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SS #009 『 BEAUTY & STUPID 』  作者: 柳田喜八郎
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SS #009 『 BEAUTY & STUPID 』 Chapter,01

挿絵(By みてみん)




 中央市には個性的な町が存在する。貴族専用住宅街ブルーベルタウン、王立大学関係者ばかりのブックワームストリート、廃品回収業者が軒を連ねるジャンクヤード、古物商と古美術品修復技師たちが店を構えるオールディーズアーケードなど、絶対に外せない観光名所として全国的に知られた町も多い。

 しかし中央市内には、それらの町とは比較にならない『超・個性的な町』というものも存在する。


 一つ目は地下遺跡を勝手に住居化した東町ダンジョン。

 二つ目はジャクソン湾上に浮かぶ人工島、オール電化都市テクノポリス。

 三つ目は鉄鋼団地内に造られた超高層違法建築、鉄鋼楼閣。


 それぞれ中央市の宅地不足を地下化、洋上開発、高層化という異なるアプローチで解決した極端な例として、たびたび話題にあげられている。

 今回特務部隊に舞い込んだ緊急案件は、その三つを足して合わせたような『国内で最も個性的な町』で発生した。

 情報部から送られてきた資料を手に、マルコが呟く。

「現場はレガーラントブリッジ……ですか……」

 向かい側に座るロドニーは、別の資料に目を通しながら尋ねる。

「お前、行ったことは?」

「ありません。ですが、レガーラントブリッジの『空中エリア』に居住者はいないはずでは?」

「登記簿上はな。勝手に住み着いてる連中なら五十人くらいいるぜ」

「えっ? そんなに大勢?」

「俺も直接見たわけじゃねえけど、前に情報部から聞いて……あった! ほら、ここ!」

 ロドニーが示した資料には、確かに『居住者あり』と書かれている。が、詳細は伏せられているのか、性別や年齢構成などのデータは一切記載されていない。

「うぅ~ん? これではよく分かりませんね……。ですが、あの高度まで魔法もなしにどうやって? 中央市上空は航空機の飛行も制限されているはずですし……?」

「いや、飛行機も魔法もいらねえらしいぜ? 雷獣や雀蜂って、自前で翼持ってるだろ? ああいう種族ならアドバルーン一つで登れちまうんだ」

「アドバルーンと言いますと、百貨店の屋上の、あの?」

「そう、あれ。屋上の手すりに結んであるだけだから、ホームレスでも簡単に盗めちまうしな。自力で飛んでいこうと思ったら体力もたねえけど、方向転換にちょっと翼を使うだけなら、そんなに疲れねえらしいぜ?」

「ですが、帰りは? 閉鎖されたエリアには食べ物も無いはずですし、地上との行き来が必要ですよね?」

「前にメリルラント兄弟が言ってたけど、あいつらパラシュート無しでもスカイダイビングできるんだってよ。滑空しながら少しずつ高度を落とせば全然余裕とか、なんとか……」

「それは……すごいですね……??」

 ロドニーの解説に、マルコは何かを考える顔になった。

 雷獣だから大丈夫なのか、メリルラント兄弟だから大丈夫なのか。

 雷獣の翼は蝙蝠に似た薄い皮膜状。鳥の翼のように効率よく風に乗れる構造ではないのだ。体の軽いベイカーでも短距離・短時間しか飛んでいられないのだから、気合や根性論で克服できる問題とは思えなかった。桁外れに元気で丈夫な三人とその他大勢の雷獣族を同列に置いて良いものか、マルコには判断がつかない。

「ま、とにかくさ。行こうと思えば案外簡単に行けるトコなんだよ、レガーラントブリッジって場所は」

「翼を持つ者にとっては、という注釈付きで……ですね?」

「そう、注釈付きで」

 二人は改めて資料に目を通す。

 今回の事件現場はレガーラントブリッジ。そこは地上エリア、空中エリア、地中エリア、湖上エリア、水中エリアの五つに分かれた非常に特殊な町である。なぜそんな町が造られたのかといえば、話は五百五十余年前、革命戦争にまでさかのぼる。

