バーチャルユーチューバーとして銀髪ロリっ娘の中の人をやっていたら本当に銀髪ロリっ娘になってしまった話
「はい、どうも。キララ・リコです。あの……き、今日も楽しくやっていきます。がんばるゾイ」
僕はゾイのポーズをカメラの前でとった。
知らない人のために解説しておくと、ゾイのポーズとは両腕を折りたたんで、ボクサーのガードのように上げて、がんばるアピールをする構えだ。
いわゆるピーカブースタイルね。
余計わからなくなった?
そっか。じゃあ覚えておいてくれるとうれしい。
このゾイのポーズは、世界でおそらく二番目くらいにあざといポーズだ。
証拠は視界の端にあるパソコンの画面。
ほら。みんながコメントしている。
「リコたんわろすwwwwww」
「ゾイのポーズが決まりすぎてかわいいwwwww」
「きららジャンプしてきららジャンプ!」
「カメラの前で筋肉ムキムキのマッチョマンがひとりゾイしていると思うと涙が……」
「染みついたおっさんとしての社畜みを感じる」
などのコメントが流れている。
上々な反応。
僕は心の中でガッツポーズをする。ゾイポーズとそれほど変わらないけれど。
なんのことはない。やってることは、今の時代ではわりとありがちな動画投稿だ。
僕はユーチューバーなんだ。
ユーチューバーの仕事は、視聴者さんを楽しませることだ。
かわいいポーズをとったのも視聴者のみんなを楽しませるため。
リコっていうのは僕のハンドルネームだけれど、動画のアバターでもある。
要するに、僕の動きにあわせて二次元のバーチャルアイドルを動かす感じ。
もしも、それが本当に女子中学生や女子高生がやってるんだったら、サマになるんだろうけれど、中身は20歳の男である。
僕は細い身体で、身長だけはやけに高くて、ひょろすぎと言われたことはあるけれども、あきらかにかわいさ成分には欠けている。
ちなみにボイスチェンジャーも使ってない。
動画に配信されるのは20歳のちょっとおっさん風味の入った声だ。
僕って顔もそうだけど、おっさんっぽいねって言われるんだよなぁ。
なんでだろう。
まあそれが安心感でもあるのか。僕の声が好きって言ってくれる人も結構いるけどね。
本当はボイスロイドと連携させて、僕がしゃべるとそれを機械音声に変えてくれるシステムがあるんだけれど、ただでさえシステム構築に数万かけているのに、これ以上お金をかけるのもどうかと思った。
一応、バイトで稼いだお金だけど、大学のお金は親の仕送りだし、貴重な時間を使っているという罪悪感も少しはある。
それに――、
世の中には明らかに声優が中の人をやってる例もあるバーチャルユーチューバーだけど、僕がそんな声優たちにかわいさで勝てる見込みはない。
僕が勝てるとしたら、男が女の子をやってるという一点でしかないんだ。
つまり、僕はいじられキャラなんだろうけれど、それでも動画が『かわいいw』で埋めつくされると、なんだか得体の知れない心地よさが広がるのを感じる。
「今日は、ツボに入ってる謎のおっさんが山を登っていくゲームをやりまーす」
バーチャルユーチューバーがやることは、ただのユーチューバーと変わらない。
例えば、ゲームのプレイ動画をあげたりする。
ただ、視聴者さんの目に直接触れるのが、二次元の美少女ってことだけだ。
誰だって、20歳の根暗な男を見るよりは美少女を見ていたほうがよいわけで、ただそれだけの話だ。じゃあ、なんでボイスチェンジャー使わないのかっていうと、僕は僕であることを認めてもらいたいからなんだと思う。よくわかんないけど。
「みんな忘れてると思うけど、僕は、未来の機械工学で練成された軍事兵器だから、ちょ、超精密動作もお手のものですよ!」
リコに漏れず、バーチャルユーチューバーは、バーチャル感をあえて出すために、なんだか人工知能的な設定を盛りこむのが流行ってる。
