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SS #009 『 BEAUTY & STUPID 』  作者: 柳田喜八郎
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SS #009 『 BEAUTY & STUPID 』 Chapter,06

 竜を生け捕りにしたその日のうち、午後六時を過ぎたころには、王立騎士団は竜の発見から交戦、捕縛に至るまでの詳細な経緯を文書で公開していた。間を置かずに公表した最大の理由は勝手な憶測やデマ、便乗商法や詐欺の抑制である。

 新聞各社は翌朝の朝刊に騎士団から送付された文書をそのまま掲載し、歴史研究者や魔法学者、元騎士団員などに文書の内容を解説させていた。現在、騎士団本部では取り寄せられる限りすべての新聞を入手し、掲載された内容を精査している。

 当然、特務部隊も通常勤務開始時刻から新聞の山に埋もれることになったわけだが――。

「すっげーっ! マジかよ!? この新聞社、これだけ盛り上がってるのにこのタイミングで王政批判!?」

「ああ、そこは極左だからな。反政府勢力の教科書か聖典のように扱われている。何が何でも粗を探してつついてくるから、ロドニーも気をつけろよ。騎士団員がスナック菓子を買うだけで批判記事を書く連中だぞ」

「うへぇ、おっかねえ……って、あ! 本当だ! 『ミラ・メラ支部員、勤務時間中に弁当を買う!』……じゃあ、いつ買えば……? 騎士団員はメシも食うなって……?」

「うっわ先輩! 隊長とマルちゃんも! これやべえッスよ? ほらほら! 胴上げ後のマルちゃんの肩のところ、天然記念物のケナガポムポムが!!」

「なんだそりゃ!?」

「天然記念物だと!?」

「あ、本当ですね! ケナガポムポム! あのあたりにはまだ生息しているということですね!?」

「だからなんだっつーの!」

「えっ!? 先輩知らないんスか!? マルハナバチの仲間ッス! 何十年か前までは中央市周辺の普通種だったんスけど、開発が進んだらいなくなっちゃったヤツなんスよ!」

「チュウオウダルマガエルとケナガポムポムとモリモリヤモリは、今や幻の生命体だ。発見者は王立アカデミーから表彰されることになっている」

「えーと、解説員の生物学者、フランケンシュタイナー教授によると、『この写真によってレガーラントブリッジ地区の自然環境が非常に良好であることが証明された。王子と騎士団にはこの地区の保全活動への参画をお願いしたい。中央市の自然には、もはや一刻の猶予も残されていない』……ってことみたいッス!」

「それはもう、喜んで参画させていただきますが……竜の捕縛より、そちらを主題として解説する新聞社があるとは驚きですね?」

「あ、これ、アウトドア情報専門の『谷と山岳社』が出してる新聞ッスから。ほら、中身は釣りと登山とバードウォッチング情報とかで、広告欄も雨具とかリュックサックのメーカーばっかり……あ、これ良さそう……」

「なるほど、そういう新聞でしたか……あ、その望遠鏡、ちょっと欲しいかも……」

「そっちの新型電動リールもなかなか使えそうな……いや、それはともかく、仕事だ仕事。真面目にやらんと終わらんぞ。明らかに間違った解説をしている新聞はこっちに弾いておけよ。早めに訂正記事を掲載させないと、誤報ほど拡散が速いからな」

「あの~、隊長? これ、事務方の仕事じゃないんスか?」

「あっちはあっちで、ぶちかましまくった地対空ミサイルの後処理が大変なんだ。関係省庁への申請等、諸々の手順をすっ飛ばしていきなり発射してしまったからな。使った分を買い足すにも、なかなかすごい金額になるし……」

「じゃあ、情報部はもっと……?」

「ああ、そのようだ。こういう騒ぎの後は便乗商法や保険金詐欺が多発する。各地の支部から関連情報を集めて、どこのマフィアが動いているか調べねばならんそうだ」

「うわ~……シアンさん、また目つき悪くなっちゃうッスよ……」

「あれ以上は悪化のしようがなさそうだが、睡眠不足は心配だな」

「んぬわあああぁぁぁーっ! ガチガチ君アイスキャンディー白ブドウ味! 今日からだったあああぁぁぁーっ! 早く買わねえとノビータとドナテルロの限定ステッカーが……っ!」

