第壱話
文明開化の音がする、なんて。
そんな文言を聞くようになったあたりからだろうか…まぁ、あまり詳細には覚えちゃいない。
この国には昔から妖怪や神様とか、そんな人の常識外の生き物が存在していた。
いつからか、海の向うから人がやってきて、動物が食べ物が、文化が流れ込んで来る中所謂モンスターなんてモノまでしれっと入ってきた。
それから海外から流れ込んできた人外を“外来種”なんて指差して、殺し合いを始めやがったけれど…それももう昔の話。
今でなお頭の固い老妖怪どもは苦言を呈する奴も少なくない、所謂外来種との共存って奴は完全に平和とも言い難い。
「やぁ、久しぶり」
古き良き日本家屋、質素な門構えを括ればそこは別世界。
外はむせ返るような夏だけれど、ここは銀世界。
相変わらず寒いねと零せば、出迎えに来た一反木綿はひょろりと苦笑を返してきた。
「白鋼様は暑いのがお嫌いですから」
「何か用か」
柔らかい声を冷たい声が遮った。
薄っぺらい体の向こうを見やれば、濡羽鴉の髪を引きずって歩く男の姿。黒い髪黒い目褐色の肌。いつ見ても、凡そ聞き及ぶ雪女とは遠い姿である。
祖母か曾祖母…或いはもっと前の代から親交のある雪女の一族。子へ孫へと声をかけ、今はこの白鋼とも友人だ。
「とくにはなにもないさ。ただ近くまできたからね、友人が元気か見に来ただけだよ」
へらり笑えば、仕方がないとでも言うように白鋼の眉が下がった。
冷たい顔立ちのわりに、彼は表情が豊かだ。
「俺の寿命は人とそう変わらない。どうせなら、もっと頻繁に来てほしいものだがなぁ…」
「そう言うのなら君がわたしに会いに来たら良いのさ、出不精も程々にね」
意地が悪い、なんて白鋼は口を噤んだ。
雪女と言えど、出られないわけではないのだ。わたしはそれを知っている。
彼はただ外界を嫌いこの複雑な結界を張った場所から出ないだけ。
ついと腕を引かれて真っさらな雪を踏む。
見あげれば、真黒の眼が居心地悪そうに立派な屋敷へ向けられた。
「……外の話を聞かせてくれるんだろ。いつもみたいに」
手に土産も持たないわたしの土産話。そういえばこの子はそれをいつも楽しみにしていたか…?
なるほど、なるほど。喉元がくすぐったくなり、つい笑ってしまう。
白鋼の母親もまた外を嫌っていたが、外の話は聞きたがった。そういうところはよく似ていると、思わず口から笑いが漏れる。
「構わないよ、たくさん話そう」
温かいお茶も出してくれるんだろう?ここは寒くて仕方がない。
そう言えば、気付かなかったとばかりにわたしの冷えた肩に羽織を掛けてくれるのだ。
わたしの手を引くこの子のそれは、前来た時はまだ小さかったけれど時が経つのは早いものだと感慨深く思う。
「君前はもう少し小さかったのになぁ…覚えてる?あそこの木に登って降りられなくなってめちゃめちゃ泣いてたの。あとね、」
「何年前の話だ、やめてくれ」
ふふっと笑えば雪の上へ突き飛ばされた。
雪だらけのまま立ち上がれば、白鋼は鼻で笑う。
はらはら見守っていた一反木綿はとうにそそくさ家の中へ戻って行った。
「君いつからわたしの扱いぞんざいになったの?」
「前あった時と変わってないぞ、ボケたんじゃないか」
さすがのわたしも思わずジト目になる。年寄りは敬えよ若造。