かわいいというのは当然の前提だけど、それだけじゃなくて、AIがしゃべってるというのが非常に大きい要素だ。あと他のバーチャルユーチューバーさんが盛りつけている属性は記憶喪失だったり、ドSだったり、天然ふんわり系サイコパスだったりするけれど、僕はおっさん要素だけじゃパンチが弱いかなと思って、未来の世界からやってきた軍事兵器という属性をぶちこんでみた。
意味がなかった……。
「みんな、『あ……(今思い出した)』とか言うかもしれないですけど」
パソコンの画面は『あ……(今思い出した)』で埋め尽くされる。
たまにちらほら『その属性ってまだあったんか』とか『兵器だからヘイキ』とか『プレイの下手さを必死でごまかそうとしているwww』とかそんな感じの言葉もあったけれど。
なんだろう、この奇妙な連帯感。
でも、たぶんこの属性はもう要らないかもしれない。
リコの軍事兵器だっていう設定はプレイ動画をするときとかに「僕は軍事兵器だから遊びというのがよくわからない」とか、たまにネタとして挟むくらいで、ゲーム自体はうまくもなく、そこまで下手でもなく、ただの普通プレイだからなぁ。
さて、そんなわけで今日も楽しく配信終了でした。
☆★☆
今日の配信は生放送だったけれど、いつもそれだとさすがに疲れるから、動画を撮りだめしとかなくちゃならない。ユーチューバーに休みはないというのは言いすぎだけれど、基本的に毎日短い動画を配信して、たまに長い動画を配信したりして、知名度をあげるのが必須だと思う。
明日もコンビニのバイトが遅番で入っている。はやく撮らないと睡眠時間がヤバい。
いまは、動画配信が終わって、夜の10時くらい。
明日の分くらいはとれるかな。
そんなわけで、そこから数時間かけて、なんとか一本分動画を仕上げて、終わった頃には夜の三時だった。ヤバイ。さすがに遅番で10時半くらいにいけば、始業時間の11時には間に合うけど、それなりに身奇麗にしておかないと、成人男性として死ぬ。
そんなことを思っていたけれど……、僕の精神は限界を迎えていた。
朝チュン。
そんなシチュエーションに憧れていた頃もあったけど、今の僕には悪魔のさえずりに聞こえた。
朝!
寝オチしてしまった。
すぐに枕元にある時計を見る。
10時ヤバイ!
嘘でしょ。
今からシャワー入って、入って……ん。
なにこれ?
視界に入ったのは見られぬ銀の色。
なんだか細くて朝日を浴びてキラキラと光っているようでキレイだ。
それを辿っていくと……。
「わわわわわっ!」
僕の頭にたどり着く。ピンっと伸ばせば、頭の皮が引っ張られる感覚。
これってもしかして……。
いやな予感を覚えつつも、僕はお風呂場へ向かう。
ベッドから転がり落ちるように起きたあとも、身体の違和感は押さえられない。
まず、視点が低い。
僕は身長が180センチ近くあって、日本人にしては高めだったんだけど、いまの僕は身長がめちゃめちゃさがっているように感じた。まるで子どもみたいだ。150センチないんじゃないか。
いままで見慣れた僕の部屋だけど、なんだかそれだけで違和感がある。
それだけじゃない。
身体にまとっている服も、昨日はゆったりとしたトレーナーだったんだけど、いまはもうぶかぶかになっちゃってる。特に手のほうなんて30センチ以上あまってるのか、だぶついた袖の部分が蛇腹のようになっていた。
そしてお風呂場についている鏡を見た。
「ほあ? なにこれ」
映っていたのは、銀髪紅目の美少女。
どうみても中学生くらいの女の子。
もしかすると、小学生くらいに見られてしまうような、寛大な心でみれば、高校生とも言い張れるような、微妙な年齢に見えた。
顔立ちは日本人とも外国人ともつかないハーフ顔だが、白い肌にうるおいのある唇がのっていて、顔のパーツがこれ以上ないほど完璧に配置されている。幼さのなかにも美しさがある。