「ロドニー、お前さては広告欄しか見てないな?」

「え? イ、イヤイヤ、そんなまさか。ちゃんと仕事してますよ?」

「先輩、目が泳いでるッス!」

「そぉんなまぁさかぁ~?」

「ロドニーさん、仕事しましょう」

「ハイ……」

 そんな雑談をしながら、彼らは淡々と仕事を続けた。国民が大いに盛り上がる中、英雄たちのやっていることは新聞記事のチェックだ。これは恐ろしく地味な作業でありながら、目と肩と腰に甚大なダメージを与える過酷な任務でもある。

 特務部隊の中でなぜ彼ら四人がこの任に当たっているかというと、それは単純に身分と立場の問題だ。王子と特務部隊長、最も華々しい活躍を見せたスーパーヒーローが本部の外に出たら、彼らを一目見よう、ひとこと言葉を交わそうと市民が殺到してしまう。ゴヤは昨日の現場にはいなかったが、『騎士団長の息子』という面倒な立場にある。迂闊に何かを話せば『団長のコメントを代読した』と受け取られてしまうため、大きな事件があるたびに姿を隠さねばならないのだ。

 現場で戦った当事者としてメディア対応に出ているのはグレナシンとチョコとレイン、メリルラント兄弟だ。それ以外の煩雑な所用をこなしているのはハンクとキール、ポールとアレックス。それぞれ自分に課せられた役割を忠実にこなしているのだが、いかんせん、今回は騒ぎが大きすぎる。いったいいつになったら『英雄ブーム』が収束するか、誰にも予測が立てられない。

「あーあー、しばらくはクラブにも行けそうにありませんねー。あー、ラップバトルやりてー……」

「ぼやくなロドニー。俺だって歌姫ルヴィアのライブを諦めたんだぞ。ステージ前ど真ん中のチケットだったのに……。まあ、なじみの飲み仲間とは来週のダンパで会えるから、まだ救いがあるか……?」

「気晴らしにはなると思いますけど、行き帰りが大変ですよ? 会場前、取材の連中が殺到するでしょうし……うっへぇ~、気が重い……」

「なんたって、王子主催ッスからね! 確実に俺たちが来るの分かってるワケですし、裏口もガッチガチなんじゃないッスか?」

「では、気球で空から会場入りしましょう!」

「えっ!? マルちゃん本気ッスか!?」

「ええ、本気ですとも! なにしろ私、まだ気球に乗ったことがありませんから!」

「あ……乗りたかったんスか……?」

「てゆーか、もしかして空中要塞行きたかったのかよ……?」

「もしかしなくても、普通は行ってみたいでしょう!? 伝説の空中要塞ですよ!? ここだけの話、私、捜索メンバーから外された時に軽く殺意が湧きましたからね!? 『おのれ、情報部っ!』って!!」

「わぁー……王子さまって、大変なんスねー……」

「そういえば、マルコは『王子だから!』という理由でイメクラのときも……」

「あー、俺だけ入ったわ……うん。不便だな、王子って……」

「ホットドッグも買いに行けないんスもんね……。あ、俺でよければいつでもパシリ行くんで、ホットドッグとかマフィンとか食いたくなったら言ってほしいッス! テイクアウトが無理なモノでも、いざとなったら職人さんに出張してもらうって手もあるんで!」

「イメクラは無理かもしれんが、どうしても我慢できなくなったら相談してくれ。ジルチの秘密地下道でベイカー家の別邸まで移動すれば、コールガールも呼び放題だぞ」

「そうだぜマルコ! 我慢は胃袋と玉袋に良くねえぜ!」

「お……お気遣い、痛み入ります……っ!」

 言葉通り、マルコのメンタルには激しい痛みが走っていた。

 勢いに任せて言ってはみたものの、本当に希望通りの登場方法になってしまったら、自分はかなりの『痛い人』だ。仕事の速い彼らのことだから、その気になったら気球でも飛行船でも、即日手配してしまうだろう。マルコは改めて、王子という立場でわがままを言うのは良くないと悟る。

 そう、わがままを言っている場合ではないのだ。騎士団が公表した『詳細な経緯』にはあの少年たちのことも、勝手に住み着いていた住人たちのことも書かれていた。当面は彼らの生活基盤形成のため、関係各所への根回しに奔走せねばならない。

 マルコは手元の新聞に目を落とし、情報部の拵えた『一連の経緯』を読み直す。

 事実をありのままに公表することはできず、いつも通りの嘘とねつ造にまみれた『でっち上げ文書』となっている。情報部が時折見せるこうした創造性は、文学賞受賞作家をはるかに凌ぐものだ。少なくとも、数々の機密文書を読み漁ったマルコはそう確信している。


