村上秀 2
山川さんを相合傘に誘った俺。黙り込む山川さん。息苦しい。胸が詰まる。大して時間は経っていないのに、すごく時間が長く感じる。
そんな、息が詰まる静寂を切り裂いて。ようやく、山川さんは口を開く。
「実はそうなんだ。傘を忘れちゃって。朝は晴れてたから」
そこで一旦言葉を切る山川さん。やっぱり傘を忘れてきたらしい。天気予報を見なかったようだ。
しかし、問題はここからだ……。
相合傘に誘うには、好感度が足りなかったかも? もし断られたら……。
相合傘で俺と密着するのが無理ということで。つまりそれは、嫌われているということになるよな。
いや、悪いほうに考えるな。単に男子に苦手意識を持っているだけかもしれない。山川さんって、女子の友達しかいないみたいだし。
待て待て。そもそも、まだ断られたわけじゃないだろ!
続く山川さんの言葉を待つ。ごくりとつばを飲み込む俺。頼む、オッケーしてくれ。そんな祈りが届いたのか。山川さんは。
「それで……、できれば入れてほしいけど。でっでも、いいの?」
おお! これは……。やった。うん成功だ! やったー! 乗り切った。断られなかったぞ。
良かった、一時はどうなることかと。しかし素直に喜べないかも? なにせ、返答までずいぶんな間があった。
でも、オッケーしてくれたってことは、少なくとも俺のこと、嫌ってはいないってことだよな。
いや、本当は断りたいけど、角が立つから。という可能性も……。ともかく! いずれにしても、さっさと返事をしなければ。
「あんなに晴れていたのに、雨が降るなんて思わないよね。いいよ、一緒に帰ろう。俺の傘に入れてあげる」
「ありがとう」
山川さんは笑顔でお礼を言ってくれる。うーん、これは好意的にとらえても良いのだろうか?
そうだよ。良いほうに考えよう。
「じゃあ、さっさとこれを終わらせようか」
「うん」
そうと決まれば、こんな作業さっさと終わらせよう。作業を再開する俺たち。ほどなくして。
「終わったー」
山川さんが伸びをする。
「お疲れ様。それじゃあ、帰ろうか」
俺は出来上がったプリントの束を纏めると、席を立つ。よーし、待ちに待った相合傘。
好感度を測るためとか考えていたけど。普通に好きな子と相合傘ができることに、テンションはうなぎのぼり。
平静を装いつつも、内心ではうきうきしながら、昇降口に。靴を履き替え、傘立てから自分の傘を……。
あれ? 俺の傘……。確かに、ここに置いたと思ったのだけど、ないぞ。朝、俺が置いた場所には、傘がなかった。
あれ、おかしいな。確かに、ここに置いたはずだけど。別のとこに置いたか?
傘立てにある傘をすべて調べるが……。居残りで下校するのが最後のほうになったから、目の前の傘立てには、六本の傘しか残っていない。
そして、そのどれも俺の傘ではない。うん、調べるまでもなくわかっていたよ……。やっぱない!
えーっと。誰かに持っていかれた? いや、まさかそんな。隣のクラスの傘立てに間違えて入れたとかだよ、きっと。
現実を認めたくなくて、往生際悪く。一学年の傘立てすべてを調べるも、俺の傘はない。
やっぱそうだよね。あるわけがないとは思っていたさ。やっぱり、誰かが持っていきやがった!
ええ、マジで! こんなときに! ウソだろ……。傘立ての前で呆然と立ち尽くす俺。
そこへ山川さんが話しかけてくる。
「村上くん。とうかしたの?」
えっ、いやそれが、傘が一人で先に帰っちゃったみたいでして……、ははは。ええっと、どうしよう。今さら、傘ないって言うの?
格好悪くない? めちゃくちゃ恥ずかしいのだけど。くそ! いったいどこのどいつが持っていきやがった。
間違えたのか? それとも、傘一本ぐらいと、軽い気持ちで持っていったのか。
だったら許さないぞ。よりにもよってこんなときに……。いや待て、そうだよ。傘一本ぐらい。俺の脳裏に悪い考えが浮かぶ。
ここにある傘の中から、適当に選んだものを、俺の傘ってことにしたらダメかな。
いや、盗むとかじゃなく。後で返すから。今日、どうしても傘が必要なんだよ。だからさ。そう、借りるだけ、借りるだけだよ。
明日になったら傘立てに戻しておくから。ちょっとだけ貸してくれないかな。
……いや、やっぱダメだよな。人のものを勝手に持っていくのは。なにより、好きな人の前でそんなことできない。
いや、一人だったらとか。誰も見てなかったら。やるとか、そういうわけでも断じてないのだけど。
普段ならこんなに傘が必要だと思わないし。普通にぬれながら走って帰るからな。もとい、そうじゃなくてさ。
はぁー、格好悪いけど本当のことを言うしかないか。
俺はゆっくりと山川さんのほうへ振り返ると。
「俺の傘がなくてさ……。誰かが間違えて持っていったのかな」
正直に本当のことを言った。ばつが悪い。あーあ。せっかくの相合傘が……。最悪、まったくツイてないにも程がある。
「え!」
おどろいた様子の山川さん。まあ、そらそうだよ。せっかくぬれなくてすむと思ったのに、今さら傘がないと、言われたのだから。
「ほんとにないの?」
思わずといった感じで聞き返す山川さん。
うん、本当にないのだよ。
「マジでない」
もう、ほんと勘弁してほしいが、それが事実だ。
「いや、ごめん。まさかこんなときに、傘持ってかれるなんて」
両手を合わせて謝る俺。本当にごめんなさい。期待させといて、傘がないなんて。でも、俺は悪くないのです。
だから、だからどうか。俺のこと嫌いにならないでください。
マジで最悪だ。使えない男とか思われていたらどうしよう。こんなことなら、やっぱ相合傘になんか、誘うんじゃなかった。
いや、でもさ。まさか傘を持っていかれているなんて、普通思わないじゃないか。
「それは……、仕方ないね」
肩を落とし、残念そうな山川さん。いや、ほんと申し訳ない。
「期待させといて、申し訳ない」
もう謝るくらいしかできないよ。
「いや、村上くんは悪くないよ」
そう言ってもらえると、とても助かります。しかし、これで二人ともぬれて帰ることが確定してしまった。
昇降口を出ると、空を見上げる。ぜんぜん、止みそうにないものなー。
こうなったら、せめてもの罪滅ぼしに、家まで走って傘を取りに行こうかな。それぐらい喜んでやるけど……。
そこまでする道理がないよな。なんかすごく押し付けがましい気がする。
山川さんに気があると気付かれる可能性もあるし。それをやって、喜ばれるどころか、引かれたら不味い。
この案はダメだな。
「はぁー……」
もう一度、空を見上げる。そこには俺の心を表すかのように、どんよりとした空があった。