この顔を僕は知っている。
「あ、え? もしかしてリコ?」
リコは二次元の存在だ。
要するにアニメ調のモデルで作られている。
そのアニメのキャラが現実になったらどうなるのかということをリコを作った僕は何度も何度も想像していた。
うん。
たぶん、こんな感じ。
それにしても……。
「それにしても」
そう、この声。
信じられないほどかわいらしい。
そういう設定だ。リコのキャラクターシートにおいては、リコは未来の技術で作られた超兵器で、対人戦闘において相手を油断させるために、相手の気をひくかわいらしさをあますところなく有している。
小さな顔も、手も、足も、子どもらしいあどけなさの残る声も、全部僕が考えた。
いや、だからなんなんだよ。
どうして今、こんな状況になっているのかを考えてみるが、まったくわかるはずもない。
朝起きたら突然女の子になっていましたなんて。
世界の誰にも答えられる気がしない。
そのとき、居間のほうから、スマホのバイブ音が鳴った。
あ、ヤバイ。そうだった。いまは……11時。コンビニのバイトに行かなきゃいけない時間をとっくに過ぎてる。
たぶん、バイトリーダーの浅田さんだろう。今日は浅田さんとツーオペだったからな。
机の上で、スマホはぶるぶると震え続けている。
とっさにとろうかとも思ったけれど……。
「いや、だめだよ。どうやってこの状況説明するんだよ」
いまの僕の声は、聞いた人の心をとろかすような萌えボイス。
たとえ気取られないように、ぼそぼそと喋っても、絶対に別人だと思われる。
このまま時間が過ぎ去るのを待つしかない。
☆★☆
たっぷり一分間ほど、スマホはなり続けていた。
浅田さんの怒った声が脳内で再生される。浅田さんは僕と同じ大学に通う女子大生で、年の近い気安さからか、僕ともそれなりに仲がよかった。
知り合い以上友達未満くらい。
んー。そんなんでいいのかといわれると微妙どころだけど、僕としてはリコに一筋なところがあったからなぁ。
などと、恋人でもないのに恋愛脳を働かせている間も、スマホは自己主張を続けている。
「まずいな……どうしようか」
あ、そうだ。
メッセージくらい送っておくか。
『すみません。突然、体調を崩してしまいまして、起きるのもつらくて声もでません』
『ええっ。大丈夫なんですか?』
『今日はおとなしくしておきます。すみません』
こんな感じのやりとりをした。
罪悪感が湧くが、しかたない。
この姿のままコンビニにいっても、誰だこいつってなるだろうし。
しかし、どうしよう。
このままいけば、まちがいなく、僕は不審者一直線だ。
なにしろ身分を証明するものが一切ない。
両親は他県に住んでいる。
見た目はギリギリ中学生くらい。下手すると小学生くらいで、人目をいやでも惹いてしまう銀髪赤目という謎配色。
しかも、いまの僕は信じられないほど美少女で、ある日突然謎の力によって女の子になってしまった元男。こんなことを世に知られたらよくて頭のおかしな子、わるくて実験動物扱いだ。
「やだー。やだーっ。それやだーっ!」
女の子らしくみっともなくわめく。
いまの僕なら、そんな声すらも庇護欲をくすぐるようなかわいらしい声のはずだ。
はぁ……。
どうしよう。本当に。
☆★☆
「ううー。ずり落ちるー」
ジーパンがずり落ちてしまって、うまく着れない。
当座の当座、僕は生きていくためにコンビニに行かなくてはならない。
もちろん、バイト先のコンビニではなく、食糧を調達するための汎用施設だ。
目標施設までの距離はおよそ100メートル。
通常飛行モードで対地速度が1000kmを越える僕なら一瞬で、目標地点に到達するだろう。
って……あれ?
いま、僕なんか変なこと考えてなかった?
まあいいか。
ともかく、このズボンが……ズボンがよくない。
もうあきらめた!