①午後五時ごろ、少年五人から保護者への連絡。保護者は少年五人とほか数名が空中エリアにいることを把握したものの、少年らが不法侵入罪に問われることを恐れ、自力での解決を試みる。


②午後十一時ごろ、保護者は自力救助を断念。騎士団へ救難要請。


③午前零時、対策本部が設置される。


④午前一時、レガーラントブリッジ空中エリアに関する詳細資料を精査。世界最大種の竜族、セロニアスドラゴンが封印され、今なお生存している可能性が浮上。


⑤午前一時三十分、移動手段の検証。少年らが移動手段として用いたゴム風船では浮力が足りないことが確認される。これにより第三者による関与が確定。ほぼ同時刻、セロニアスドラゴンに関する文献が発見される。セロニアスドラゴンは十代前半の少年を好んで連れ去るという記述が複数個所に見られた事から、少年らは何らかの手段で洗脳され、竜によって連れ去られたものと推測された。


⑥午前二時、救難部隊・第一隊(構成人員は別紙参照)が出立。


⑦午前二時三十分ごろ、少年らを発見・保護。要塞からの脱出を試みるも、セロニアスドラゴンからの攻撃を受け失敗。戦力差はいかんともしがたく、要塞内の小部屋に身を隠し、第二隊の到着を待つ。


⑧午前三時、救難部隊・第二隊(構成人員は別紙参照)が到着。第一隊のうち一名は少年らを連れて要塞を脱出。残る三名は第二隊とともに戦闘を開始。


⑨午前四時、セロニアスドラゴンが巨大化。要塞外に出たことから、市内全域に特殊警戒令を発令。


⑩午前四時三十分、湾岸支部より砲撃が開始される。(湾岸支部以降の砲撃順、使用兵器に関する詳細は別紙参照)


⑪午前五時三十分、セロニアスドラゴンの降伏及び《隷属》魔法による無力化を確認。これをもって対策本部は解散。新たに戦闘被害の把握と事後対応に当たる『統括事務局』、『市民相談窓口』、『報道事務局』が設置される。


⑫午前七時、レガーラントブリッジ全域が『特殊調査地区』に指定される。空中要塞、地下遺跡、水中ドーム、湖上砲台に専門家を派遣。安全性を再検討するべく、調査を開始。


⑬午前十一時、空中要塞内にて四十三名の民間人を発見。原因は不明ながら大半の人間が精神に異常をきたしており、要塞の外に連れ出すことは不可能と判断される。現地にて治療を開始。


⑭午後六時、当文書の公開。




 つまるところ、レガーラントブリッジに関わった人間は貴族の子供も民間人も、もれなく全員『竜のせいでおかしくなった』と説明したわけだ。

 少年たちの処遇については、対外的には『騎士団内の施設で治療中』とされている。実際にはベイカー家の別邸で保護しているのだが、今のところ、どこの家からも引き取りの申し出はない。

 これだけ国民に注目されている中でお世継ぎ騒動を世間に晒す馬鹿はいない。今後あの少年たちは公式発表無しで廃嫡され、いつの間にか別の子供が『次期当主』として登録され直すことになるだろう。

 お披露目パーティーも公の場での挨拶も無しに次期当主に据えられる子供たちは、ある意味では廃嫡される少年たち以上に屈辱的な扱いを受けることになる。王子に召し抱えられる少年たちと比較され、『愛人の子のほうが出世している』と笑いものにされるだろう。当然、笑いものにされるのは子供たちだけではない。王族に召し抱えられるほど有能な人材を自ら手放したその家の、一族全員が対象になるのだ。

 今後のあれこれを考え、マルコはため息交じりに尋ねた。

「ダンテさん、本当にこのシナリオで大丈夫なのでしょうか?」

 オフィスの床をオオトカゲの姿で歩きまわっていたダンテは、お掃除ロボットの挙動を観察しながら答える。

「問題ない。少年らの記憶は私の記憶操作能力でも微調整できたし、空中要塞に残された人間たちははじめから何も見ていない。あとは私が餌付けされたり曲芸を披露したり、君のペットらしく振舞えば何もかも丸く収まる」

