邪精暗闘 ー前ー
また一人増えてました!ブックマークしてくれた読者さま、ありがとうございます!
黒猪が逃げた後、発覚されてそのままゴブリン共とやむなくの戦闘開始と共に群れボスだと思われるひょろ長ゴブリンに目掛けて駆ける。
「コイツさえ、どうにかすれば!」
数的不利があるのでこっちとしては長期戦は望ましくない。
なら統率力削いで、やりやすくするか、逃げて貰わないと勝機が遠のくばかりだ。
だからまずは統率者を……ひょろ長ゴブリンを先に落す!
そのために加減なしに『風魔法』の突風で肘を押してパンチを繰り出す。
『風魔法』なのはこっちの方が空気抵抗とかの減ったりするのか攻撃速度が早いからである。
お供の2体の隙に身をねじ込んで、これで障害物はなし!
「もら、なっ!?」
「グギャ!」
が、俺の拳は届くことなく甲羅の盾を構えたお供のゴブリンにあっさりと受け止められる。
その衝撃でお供ゴブリンは吹っ飛ぶが、そこまでダメージないようだった。
そして反動で体が硬直している隙を狙って、もう一体のお供の斬撃とひょろ長ゴブリンの短剣が殺到する。
不味い、これはまともに受けたら……!
「ッ当たるか! くぅッ!?」
「ギギッ!」
「グギャギャ!?」
俺は仕方なく『風魔法』で生み出した風の塊を自身にぶつけ、吹っ飛ばす。
衝撃で受けた腹辺りに痛みが走るが、ぐっと堪えて地に背を打ち付けた反動を利用して何とか立ち上がる。
「コホッ、コッホ……。はぁ、はぁそう簡単には、行かないか」
というか何が起きたんだ、俺の目が確かなら下からいきなりお供のゴブリンが現れたように……下から?
ああ、なるほど低い背を利用して限界まで体勢を低くして視界から外れていたのか。
それが分かったならどうにかなると思い、再度ひょろ長ゴブリンに襲いかかる。
「ギギャ!」
「く……っ! やり辛い……」
「ギャ」「ギギッ!」「「グギャギャッ」」
が、これが思ったよりも厄介なことにすぐに気付く。
よくよく考えると分かることだが俺の攻撃の主体は拳で、ほぼゼロ距離まで近づかないと攻撃出来ない。
そうなると、どうしても視野が狭まり、足元がお留守になりがちだ。
だからって下ばかり気を取られていると、その死角の穴を縫うようにひょろ長の短剣が飛んでくる。
「くっ……それならッ!」
「「グギャ!?」」
「はあぁァァーッ!!」
それでも何もしない訳にもいかず、鼓舞のため叫び声を上げ、身を切る斬撃をあえて無視して、盾を押し退けながら抑えて、ひょろ長ゴブリンとの距離を縮める。
一振り確実に届く距離、手には炎の爪も握ってある。
そして掲げた拳を振り抜く。
「これで……」
「……ギギャッ!」
ひょろ長ゴブリンが手を腕に添えた、かと思えば視界がぐりるした感覚。
「あれ? なんで地面が上に……くはッ!?」
背に強い衝撃……背中から地面に落ちた、のか? 何で……ひょろ長ゴブリンが腕に手を添えて、投げられた……ッ!
「うわ!? 間、一髪!」
状況に理解が追いつかず混乱に陥っていた隙を敵が見逃すはずもなく、投擲や斬撃などの追撃を転がりながら躱す。
ってかシャキッとしろ、俺! 何ぼうっとしてるんだ、今は戦闘に集中だ、集中!