ビタンとズボンを叩きつける僕。
「ああ、こんなことなら、リコの汎用兵装があれば……」
って、僕の身体が一瞬、光って――。
現れたのは、リコの汎用兵装――いわゆるセーラ服だった。
防弾性能、防刃性能、対レーザー性能、音波対策、ECCM対策、その他もろもろを詰め込んだ、大変夢のある兵装である。
もちろん、かわいい。
紅いスカーフと紺色のスカートが銀髪とあいまって、清らかで幻想的な雰囲気をかもし出している。
まちがいなく、これは美少女レベルマックスですわ。
「てか、質量保存の法則はどこにいったのだろう……。ああ、そういえば、想像していたのは、亜空間に収納できるとかいう設定だったな」
僕の脳内妄想がなぜ現実になったのかはわからないけれど、どうやらリコの性能はおそらくそのまま現実的な性能になったらしい。
こりゃ、確かめてみないと――。
そんな感じで、僕がまず始めたのは、財布の中から五百円玉を取り出すことだった。
「確か、法律違反だけど。ごめんなさいっ!」
ぎゅ。
ちょっとだけ指先で握ると、五百円玉はバターのように柔らかい感触でつぶれていった。
まったくといっていいほど抵抗感がない。
「あわわ。五百円玉が僕の中でつぶれていくよう……」
指先はまるで磨き上げられた真珠のようにミルク色をしていて、ほんのり桜色のアクセントがついている女児のソレだったけれど、設定どおり、二万五千トンの握力があるのかもしれない。
五百円玉を握りつぶすだけじゃわからないけれども。
「とりあえず、外に出てみるか」
最後に鏡の前で、くるりとターンをしてみる。
やっぱり、ありえないほどかわいいな。
なんだか楽しくなってくる。
バーチャルユーチューバーである僕は、露出狂としての素養があるのだと思う。
こんなに"かわいい"なら、みんなに見てもらいたい。
ほめてもらえるなら、うれしい。
まあ、いままでやってたことがリアルになるだけだしね。
僕は颯爽とドアを開けて、外にくりだした。
☆★☆
「世界はこんなにも綺麗だったのか」
なんて、哲学的なことを考えているのは、僕の視界解像度が人間のレベルを超えているからだ。
多重因果法則を並列解析している視界は、人間よりも遥かにレベルの高い情報を僕に与えてくれる。
世界にはいくつもの糸がはりめぐらされている。
なんといえばいいか、海で泳ぐときに水の抵抗があるように、この世界には因果の波のようなものが抵抗力として存在している。
そんな亜空間情報を、多次元配列によってテンソル分析している。
宇宙の法則を一息に見学するような、そんな壮大な図面を見せられて――、この世界を創った芸術家に対して、心からの賛辞を述べたくなった。
って――。
あれぇ?
なんかよくわからないことを考えているな。
僕の言葉を、人間らしい言葉に置換すれば『ウキウキ』していた。
身体はありえないほど軽いし、すぐにでも空へと飛び立てそう――
あ。
そうだ。
僕って飛べるんだったっけ。
瞬間的にサーチモードに切り替え、周りの視線を探る。
OK。
誰からも見られる心配はない。
た。たたた。と駆け出し、僕は翠色をした半透明の羽を背中から出す。
なんとなくわかっていた。
バーチャルユーチューバーで、バーチャルな存在になりたかったのは、こうやって空を飛ぶ感覚がほしかったからだ。
つまり、自由に。
自由ってなんなのかよくわからないけれども、空を飛ぶ感覚なのだろうと思う。
飛行機のシミュレータでは絶対に得ることのできない、自分が飛んでいるという感覚。
世界や重力から切り離されて、あっという間に下界は小さくなる。
空気を切り裂いている感覚はない。
外気温はマイナス二十度に達しようとしているけれども、まったく寒さを感じない。
僕の周りを薄皮一枚で覆っているコーサリティ・シールドは因果律をループ状につなげることで、事象の変異自体を根本的に防ぐ。
理論上はブラックホールのシュバルツシルト半径内でも生存可能だ。
このまま宇宙にいっても呼吸する必要のない僕は大丈夫だけど、いまはちっちゃく見える人の営みがいとおしかった。
「ん?」
刹那の時間。
僕は小さな女の子が車にひかれそうになっているのを観測する。