「テリーさんとスティーヴさんは……」

「彼らの記憶も操作済みだ。心配は無用」

「そんなに簡単に記憶を書き換えて大丈夫でしょうか?」

「よくあることだ。人間たちは気付いていないだろうが、記憶というものは定期的に書き換えられている。私の記憶操作で生じた微細な誤差は次の一斉更新の際に修正されるはずだ」

「一斉更新……ですか。人間の脳も、機械と同じような扱いを受けているのでしょうか……?」

「そうだ。だが、それは悪いことではない。必要に応じた処理だ。たとえば、カリスマ扱いされていた人間への熱狂がある日突然冷めてしまうことがあるだろう? 本人も世の中も何一つ変わっていないのに、突然流行が終わる。それが一斉更新が行われたタイミングだ」

「え? あの、どういうことでしょう……?」

「たった一人の人間に言霊の力が集中しすぎるのは、あまり良いこととは言えない。正の力が集中している限りは問題ないが、人気者には必ず敵がいる。人気と一緒に負の力も集まってしまうものだ。君たちのように神の加護を受けていれば受け流せる『闇』でも、普通の人間には耐えられない。創造主の命による一斉更新は、渦中の人間を守るために行われる」

「と、いうことは……我々が晒されているこの『英雄ブーム』は、一斉更新では終わらないのでしょうか?」

「おそらくは。もし次の一斉更新で終了するブームがあるとすれば、それは……」

 ダンテがそこまで話したところで、オフィスの扉が勢いよく開かれた。

 飛び込んできたのは本部一階でメディア対応に当たっていたチョコである。

「マルコさん大変です! エントランスホールに全国の酒造メーカーの社長さんたちが大集結してます!」

「えっ!? 酒造メーカーの方が……なぜ!?」

「マルコさんがビール好きだと聞いて、自社製品を持って駆けつけてきたんですよ。皆さん『王子に直接献上したい』と言っていて、誰一人帰ってくれません。力ずくで追い払ったんじゃ、マルコさんの評判が悪くなるだけですし……」

「それは……その……隊長、この場合は、どうしたら……??」

 問われたベイカーは、くるりと振り返ってオフィスの隅の休憩用ソファーを見る。

「どうする? ここで直接受け取ってしまうと、ほかの業種の人間から妬まれることになりそうだが?」

 そこには誰も座っていない。が、見える者には見えている。休憩用ソファーに腰を下ろしているのは大和の軍神タケミカヅチと大天使ルシファーだ。難しい顔で将棋を指していた二人は、こちらの会話をしっかり聞いていた。