 かつてこの地に竜族が存在した時代、王宮の主はレッドドラゴン族の長、竜王ガロンであった。レガーラントブリッジは竜王の居城を守る北の砦。そこは竜族の持つ魔法技術の粋を集めて建造された超立体構造都市だった。

 綿密な計画と緻密な計算、完璧な施工によって完成した無敵の要塞は、いかなる外敵からも竜王の城を守るはずだった。しかし、レガーラントブリッジはその性能を一切発揮することなく陥落する。なぜなら竜王ガロンが想定していた敵は同じ竜族の、別の部族の長たちだったからだ。

 マルコは資料に添付されたレガーラントブリッジの基本情報をおさらいする。

「ええと……深夜に空中要塞内の奴隷たちが一斉蜂起、無防備に眠る竜族の武将たちを襲撃。要塞はわずか二時間で制圧され、その後は魔女王ヴァルキリーの前線基地として使用された……と」

 王宮からレガーラントブリッジまではたったの五十キロ。フルマラソンより少し長いくらいの距離であれば、普通の人間の足でもその日のうちに移動できる。翼を持つ種族にとってはほんの数分の距離であるし、人狼やミノタウロスにとっては一気に駆け抜けてそのまま戦闘可能な距離でもある。

 とんでもない場所を最初に落とされてしまった竜族に、その後の巻き返しの機会はなかった。

「現在は安全上の理由からレガーラントブリッジ全域に《封殺呪詛》と《禁足結界》が張られ、『無人の町』として約五百年前の姿を留めている……と。そんな場所から救難信号が発せられたということは、つまり、よくあるアレですか?」

「おう、アレだ」

 マルコとロドニーは揃って肩をすくめる。


 真夏の定番イベント、『肝試し』である。


 ロドニーは改めて事件の概要が記された紙を手に取る。

「あー……友達四人と出かけた息子・中学二年生が夕方になっても帰らない。心配していたら携帯端末から『たすけてパパ、レガーラントブリッジから出られない』と連絡があり、友達の家族や学校、弁護士らとも相談したうえで王立騎士団に救難要請……」

「と、言われましても……」

「この時間だもんなぁ……」

 時計を見れば、ちょうど分針が真上を向くところだった。

 ギチギチと歯車が回る音がして、小さな窓から不細工な鳩が飛び出す。

「ポッポーゥ! ポッポーゥ! ポッ……」

 変な鳴き声で三回鳴きそうになって、寸止めして引っ込んでいく。特務部隊宿舎の鳩時計はかなりの年代物なので、鳩も軽くボケはじめているのだ。今日のところはギリギリ間違えずに済んだが、二回鳴いたということは、今は深夜二時である。

 宿舎のリビングルームには、緊急放送で叩き起こされた隊員たちが寝巻のまま集合していた。

 ロドニーは室内を見渡し、恐る恐る声をかけてみる。

「あのー……隊長? 起きてます?」

 大型ソファーの角にちょこんと収まった小柄な特務部隊長は、うつむいたままボソボソと答えた。

「……起きてはいる。が、しかし。疲れすぎていて目が明かない……」

「副隊長は?」

「右に同じよ……」

「ゴヤとトニーは完全に寝てるな」

「ですね」

「あとメリルラント兄弟は……」

「まだ降りて来られないということは、熟睡されているのでは?」

「だよな?」

 キールとハンクは任務で不在。チョコは眠気を覚ますために部屋の隅でヘドバン及びエアギタープレイの真っ最中なので、ロドニーはあえてスルーして話を進める。

「隊長たちは外回りで一日中歩き回ってたし、明日……じゃなくて、もう今日か。今日もまた外回りの任務が入ってるから、寝ないと死ぬよな。メリルラント兄弟も起きないんじゃしょうがねえし。捜索隊メンバーは俺とマルコとチョコとレインかな?」