接触まで、一秒ほど。
僕はすぐさま現場に急行する。
亜高速飛行が可能な僕からすれば、そこまでにかかる時間はコンマ一秒にも満たなかったけれど、大変なのはスピードはそのままエネルギーになってしまうから、その膨大なエネルギーで周りがふっとばされないように、大部分を亜空間に逃がすことだった。
僕は卵も割れないくらいの、ショックアブソーバを何重にもかけてトラックを右手一本で受け止めた。
女の子は呆然としていた。
当然、周りも。
でも、僕は慌てない。女の子に対してニコリと微笑み、可憐に去るぜ。
数秒もしないうちに、僕は再び亜光速で空に離脱する。
人間の記憶は思った以上に曖昧なものだ。たぶん、見間違いだと思うだろう。
ちょっと調子にのってたけれど、こんな天使みたいな女の子がほいほいいるはずもないので大丈夫だろう。
☆★☆
と、無理やり自分を納得させていると――。
今度は僕が勤めていたコンビニの方角から浅田さんが叫ぶ声が聞こえた。
距離としては軽く5000メートルくらい空中にいたけれど、声紋分析はリコの得意分野だ。
浅田さんの声でまちがいない。
「きゃあああああああ。たすけてぇ」
「うるせえ。静かにしろ」
なんて運が悪いことだろう。
浅田さんは強盗に後ろから羽交い絞めにされていて、包丁を首につきつけられている。
男は目がぎょろりとしていて、明らかにやばそうな感じだった。
周りには何人か人がいたけれど、うかつに手を出すと誰かが怪我をしそうで、誰も動けない。
しかし慌てず騒がず、僕はステルスモードになる。
ステルスモードはあらゆる感知能力から逃れるという、ありていにいえば透明人間になる能力だ。
僕はすたすたと歩いて、強盗の目の前まで近寄った。
浅田さんは泣きはらした目をしていた。
普段怒りっぽくて、でも親身になってくれる実は面倒見のいい浅田さん。
そんな彼女が泣いている姿に、僕はいますぐ強盗をぶっとばしたい欲求にかられた。
けれど、たぶん本気で殴ったら、粉みじんになっちゃう。
それはさすがにどうかなと思ったので、僕は――。
「おじさん」
と声をかけた。
ステルスモードは解除している。
「あ? なんだおめえ。急に目の前にあらわれやがって」
強盗が、僕に向かって包丁を突きつける。
その一瞬を狙って、包丁を蹴り上げる。
包丁はお星様になった。誇張ではなく本当にお星様になったんだ。今蹴り上げた包丁は大気圏を突破するときに燃え尽きてしまったのを確認した。
手元から獲物が消えて男がうろたえる。
そして、僕が犯人だとようやく理解したのか、ゴリラみたいな顔になって殴りかかってきた。
あくびがでるスピードというか。
こんなの、そのまま殴られてもまったくもってダメージにはならないのは確定済み。
でも、ばっちぃ手で触られたくなかったんで、僕はデコピンでかるーく吹っ飛ばした。強盗は十メートルくらい吹っ飛んで、お店のシャッターにぶち当たって動かなくなった。
うん。死んでない。
大丈夫大丈夫。
泡吹いて気絶しているけれど、問題ないよね?
「大丈夫? 浅田さん」
「う、うん。大丈夫だけど、名前どうして知ってるの?」
「え、あ、うん。違うよ。シフトさぼっちゃって悪かったからとか、あの、そんなことないからね」
「シフト?」
「あ、うそ。うそ。いまのなし」
「今日休んだ?」
「あわわわわ」
あわわわ。
どうして、こんな初歩的なミスをしちゃうんだよ。僕のバカ。
あ、そうか。
もしかすると、これってリコのドジっ娘属性がそのまま現れてるんじゃないだろうか。
適当なところで空を飛び、僕はそのまま空中で頭を抱えている。
まっしろい肌はたぶんリンゴのように熟れちゃってる。
☆★☆
と、今度は空のほうから不審な気配。
およそ三光年ほど先に、地球外文明の飛行物体。いわゆるUFOを観測する。
飛翔、相対速度から考えて、数分後には彼我の距離はほぼゼロに近くなる。
大きさは少し大きなシャトルバス程度。
白くて丸いカブのようなカタチをしていて、窓の部分には二人のグレイ型宇宙人が座っていた。
ひとりはデブ。ひとりはガリ。なんというかでこぼこしてるな。
あ、デブっていう言い方もガリっていう言い方も他人に対して使っちゃいけません。
