技力石と改築
ゴブリンの住処と森に続く林の手前辺り、つまりひょろ長ゴブリンの死体がある筈の場所に来て見たら、案の定ひょろ長の死体も見事に消失していた。
そこにはこれまた予想通りの小石ぐらいの変わった色の石……と黄色水晶があった。
「空歩猿のと同じ材質っぽい透明色の石はいいとして。この水晶また何だ?」
ここに来るまで集めたゴブリンが残した粒石と小石、そして水晶を見比べてみる。
だが、多分ひょろ長ゴブリンのから出たはずの水晶はこのどれとも違う物質としか思えなかった。
空歩猿のも一応は見てみたけど、これとも違う。
そもそもこの石が何なのかすら、よく分かってないからな、勿体無いから捨てたりはしないけど。
「うーむ……どっちも一旦回収だけしとくか」
ちょっと悩んだが何が分かる訳もなし、戦利品を回収しない選択肢はないので2つとも拾い上げる……その瞬間。
《技力石の取得を確認しました》
《技力石の特性により自動消費されます》
《残存量の一部を変換、2SPを獲得しました》
「え?」
あまりの唐突に降って湧いたSP獲得通知に暫し呆然とし、またもや混乱。
「くっ……お、落ち着け。何が原因かは明白ならそこまで慌てる事でも……ない!」
……するが何とか耐えて直ぐに平静を取り戻す。
突然の事に驚く事態はこれまでも相続いていたので慣れて来たと言うのも功を奏したとみえる。
多分これからこんな事はしばしばと起きるだろう、ならいっその事このまま慣れていくとしよう。
そっちの方が間違いなく精神衛生上いい気がする。
そうとなれば今はこの幸運に純粋に感謝しつつ状況分析をしていこう。
まずは掌にあるはずの謎石と黄色水晶を確認する……があるのは謎石だけで黄色水晶がいつの間にか消えている。
つまりあの黄色水晶が技力石で、あれを拾うと勝手にSPが手に入るって事だろう。
しかし……これを見てただラッキー、と思うほど俺は頭がおめでたくはない。
「これって、もしかしてなくとも俺が死んでも落ちるんじゃないか?」
もし、もしだ……これが死んだ際に持ってる残存SPを落す、みたいな仕組みだったら?
可能性としては十二分にあり得る事だ。
これまで死んでリスポーンしてから何も異常がないのは不公平だとか思っていたが……まさか、こういう形でペナルティーを課してくるとは。
ここの運営はかなり意地が悪いようだ。
「これからもっと気を付けないと。SPもなるべく残さず使うように計算して使わないといけないな」
俺の現在SPは5、幸いにもギッチリに使い切れる数値だ。
今の技力石のSPで2出たのは本当に運が良かった……こうなってくるとスキル価格が全部5の倍数なのにも悪意を感じる。
こうなればさっさと新しいスキル習得し、て…………
「うぅ…………ッは。くっ、視界が、ぼやけて」
駄目だ……気力で眠気に耐えるのも、そろそろ限界が来たっぽい。
このままだとこの場で倒れそう……と思ってたら近くで消えない魔物の死体を遠くへせっせと運んでいたイセットがゴロゴロと転がって来た。
(ゴロゴロ?)
「はは、また心配かけちっまたか。大丈夫だ、ちょっと眠いだけだから」
(ゴロ? ゴロゴロ!)
「あー……まだやること残ってるけど。うん、寝てからするか。イセットも疲れてるだろ、一緒に寝るか?」
(ゴロゴロ~)
こうして俺とイセットと片付けた倉庫に戻り、ボロ布を敷いただけの寝床で二人身を寄せ合うようして暫し眠りについた。
♢ ♦ ♢
「んぅ……ふぁ~。久々にちゃんと寝れた気がする」
WCOに来て3日目なので体感的に、そう感じてるだけだろうけど。
それだけ濃い時間だったという事だろうなぁ、今では火爪熊との戦いが懐かしく思える程だ。
こんな事を思うのも拠点を得て少しだけ心に余裕が出来たお蔭かな?
「まぁ、それはともかく……イセット何でここ真っ白になってんだ?」
(ゴロ? ゴロゴロ~!)