「そういえば、レインさんはどちらに?」

「降りてくる途中で声かけたんだけどよ、『人間の形になってません! あと五分ください!』とか言ってたぜ?」

「人間の形に……ですか? プライベートが大変気になる方ですね……?」

 ロドニーは通信用ゴーレムの呪符を起動させ、捜索隊メンバーの名前を告げる。すると連絡を受けた情報部のほうで、その場で『待った』がかかった。

 鈴虫型ゴーレム越しに複数人が意見を述べる。

「王子が行くのはまずい。もしものことがあったらどうする」

「行方不明者の捜索ならケルベロスが適任のはずでは? スケジュールの調整は可能か?」

「メリルラント兄弟は本当に起きないのか? あいつらが一番使いやすい駒のはずだが……」

 声だけで誰だか分かるのは最初に喋ったシアンのみ。あとの二人はロドニーとマルコとは面識のない人物のようだ。

「トニーのスケジュールは今からじゃ変えられねえよ。あと、メリルラント兄弟を使いたかったらあんた達が起こしに来てくれ。あいつらの寝起きの雷撃食らったら俺らが行動不能になっちまう。で、マルコを捜索隊メンバーから外せってんなら、あとでジルチか情報部から何人か寄越してほしい。とりあえず、今のところは俺たち三人が先遣隊として行く。それでどうだ?」

「わかった。だが、その先遣隊は四人だ。俺も同行するからな」

「え? シアンが? 迷子探しならナイルだろ?」

「渡された資料はきちんと読め。《封殺呪詛》があるんだぞ?」

「あ、そっか……」

 《封殺呪詛》が発動している場所では魔法、呪詛、ゴーレム巫術、錬金術の類が使えなくなる。天才ゴーレム使いと称される手品師ナイルも、レガーラントブリッジでは『ただの人』になってしまうのだ。

「じゃあ、装備は剣と火薬式の銃だな?」

「そちらはな。こちらは応急処置に使用する衛生材を持つ都合上、ナイフのみになる」

「え? あ、そうか! 医療用ゴーレムも治癒魔法も……」

「いつもの道具は何も使えない。処置が遅れればすり傷ひとつでも致命傷になりかねない場所だ。油断するなよ」

「お、おう……」

 ロドニーのみならず、向かい側で聞いていたマルコも顔色を変えていた。

 任務はただの迷子探し。だが、レガーラントブリッジでは勝手が違いすぎる。ゴーレムも魔法も魔導式短銃も使えない環境では、日頃の訓練で身に着けた動作の大半が意味をなさないことになる。

 竜族から要塞を奪取して五百五十年あまり。空中エリアにトラップやガーディアンの類が無いことは確認済みだ。基本的に戦闘はないと思っていいだろう。それでも少年たちが何らかの事情で体調を崩していた場合、魔法なしでは五人を同時に治療することができない。自力で歩けない状態だとすれば、ゴーレムを使わず安全な場所に搬送する手立ては『背負って歩く』以外にないのだ。


 なんて厄介な場所に出かけて行ったんだ、中学二年生!


 そんな顔で見つめ合うこちらの様子など気にもかけず、シアンは淡々と続ける。

「バカ息子との二度目の通話では、『ホームレスのような人に水をもらった。食べ物は分けてもらえなかった』と話していたそうだ。その連絡を最後に通信が途絶えている。端末のバッテリー切れか、不測の事態が発生したか、現状では判断できない。バカ息子どもがしつこく食べ物をせがんで、あそこの連中を怒らせてしまった可能性もある」

「あー……この資料通りなら、最悪の場合、四対四十三?」

「完全に敵対することになればな。彼らのうち二十三名は雷獣族。五名はセイレーン族、二名はナイトメア族だ。残る十三名は未調査となっている」

「最強戦闘種族が二十三人? マジかよ……ぜってえケンカしたくねえ……」

「それ以外にも問題がある。実は、あそこの連中は……」

 シアンはためらいがちに説明を始めた。

 古代遺跡や廃墟に住み着く者たちは前科者や逃亡中の犯罪者ではない。彼らはある種の発達障害を抱えていることが多く、中央市のような大都市の生活に適応することが難しい。彼らは彼らなりに『会話のいらない環境』、『同じような人間のいる場所』を探し、その中でごく一部、翼をもつ種族の人々がレガーラントブリッジにたどり着いてしまう。あの場所にいる人間は『悪いことはしていないが町の中にはいられない』という、非常に難しい性質の人々なのだ。