尊敬すべき他人だったら、たとえ、百トンくらいある超巨大生命体でも、ゴボウみたいな細い身体でも、ちゃんと敬うべきだと思います。
それはともかくとして、彼らがいったいなんの目的でここまで来たのかが謎だ。
とりあえず、なにやら話しているみたいなので、聞けば、彼らがどんな存在かわかるだろう。
もうお決まりになった声紋分析にかける。地球外の言語だったから、一瞬よくわからなかったけれど、二人以上のものが会話しているのなら、分析自体は可能だ。
彼らの言語は人間の言語の域を超えていない。
リコが戦っていた全自動宇宙戦闘マシーンは因果系列を無視した未来から過去に向かう言語をしゃべっていたから、それに比べれば、今回の宇宙人の会話は、非常に平易だった。
「くっくっく。宇宙の支配者面をしている地球人どもめ。まさか我々のような高度知性体に滅ぼされる日が来るとは思っておるまい」
「兄貴。さすがっす。そこにしびれるっす。あこがれるっす」
「そうだろうそうだろう。地球人どもを根絶やしにするのだ」
「根絶やしっす」
あ、これダメなやつだ。
たった数行程度の会話で、彼らの人となりがわかってしまった。
侵略者やん。
彼らめっちゃ侵略者やん。
思わず似非関西弁で脳内つっこみをしつつ、僕は彼らの目の前に姿を現す。
コンコン。
「げえええ。ち、地球人がなんでこんな宇宙空間に」「兄貴。怖いっす!」
「あのぉ」
「は、はいなんでしょうか」
既に下手にでているデブ宇宙人さん。
そりゃ、宇宙空間に平然とセーラ服の美少女がたたずんでいたら、敬語にもなるわな。
とりあえず、要望を伝えよう。
自分が想ってることを表現すること。これって超大事。
動画でも、みんなが「それな」とコメントしてくれる共感力の高い言葉だ。
帰るという単語がどれに相当するか、推定言語解析にはちょっと時間が足りなかったけれど、たぶんなんとかなるだろう。彼らの数行ほどの会話でも、ひとつの単語を梯子にすることによって、他の単語も推定することができる。
まあ、彼らの言葉がちょっと物騒なものばかりなのが心配なんだけど……。
滅ぶとか。根絶やしとかさ。
平和的なワードが聞きたかったけれどしかたない。
いまはやれることをやるんだ。
がんばれ僕。
自然とゾイのポーズをとることになる。
そして、自分の中の平和主義者としての側面を百二十パーセント開放した。
「あのう、すいませんけれども死んでくれませんか?」
「げえ。兄貴。この地球人何かとてつもないことを言ってるっす」
「おおおおお、おちつけ。聞き間違いかもしれん」
「あなたがたには、死ぬという選択肢もありますよ?」
「兄貴ぃ。聞き間違いならぬ危機間違いっす。オレたち殺されるっす」
「やめろー。しにたくなーい」
どうやらわかってくれたらしい。彼らは思った以上に芸人肌だったのか、僕に見せつけるかのように、ジグザグ飛行を繰り返しながら、宇宙の果てに帰っていった。
彼らにも善なる心が眠っていたんだ。
僕も最初からけんか腰にならなくてよかったと、心の底から思った。
まずは親切丁寧に、人に『帰って』と頼むべきだよね。
そこから、人の輪と協調が生まれ『よーし帰るか』という気持ちが生まれたんだと思う。
宇宙人さんとわかりあえたよ。やったね。リコちゃん。
☆★☆
そんなわけで、いろいろあったけれど無事、僕は帰宅していた。
あれから、大量の洋服を買いこんで、店員のお姉さんにかわいがられながらコーディネイトされたりと、コンビニで食糧調達する際にナンパされたりと、いろいろあったけれど、全部割愛。
テレビでは、どこからともなく現れた銀髪の女の子が交通事故を防いだとか、強盗犯人を叩きのめしたとか言ってたけど、不思議なこともあるもんだね。
あれぇ。浅田さんからは大量のメッセージが届いている。
そっか。僕って風邪ってことになってるから、心配してメッセージを送ってくれたんだろう。
んなわけないですよね……。
僕のドジっ娘能力はもしかすると、致命的なレベルなのかもしれない。
ともかく考えてもしょうがない。
こういうときはルーチンワークをするのが心を落ち着けるのに最適だ。
というわけで、いつものように僕は動画配信をすることにした。
