山川志穂 3
昇降口を出たすぐの所、軒先の下。私と村上くんは、ぽつんと二人。空をながめていた。
うう……、せっかく相合傘ができると思ったのに。こんなのってないよぉー。
村上くんが傘を持ってきていたので。一度はあきらめかけた相合傘。しかし、なんと村上くんのほうから誘ってくれるという、奇跡が起きた。
だというのに。こんなのって……、あんまりだよー!
まさか、村上くんの傘が持っていかれて、ないなんて。くっ、いったいどこの誰が持っていったのだろうか?
やっぱり間違えたのかな。もし、盗んでいったのなら……、そいつ絶対容赦しないぞ。
というか、なにもこんなときに、持っていかなくたってさぁ。おかげでせっかくの相合傘が……。
こんなときに。村上くんも間が悪い。いや、村上くんのせいじゃないよね。
悪いのは傘を持っていった奴だ。優しい村上くんに非はない。さっきだって、すごく申し訳なさそうに謝ってくれたのだ。
しかし、まいったよ。こんなことなら、昇降口まで来てから相合傘に誘うんだった。
そうすれば、傘を持っていかれた村上くん。そっと、傘を差し出す私。という完璧な構図で相合傘に誘うことができたというのに……。
ちらっと、傘立てを見る。そこには私の傘があった。
どうしよう。今からでも、実は傘を持ってきていると、打ち明けたほうが良いかな?
そうすれば相合傘もできるし。でもそれだと、何でさっき傘を忘れたと答えたのか。疑問に思われるよね。
そうなると……。どう答えたら良いだろうか。傘を持ってきていたこと事態を、忘れていたことにするとか?
それも難しいよね。だって、それなら傘立てを見たときに、思い出すのが普通だと思う。
だいたい、傘を持ってきていることを忘れるって、どれだけ抜けているんだ、っていう話しになってしまう。
なんだか、私がひどくまぬけに思われそうだし。
やっぱり、今さら実は傘を持ってきているなんて、言えないよね。あーあー、せっかく相合傘できると思ったのになぁー。ツイてない。
「雨止みそうにないな」
隣で空をながめていた村上くんが、ぽつりとつぶやいた。
「そうだね」
本当に、すごい雨。こんな中帰ったら、びしょぬれになるだろう。
なんだか罪悪感が……。そうだよね、びしょぬれになるんだよ。本当は私の傘があるのに。
これで、村上くんが風なんて引いたら。やっぱり、傘を持ってきているって正直に話したほうがいいかな。
だって、村上くんは私に一緒に帰ろうって、傘に入れてあげるって、誘ってくれたんだよ。
そんな優しい村上くんを、こんな土砂降りの中、帰してしまって良いのだろうか。いや、良いはずがない。
でも……、だからといって今さら、傘を持ってきていると告げる勇気もない。
「ぬれて帰るしかないかな」
村上くんがつぶやく。なんだか、もう覚悟を決めたようなひびきの声だった。いますぐにでも、走って行きそうだ。
「そうだね。雨、止みそうにないし……」
相槌をうちながらも不味いと感じる。もうすぐにでも、ぬれて帰ろうとしている雰囲気だよ。
もう、傘を持ってきていることを告げるなら今しかない。
やっぱり正直に話そう。でも、どうしよう。なんて言ったらいいかな? 傘を持ってきていることを、忘れたことにするしかないかな。
多少、抜けている子だと思われても、こんな雨の中、村上くんを帰すよりはましだろう。なにより、相合傘だってできるのだ。
少しくらい、まぬけに思われるぐらい、なんだというのだ。よし!
「村上くん。実は……」
「あれ? 志穂じゃん。なにしてんの?」
覚悟を決めて、本当のことを言おうとしたところ。後ろから、声をかけられた。
「あっ、祭」
振り返ると、親友の祭の姿があった。
「ああ、村上もいるね。二人して、なに空ながめてるの」
村上くんに気付いた祭は、昇降口を出ると私たちの隣にくる。
「えっと……、傘を忘れて」
「俺たち、二人とも傘を持っていなくてさ」
私と村上くんが答える。
「それで、二人して空をながめていたってわけ」
呆れた様子の祭。
「ムダだと思うけどなー。雨、止みそうにないし」
祭は大げさに肩をすくめる。そのあと、考え込んだ様子で黙り込む。ややあって。
「あんたたちって、家、同じ方向だったよね」
祭が尋ねる。
それが、どうかしたのだろうか。というか、確認するまでもなく、家が近いことを祭は知っているよね。
疑問に思う私に代わって、村上くんが返事をする。
「そうだけど」
「じゃあ、傘貸してあげるよ。二人とも傘ないんでしょ? 私、折りたたみ傘も持っているし。二人で使いなよ」
祭は持っていたビニール傘を、差し出してくる。
ほんとに! 良いの? 祭、あなたは私の救世主だよ。本当に助かる。これで、本当は傘を持ってきていることを打ち明けずにすむ。
なにより、相合傘もできる! 素晴らしい助け舟。さすが祭。持つべきものは気配りのできる親友だ。
「いいのか。助かる」
喜んで返事を忘れていた私の代わりに、村上くんが傘を受け取る。私も慌ててお礼を言う。
「ありがとう。祭」
ほんと、ありがとう。今度、この借りは必ず返す。
「いいって、いいって」
傘を村上くんに渡した祭が、私に近づいてくる。そして耳元で。
「傘持ってるはずなのに、何で悩んでたのか。だいたい察しはつくけど。相合傘、頑張りなさいよ」
え! どういうこと?
「私は、志穂の傘を使うからね」
知ってたの? 全部知ったうえで私を助けてくれたの? そういえば、祭には相合傘をしたいことも、作戦も伝えたけど。
どうやら、いろいろとこちらの事情を察してくれていたらしい。あなたが女神か! 祭の背後に、後光がさして見える。
祭様。本当にありがとうございます。
「じゃあ、私は教室に置いてある。折りたたみ傘をとりに戻るから」
祭は後ろ手に手を振りながら、去っていく。それを見送ると。
「じゃあ、行くか」
村上くんが傘をさして私を呼ぶ。
うわ! いざとなると緊張する。でも、覚悟を決めないと。
「うん」
村上くんのさしている傘の中に入る私。
近! 思ったよりも。ええっと、これ近すぎる! 本当に肩が触れ合うくらい密着するよ。やばい。相合傘、思った以上に強烈だ。
息遣いの音だって聞こえてくるし、シャンプーの香りなのか。なんだか良い香りまでしてくる。
すごい。こんなのって……、こんなのって……。幸せ過ぎるー。心臓が破裂するかと思うほど、胸がドキドキする。
ちらっと、横を向くとそこには村上くんの顔が……。むりむり、この近さは反則だよ!
本当は、いろいろと確かめるつもりだったけど……。村上くんの様子を観察し、私のことどういるのか、とか。
そんなこと確かめるつもりだったのだけど……。これは無理だ。そんな余裕ないよぉー。
結局、村上くんと別れるまでの数十分の間。
襲いくる幸福感と羞恥心。それらと、ただただ戦い続けるだけで精一杯、村上くんのほうを見ることすらできなかった。
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著作者:上科リク
掲載サイト:『小説家になろう』
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