寝起きの頭で考えるのが面倒だからあえて無視していたが、そろそろ聞かなきゃなだろう。
今現在俺とイセットが寝ていた倉庫内部は天井も壁も床も真っ白に塗り潰さていた。
こんな事が出来るのは俺よりも先に目が覚めて何やら外をゴロゴロしてる身を丸めた球体芋虫しかないと問うてみた。
案の定、犯人はイセットだったようでゴロゴロしながら糸をシュルシュルと振り回して自慢気にしている。
それを転がりながらやる必要があるのかは疑問しかないが、それは置いといて壁に寄りそっと触れてみる。
糸でぐるぐる巻きして建物を補強したのか……糸に隙間を作って覗いてみると内側は木組みを固定するために粘着性のある糸を、外側を粘着性のない強固な糸で覆っている二層構造のようだ。
ちょっと拳で叩いてもみたがなかなか強度を誇るようで生半可な攻撃ではぴくっともしないと分かる。
まぁ、それはいい拠点が堅牢になるのはいいことだ。
周りの木々がちょっと剥げ来てるのもいいとしよう、この糸の量からして仕方のないことだ。
だた問題があるとすれば、それは……
「めちゃくちゃ目立つな、これ……」
……非常に目立つ。
それも当たり前であろう、何だって建物全面が屋根含めて白塗りされているのだから。
イセットに悪意はないしかけた労力と完成度を鑑みるとむしろ褒めてやりたいが、幾ら何でもこれは目立ち過ぎる。
下手すると俺の目でも遠くから丸見えなのではないだろうか?
そろそろ他のプレイヤーとも接触を図りたいし、このままでいいかと一瞬思ったが……こういう時って大体裏目に出るものだから、何故か魔物ばっかよって来そうな気がする。
「まずはカモフラージュからだな……あ、そうだ丁度いい機会だしそれ関連のスキルでも取るか」
SPは出来るだけ使い切って置くと決めてるからな、むしろ都合いい。
どれどれ、いいのはあるかな…………お、これなんか良さそ。
《スキル『偽装LV1』を習得しました》
『偽装』スキル、効果は……周辺の背景に溶け込める色が感覚的に分かる、か。
さらっと書いてあるけど、何気に凄くないか、これ。
「あー、そう言えば擬似感システムに野生動物の感覚器官を再現したスキルもあるとか、研究者の人が言ってたっけ」
ほんと凄い技術だよな……研究者たちが血眼になるのも納得だ。
いや、それを言うなら俺がWCOにくる前に受けたあの施術もかなりぶっ飛んだものだったけども……
(ゴロゴロ?)
「おっと……そうだな、余計なこと考えてる暇はなかった。イセットさっさと取り掛かるぞ!」
(ゴロ~? ゴロゴロー!)
ま、考えると頭が痛くなりそうな話は後の機会にするとして。
さぁ、これからこの目立つ”拠点”を新しい”隠れ家”として飾り立てて行こう!
♢ ♦ ♢
拠点改築から約2時間、全て工作が完了していた。
「ふぅー、結構大変だったけど何とかなったな」
(ゴロゴロー)
イセットと一緒に一息つき、新しい姿へと生まれ変わった我らが”隠れ家”を見上げる。
ふさふさに生い茂る葉っぱ、絡まっている蔓、隙間からちらほらと枝、それは一見するとただ茂みにしか見えない。
周りにある小さな茂みを近くに植え直したのも手伝ってかもう殆ど森の一部なっている。
やったことと言えばイセットの粘着性の糸で『偽装』スキル任せの外装を付けただけだが、中々の物が出来た。
これならよほど近づいて見ないと家だと思わないだろうこと間違いなしだ。
「さてと、それじゃ予定通りあそこのバナナ回収しに行くか」
(ゴロゴロ)
拠点が悪目立ちする問題は解決したし、後残る問題は主に食料だけだな。
森にあるので食べられるものか、そうじゃないか分からないなのが難点だ。
今は空歩猿が食って安全確認出来たバナナがあるからいいが、いつまでそればっかのもなぁ……。
「こういうのが分かりそうなスキルでもあればいいけど。リストにそれらしいものはなかったから仕方ない……ッ!」
(ゴロゴロ!)
そんな他愛も無い愚痴をこぼしながら歩いてると『索敵』スキルが初めて反応を示した。
背後から飛んで来た何かをギリギリで避ける。
敵の姿を確認するため避けた勢いに乗って身を翻す。
そこにいたのは……ふわふわと宙に浮く小石だった。
(フワフワ)
「う、う~ん??」
ギョロギョロっと当たりを見渡す、が俺たちの他は何もない……目の前の小石以外は。
『索敵』にもバッチリ反応している……でも、これが敵?
(シューン!)
「うわ!? また飛んできた!」
いかんいかんもう一々驚くのはやめると決めたばかりじゃないか。
冷静にだ、冷静に……『索敵』反応があったと言うことは、あれは意思を持った者で俺に敵意があるということ。
なら、やることは今までと変わらない。
「全力で迎え撃つのみ!」
(ゴロゴロー!!)
……これが今日始まる奇妙な旅程の始まりである。
・『索敵』
敵意がある相手を自動で探知する。
逆に言うと敵意がない相手には反応しない