 通信機越しに四人目の情報部員が声を発する。

「あー、すみません、コード・グリーン所属のライムと申します。こちらからも補足情報を……」

 コード・グリーンは市内の一般情勢を調査するチームである。何の話かと身構える一同に、彼は困ったような声色で告げる。

「あそこの住人たちは、あの場所を追い出されると行き場がありません。養護施設に収容されるほどの重度障害者ではありませんし、かといって健常者のように就労することも難しい状態です。ですから我々も中央市も、彼らの存在に『気付かぬふり』を続けています。彼らには、市からの食料支援を受けてひっそり暮らしていく分には、そこにいて構わないと説明してあります。なので、その……強制退去になるような大ごとは困るんです。本来かけられているはずの《禁足結界》が空中エリアだけ外されているのもそのためです。正直な話、四十三人もの軽度障害者を一度に受け入れられる支援施設はありません。お願いですから、何に遭遇しても何も見なかったことにしてください。発狂している人間がいても、正体不明のオブジェが転がっていても、汚物を食べている人間がいても、絶対にかかわらないでください。それが半世紀以上支援を続けた中央市と、騎士団の決定です。彼らも、その条件に合意したうえであの場所にいます」

 マルコとロドニーは絶句して、それから顔を見合わせた。


 現場の衛生状態は最悪かもしれない。


 金持ちのボンボンが興味本位で足を踏み入れるにはあまりに場違いな場所である。『ホームレスのような人からもらった水』が飲用に適していたかどうかも、ライムの話の後では非常に怪しく思えてくる。中学生たちの健康状態は考えうる限り一番悪い状態と想定したほうが良いかもしれない。

 軽い咳払いを挟み、再びシアンが話し始める。

「情報部の調査では、基本的に、攻撃的な性格の人間はいない。ただし八割の人間にパニック障害や統合失調症、誇大妄想、虚言癖、躁鬱病などとみられる言動がある。刺激すると泣き叫んで暴れ出す恐れもあるため、対話には注意が必要だ。攻撃魔法は一切使えないから、まあ大丈夫だと思うが……場合によっては、話し合いが通用しない状況に陥る可能性もある。よって、行方不明者の捜索・保護任務としては非常に異例なことながら、チームの中で誰か一人は暴動鎮圧用の麻酔ガス弾を装備してもらう」

「あ、だったらそれ、俺かチョコだな。レインは触手で十人以上同時に制圧できるし……」

「ロドニーさんは魔法なしでも雷獣と互角以上に戦えますから、装備は軽くしたいところですよね?」

「それならチョコで決まりだな。追加装備品はこちらで用意する。基本装備を整えて情報部庁舎へ。十分で来い」

「了解」

「王子は非常時に備え、特務部隊オフィスでの待機をお願いします。万が一にも法を逸脱する行為が必要な場合には、それなりの後ろ盾が必要となりますので……」

「大丈夫です、分かっています」

「ありがとうございます。で、残りの連中。聞いているか? お前らはとりあえず寝ろ。この件は一般には情報公開されない。朝になったら何事もなかったように起きて、何事もなかったようにそれぞれの任務に就くように。現場の事後処理その他一切の手続きはコード・ブルーとコード・グリーンが秘密裏に行う。分かったな?」

「うむ……よろしく頼んだ。おやすみなさい……」

「おやすみー。もうメンドーだからアタシもここで寝るわー……」

「おい待てセレン! ガルボナードもそこにいるよな?! ブランケットをかけてやらないと風邪をひくだろう! そこで寝るならちゃんとガル坊に……」

「うっさいわねー! こんな真夏に風邪なんか引くわけないでしょー!? 心配しすぎ!」

「獣人や昆虫系種族と違って、ガル坊は体が弱いんだ!」

「はいはいはいはいワカリマシタヨー! あせもになっても知らないんだから!」

 通信用ゴーレムを強制的に発動解除し、グレナシンはベイカーを枕代わりに横になる。

「そんじゃ、おやすみ! いってらっしゃーい!」

「はい、おやすみなさい。いってきます」

 ロドニーはチョコを連れてリビングを出て行くのだが、最後にちらりとゴヤを見て、思わず吹き出してしまった。

 ゴヤはソファーに腰かけたまま、黒犬三頭の中に埋もれるようにして眠っている。風邪をひくどころか、本当にあせもになりそうだった。


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