立ち上がり『風魔法』の牽制で最大限距離を稼ぎながら、胸中で自分に喝を入れる。
一体何をされた冷静かつ速やかに分析しないといけない。
まず手を伸び切ってる腕に添え……いや、掴まれた? その後投げ飛ばされて。
「もしかして柔道、とか?」
そんなスキル、リストにはいなかったはずだが……てか武術的なものは一つもなかったはず。
イセットのスキルの大半も俺のリストにはないが、それは人間には無理そうなものだけみたいだし。
ならなぜ、ひょろ長はゴブリンが柔道(推定)が使えるんだ? リアルスキルがあるだけのプレイヤー……ではないな、ダイブマーカーがない。
……まさか、AIが我流武術を開発したとか言うのか?
もし、そうなら俺は今とんでもないやつと対峙してるのかもしれない。
俺はこの時点、ひょろ長ゴブリンと接近戦は自殺行為だと判断した。
どっちにしろ自分より取っ組み合いが得意そうな相手に拳で戦えって無茶にも程がある。
それと現状HPは……初っ端の無理な特攻からの諸々が響いたのか、満タンまで回復してたHPがもう半分を切っている。
相手は一人も欠けてないのにこっちには既にボロボロか……これは勝てそうにないな。
幸いなのは黒猪を放り込んだゴブリンの住処を見に来るより先に、イセットを見つけ辛いように隠してあることか。
目が届かないとこにあるのはそれはそれで不安ではあるが、今は俺と一緒にいる方が危ないから無事を祈るしかない。
「こうなれば今度こそ誰か道連れしか、なッ!」
「グギャ!?」
そう言いながら、お供ゴブリン1体に『水魔法』のジェットパンチを叩き込む。
せめてこのお供だけでも道連れにする。
本音を言えばひょろ長の方にしたいが今の俺の器量では確実性が欠ける。
それではただ損をする可能性が高い……だったら精鋭を少しでも減らしてリスポーン地点からここに戻る、そうした方が確実に戦力を減らせる。
「イセット……その時まで、無事でいてくれよ、なッ!」
「グヒャー!?」
お供のゴブリン1体に張り付き、何度も拳を振り下ろしていると、ひょろ長ともう1体のお供が攻撃が降り注ぐ。
それだけでなくいつの間に集まったのか生き残りゴブリン数体からの四方八方から矢が、刃が、鈍器が身に降り注ぐ。
それでも致命傷になる場所以外には構わずに、HPがヤバそうなら適当に『光魔法』を使って耐える。
耐えて眼の前の敵にだけ集中し、ひたすら殴る、殴り続ける。
甲羅の盾を砕き、その緑色の体を粉砕して、その代償に俺の体も砕けていく。
はは、こりゃー本当に1体で限界か……イセット、情けない主でごめんな。
でも必ず迎えに来るからな! その時まで死ぬんじゃないぞ!
俺が何とかお供ゴブリンの首を圧し折るも、俺のHPバーもコンマ1ミリから底につく……はずだった。
(ゴロゴロ!)
「ギ、ギァギャッ!?」
メタリックな光を放つ球体が、俺に届き得る攻撃を空中を走り抜けながら弾いたからだ。
誰がやったのか? そんな決まっている。
「イセット!?」
(ゴロゴロ~♪)
どうやら十分に休めたようで、ゴロゴロにも爽快感が滲み出ている……ような気がする。
まぁ、お蔭で助かった……のはいいが、この子さらっととんでもない事してなかったか?
俺の目の錯覚で無ければ何もない空中を滑るように転がっていたのが。
と、そこで俺はまだイセットのステータスを確認していないことに気付いた。
「もしや……やっぱりか!」
もう慣れた高速思考操作で開いたイセットのステータスは以下の通りいくつかが変わっていた。
_____________________
名前『イセット』 性別『未定』 種族『虫卵』
種族レベル『8』 属性『無』 特性『甲殻、喰香』
《スキル》
『回転LV8』『回避LV7』『逃走LV6』『突進LV6』『弾化LV5』
『硬化LV4』『風魔法LV2』
《称号》
『名有化物』『付き従う者』
_____________________
レベルが上がってるのはともかくいつの間に『風魔法』を、こういうのは事前に言えと……いや、そういえば何か、それらしい仕草を見たような、ないような?
