな呆気なく……また死ぬのか……イセット、ごめん……。
自分の不甲斐なさに自虐と諦念が込み上げてくる。
迫りくる地面に目を瞑って、地に叩きつけられるその時を待つ。
―― 手に触れる少し湿った、もぞっとする特有の感触がした。
「……え?」
こう、だよ?
まるでそんな声が聞こた気がした。
手を引かれるように、自分の中の魔力が導かれる。
今まで荒ぶり纏わり付くようだった風が、滑るように柔らかに俺の身を乗せる。
ああ、そうか制御するとか操るとか、そういうことじゃなかったんだ。
逆らうのでなく自然に……流れに流れを合わせ、合わさり、解け合い委ねる……包み込まれるような感覚。
(ゴロゴロ~)
「はは……はははぁー! これすげーよ、イセット。俺今本当に飛んでるんだ! 信じられない!ははははははぁー!!」
これがいつもイセットが感じて見ていた世界か……ああ、生まれて来てこんな爽快な気分は初めてだ。
いつの間にか俺の隣を飛んでいたイセットを見詰めると、そうするのが当たり前のように口が勝手にその言葉を紡いでいった。
「イセット……ありがとうな……」
(ゴロ、ゴロゴロ!)
―― どういたしまして、だよ!
♢ ♦ ♢
空からの大逃亡劇の末、無事に着地して『水魔法』念入り匂いを消し、『隠密』で細心の注意を払って隠れ家まで逃げ切れた俺とイセットは……萎れた草のように糸の床でのびていた。
「ぐあぁ……つっかれたぁ。当分は一歩も歩きたくないぃー……」
(ぐでー)
珍しくイセットもゴロゴロじゃなく、ぐでーと芋虫らしく長い体を伸ばして寛いでいる様子。
無理もない、俺よりイセットの方が何倍も活躍したしその分何倍も消耗してるはずだからな……。
が、非常に遺憾ながらあまりのんびりしてもいられない。
10分弱くらいではあるが休息は取れた、今は1分1秒が惜しい。
苦労して回収した食料のバナナを口内に押し込むように貪り食いながらイセットに問いかける。
「はぐっ、ごぐ……。イセット、今から天職祭壇に行く。疲れてるなら俺が運んでいこうか?」
(ゴロ、ゴロ……)
自分で行くらしい、気怠げに体を丸めてゆっくりと転がる。
俺も運ぶとは言ったものの全身がダルいのでそうしてくれると有り難いのが実情だった。
あの半端犬ゴブリン……あの場では何とか撒けたが、あれらがいつここを嗅ぎ付けて来るか分からない。
俺たちを追っていた2匹が匂いを覚えてるだろうし、群れに合流して仲間を引き連れ捜索に乗り出す可能性は少なからず存在する。
それに黒猪だってここか、若しくは俺に報復しに来るかもしれない。
だから今はほんの少しでも戦力がいる、それが一番手っ取り早い補填出来る場所はあの天職祭壇だ。
「もう着いたか。まぁ、そんな遠くでもないからな。さて、そんじゃ早速……」
まずは他の条件が満たしてないかと俺から……だが反応はなし、と。
予想はしてたがやっぱりレベルが1上がったぐらいじゃ新しい条件が満たせないらしい……分かっててもちょっと残念。
で、次は……
「イセット、祭壇に上がってみてくれるか?」
(ゴロゴロ!)
ゴロゴロと進みイセットが祭壇の中央に着く……その瞬間。
―― 天職祭壇が眩い光を放ちだしたのだった。
半端なとこで切れてしまった……これは半端犬ゴブリン仕業ですね!(確信)