「御神酒も奉納酒も、酒の種類を指定した覚えはない。美味い酒なら何でも大歓迎だ」

「なあタケミカヅチ。チェスでもリバーシでも将棋でも決着がつかないのだ。こうなれば、後は飲み比べくらいしかあるまい? どうだ?」

「よし、その勝負、乗った! しかし、よもや大天使ルシファーと飲み交わすことになろうとはな。奇異なこともあるものだ」

「それはこちらのセリフだ。マルコよ、大和の神々ほどではないが、供物をささげられれば私もそれなりの加護をもって返すであろう。さあ、どんどんもらってきたまえ」

「んあっ!? おめぇら、飲み比べすんだか!? そったらオラも参加すっだよ!」

「マヤの豊穣神が参戦か! よかろう、受けて立つ!」

「面白い! ヤム・カァシュ! タケミカヅチ! 貴殿らには負けぬぞ!」

「あ、あのー……酒盛りするなら、別の部屋でやってくださいね……?」

 酒造メーカーの社長たちは知らない。自分たちが丹精込めて作った自慢のビールが、王子以上にありがたい存在への供物になるということを。

 席を立ってオフィスを出て行こうとしたマルコは、「あっ」と声を上げて振り向いた。

「すみませんダンテさん。先ほどのお話の続きは……」

「いや、大丈夫だ。一斉更新があってもブームが終わることはなさそうだな」

「はい?」

「今日本部に集まった酒造メーカーには、史上最強の援軍がついたようだ。妬みの言霊程度で経営が傾くことは無かろう」

「……あ! そういうことですか!」

 供物に対して加護で返す。ルシファーが言ったのは、にわかに人気ナンバーワン商品になったビールと、その生産者へのやっかみを跳ね除けてやるという意味だ。

 この先しばらく、酔っ払いの喧嘩と泥酔者の路上保護が増えるかもしれない。

 そんな心配をしながらマルコとチョコは顔を見合わせ笑い合い、一緒にオフィスを出て行った。

 残された面々は現在進行中のミッション、新聞紙面のチェックを続行する。

 広告欄には二日酔いの治療薬とビアガーデンの開催告知、大手居酒屋チェーンの飲み放題プラン料金表。そのすぐ真上に、中央市保健局の胃がん・肝臓がん検診実施のお知らせ。

 何から何まで平和ボケしたこの国の真ん中で、英雄たちは竜に問う。

「そういえば、アーキタイプドラゴンって他に六体いるんだよな? どこにいるんだ?」

「横のつながりはあるのか?」

「みんな能力違うんスか?」

 お掃除ロボットをひっくり返してブラシの動きを観察していたダンテは、彼らの問いに答えようとした。

 シアンがオフィスに駆け込んできたのはその時だった。

「ベイカー、緊急事態だ。貴族のバカ息子共がキプラ遺跡に入った。周囲にドラゴン探しをすると吹聴していたらしい」

「ああ……やはり出たか……」

「いると思ったんだよ、英雄なりたがり冒険野郎……」

「申し訳ないが、ゆっくり説明している時間がない。詳細はセルリアンのほうに問い合わせてくれ。ガルボナードを借りるぞ」

「早めに返せよ」

「そのつもりだ。来い、ガルボナード」

「はい!」

 シアンに連れられてオフィスを出て行くゴヤ。

 残されたベイカーとロドニーは先ほどの話の続きをしようとしたのだが――。

「質問に答えよう。残る六体のうち一体はキプラ遺跡でバイオニックアーキテクトになっている。霊的能力と分身能力を持つドラゴンだ。名をキプラ・エノクといい、非常に好戦的だ。全く同じ能力の人間たちを見るのは初めてだろうから、もしかすると、勝負を挑まれるかもしれんな」

「あー……えーと……どうしようか、ロドニー……」

「隊長、俺、今ものすごく頭が痛いんですけど……」

「奇遇だな。俺もだ」

「どうします?」

「ヘイ、タケミカヅチ! ギブミーご神託!!」

「うるさい! 今いいところで……あっ! ちょっ! 待った! ルシファー、それ待って!」

「将棋に『待った』は無しと言ったのは貴殿ではなかったか?」

「う……そ、それはそうだが……」

「これで五勝五敗。チェスでもリバーシでも囲碁でも五勝五敗。やはり十本勝負では完全に互角なのか……」

「どうやら我々は、全く同じ水準で能力設定されているようだな」

「ここまでくると、飲み比べ以外にもいろいろ試してみたくならないかね?」

「剣か? 弓か? 槍や銃でも負ける気はしないが?」

「短距離走や高跳びも試してみたい」

「確かにそれも面白そうだ。しかし、それには場を用意せねばならんな。ひとまず、何もなくてもできる腕相撲で勝負をしよう」

「よかろう」

 軍神と大天使はローテーブルをはさんで床に腰を下ろし、腕を組みあって勝負を始めてしまった。ご神託はもらえそうにない。

「どうしようロドニー。かなり本気で頭が痛い」

「ゴヤの奴、天使置いてっちゃって大丈夫なんですかね……?」

寄生型武器マンディブラリス自体はルシファーなしでも使えるはずだから、おそらく大丈夫だろうが……?」

「でもあれ、竜にも効くんですか?」

「わからん。アレもソレもコレも何もかも、丸ごとさっぱりビタイチわからん」

「俺もです。まったく全然ワケワカメです」

「とりあえず待とう。ヤバくなったら電話の一本も入れてくるだろう」

「そうですね。あ、隊長、頭にケナガポムポム止まってますよ」

「あ、本当だ。ケナガポムポム……って、え? なぜここに!?」

「これってもしかして、マルコにくっついてきたとか……?」

「天然記念物……だよな?」

「捕まえちゃいましたね……?」

 難しい顔で見つめ合い、二人は席を立った。

 世の中には、仕事より大切なことがある。

 ロドニーはゴヤのロッカーを勝手に開け、空の虫かごを引っ張り出す。ベイカーはその中にケナガポムポムを収めると、真面目な顔で宣言した。

「行こう! フランケンシュタイナー教授のラボへ! 虫さんカワイイ!!」

「虫さんカワイイ!!」

 完全に現実逃避モードに突入した二人に、軍神と大天使は何も言わない。彼らは彼らで、歯を食いしばって勝負の真っ最中である。


 平和ボケしたこの国に、まともなツッコミ要員はいない。

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