ちなみに、これは非常に重要なことなんだけど、ほぼ完璧なスペックを誇るリコというキャラクターだけど、自分の声を変調させる能力はないんだ。
だから、僕の声が心をとろかすようなそんな声になっていたとして、みんなに受けいれらるかは、わりと賭けだったりする。
「あ、あー。ごほん。聞こえるかな。みんな」
『リコたん。その声どうしたの?』
『声変わりしている。リアルTSキタコレ?』
『最新のボイスチェンジャーってすごいんですね』
『やっべえ。声かわいすぎる。リコちゃんのかわいさが天元突破している』
『きららジャンプして。きららジャンプ!』
よし。
僕は心の中でガッツポーズする。
どうやら、僕の声が女の子のマシュマロみたいなやや舌足らずな声になったとしても、みんなたいして気にしていないらしい。
みんなにリコというキャラクターが受けいれられて、ほっとした。
と同時に、父親が娘の卒業を見守るような、そんな一抹の寂しさも感じちゃうんだ。
そして、僕というバーチャルなキャラクターは少しずつ現実と融解して消えてなくなってしまう。
きっかけは、意外でもなんでもないことかもしれないけれど、くしゃみ。
そのとき、どうしてそうなったのかわからないけれども、マスカレイドがはがれて、いまここにいる現実のリコがみんなの前に現れてしまった。
僕は顔面蒼白になる。
こんな放送事故はいままでに一度もしでかしたことはない。
女の子になっているバーチャルユーチューバーにとって即死クラスの放送事故だ。
とっさに配信を切ろうとも思った。
が――。
『かわ』
『かわええええ。え、ちょっとまって』
『なに、え、リアルリコたん?』
『ちょっとありえないかわいさなんですがそれは』
『いままでの男性声のほうがボイスチェンジャーだった。あると思います』
『諮ったな。リコ。オレたちの心をもてあそびやがって。とりあえずパンツ脱ぎます』
『ああああああああああああああ』
『かわいいかわいいかわいいかわいい』
『あの、これ、日本の超技術で、すごいCGが創られてるってことではないですよね?』
ものすごい勢いでコメントが流れている。
はっきり言って、僕が一年間くらい続けてきてもらったコメント量を、配信中に越えそうな勢いだ。
「あの。ま、まってください。ちょっとみなさん。おちついて」
『あああ。こんな幼女にお願いされてたとか、やべえええ。犯罪臭がすごい』
『くっそかわ』
『慌てるリコたん』
『涙目リコたん』
『あのどこに住んでるんですか?』
『ええい。リアルハッカーはおらんのか』
「だめ。ダメですって」
『幼女に拒否られる。それもまた紳士のたしなみ』
『ハァハァ……』
『ちょっとおまえらおちつけってwww』
『ハァ……銀髪ぅ。嗅ぐぅ』
『オレサマ。ヨウジョ。マルカジリ』
完全に興奮しっぱなし。
僕にはちょっと制御できそうにない。
確かに、今の僕の姿はちょっとありえないレベルでかわいらしく、しかも人間離れしているから、こういう反応になるのも理解できなくはない。
もともと二次元特化の容姿してるしね。
でもこれ以上、犯罪っぽい流れになると、アカウントごとバンされちゃう。
そんなのやだ。
どうすれば。あ、そうだ。
とりあえず、次回へご期待くださいの流れだ。
がんばりますんで、応援してくださいの流れ。
これしかない。
「みんな。あの、これからもがんばるので応援してください。登録はこちらからお願いします」
その日、キララ・リコの登録数は一日で数十万人を突破し、一時サーバーが飛ぶ事態になった。
僕がバーチャルでもリアルでも有名なユーチューバーになっていったり、その過程で、世界を何度か救うことになるのは、これからさほど遠くない未来の話。
とりとめのない話になってしまいました。
TSで短編って、こんな感じだろうか。
この作品は現代モノでチートを導入するにはどうしたらいいかを考えた結果です。
一応、テンプレ化できるような汎用性もあるとは思うけど、あさおんと何が違うのかといわれると、確かになと思わざるをえない。
それでもTS書いてといわれれば、なんでも書いてみたい年頃なんです。
新しさがもっと要るような気がするな。