『風魔法』があるってことは、さっきの飛んでたのは空歩猿の移動法を真似たか応用したやつか。
あんな複雑な動き、一度見て当たり前のように使いこなしてるところが流石の一言だ。
これで確認は済んだし戦場へと視線を戻すとゴブリン共は全員、おもっクソ警戒してるな。
一定の距離から近付いて来ずに睨みつけているし。
まぁ、俺でもいきなり空から謎の球体が攻撃を全部弾かれると同じ反応すると思うけど。
「で、こっちは瀕死人間一人と万全な卵が一体?か。……自分で言っといて何だが、珍妙な事になったな」
まぁ、これで仕切り直しだと意気込んだのだが、またもや状況は急転していく。
今までにらみ合っていた生き残りのゴブリンそれにお供のまで何故か理性をなくしたイセットに向かって殺到していくのである。
「「「ギギャギャギャー!!」」」
「「ギギァァァー!」」「グギャギャァァー!!!」
「って今度はなんだ。コイツらどうしたんだ!?」
(ゴロゴロ!?)
イセットも突如の敵対者の変化に驚いているようで、襲いかかってくるゴブリンの集団から『風魔法』で飛び去って逃げている。
それにしても本当にどうしたんだコイツら、ボスのひょろ長ゴブリンも部下の暴走が突然過ぎて放心してる。
でもこの光景どっかで見たような……あ、『喰香』にやられた野良犬とそっくりだ。
どうやら睨み合ってる間に『喰香』が広がりそれを嗅いでしまったらしい。
「ん? ってことは俺の相手は……」
「……ギギ」
ひょろ長い体型のゴブリンと自然と目が合う。
空歩猿の時も『喰香』が効いた様子はなかったので多分格上の相手には効かないのだろう。
そうじゃないと今までイセットが生きてるのはほぼ不可能だ。
……ある意味では『喰香』はある意味防波堤になってるとも言えるかも、理性があると自分から魔物の群れに飛び込みたいとは思わないだろしな。
でも颯爽と登場しといてそりゃないよイセットー……。
それに正直コイツと俺とはこっちが圧倒的に不利だからイセットと連携して戦いたかったんだけどな……
(ゴロゴロ! ゴロ!!)
「グェ!?」「ギギャ!」
「「グギャー!!」」
イセットの方は命懸けの追いかけっこで打ったり舞ったりで忙しいからそれは無理、と。
一対一な分、さっきよりはましか……何気に掛けっ放しにしてある『光魔法』でHPも大分回復してるしな。
「さーて、本当に仕切り直しと行くか……あれ? いつの間にかいない!?」
くそ、イセットの方に気を取られ過ぎたか!
つーかとこ行った? もしかしてひょろ長ゴブリンも逃げた……
シューンッ!
「うわ!?」
……訳じゃないそうだな! あの野郎ー隠れて狙撃に切り替えたやがった。
まぁ、壁役がいなくなったから、そうするしかないってのが実情だろうがこれまた厄介な。
日が完全落ちている今森に隠られると俺の目じゃ探せないぞ。
それに比べてあちらさんからこっち位置は丸見えだ、やり辛いてかこのままじゃ詰むな。
「あれ? さっきより状況悪化してないか?」
呟きに喚起されるかのように目を凝らしても何一つ見透せない闇を覗きながら、つーと嫌な冷や汗が流れるのを感じた。
・ダイブマーカー
フルダイブ技術が開発されて広まり始めたVR文化の黎明期の頃、仮想世界という”リアルに再現された肉体的苦痛を匿名で行える場所”でAIのフリをしてイジメ、暴行、強姦、果てには虐待まで様々な事件が起きた。
これには民衆、それも主に所謂リアリスト達が大に非難し、故に全てフルダイブ機器にはこのダイブマーカーの表示が法律的に義務付けられることとなった。
ひょろ長のは複合上位の『体術』スキルの補正を利用した常識的な体してるのには大体通じる独自開発なやつなので、柔道という訳ではなかったりする。