山川志穂 2
冬休みのある日、私は親友の祭に恋愛相談をしていた。村上くんへの恋心。
叶わぬ恋とはわかっていても、想いは深まるばかりで、一人抱えているのが辛くなったからだ。
私と村上くんの出会い。そして秘めた恋心を、祭にうちあける。
「へぇー、ついに志穂にも春が来たかー」
男友達すらいなかった志穂にねー、と茶化しながらも。友達思いの祭は私の話を親身になって聞いてくれる。
しかし、話し終わると祭はとんでもないことを口走る。
「村上って、けっこうモテてる、あの村上だよね?」
祭によると、村上くんは高校入学から今までに、二回も告白されているらしい。幸い、そのどちらも断ったようだが。
そんなの全然知らなかった! とたん胸が苦しくなる。
でも、そうだよね。村上くん、かっこいいから。よく考えたら女の子にモテる、なんて当然だよね……。
もし、村上くんに彼女ができたら。そう思うと、とても胸が痛い。
それに、村上くんに彼女ができたら……。当然、本の貸し借りだってできなくなるよぉー。
落ち込む私に、祭はさらに追撃の言葉を重ねる。
「そもそも、その貸し借りだって、来年になったら終わりじゃない?」
ぐはっ! 言われてみれば、その通り……。
お互いなんとなくで、本の貸し借りを続けている。そんな関係を二年に進級してまで続けるだろうか?
少なくとも、クラスが別になれば確実に、貸し借りをしなくなると思う。
さらに心の沈む私に、祭が今度は活を入れるかのように。
「だったら、ダメでも告白した方がいいでしょ!」
いや、そうは言われても……。確かにその通りだけど。そんなことできるはずがない。だって、結果はわかりきっているし。でも……。
このままじゃ、何もせずに恋が終わってしまう可能性もある。そう考えると、たとえ失恋するとしても、告白して。あたって砕けるほうが……。
いや、砕けたくはないけど。でも、見ているだけで終わるよりは、ましかも。
そう思うも、いきなり告白なんて……。
「できないよぉー」
やはり私にはとてもできない。そんな私に、なんだかんだと励ますようなことを言ってくれた祭。
しかし結局、決心はつかなかった。
それが、もう一月以上も前のこと。でも……、だけど……。そうやって葛藤して、日々を過ごし。
考えを先延ばしにし続けた結果。三学期もあと少しと、なってしまった。
「不味いよぉー」
自室のベッドに寝転がり、天井を見ながら悩む私。すごく焦っていた。祭の言う通り、二年になれば村上くんとのつながりも、消えてしまうかもしれない。
だけど、できることなんて……。
現実逃避するように、私は恋愛小説を手に取り、読み始める。村上くんが貸してくれた本。ほんとは、こんなことしていてはダメだというのに。
私の悪い癖だ。すぐに嫌なことから逃げ、考えを先延ばしにする。
しかし、そんな風に逃げた先。小説に登場するカップルは、羨ましいくらいに仲睦まじい。
「ううっ……」
余計に悲しくなった。
「いいなぁー」
私も村上くんと……。絶対無理だよね。
そもそも村上くんは私のこと、どう思っているのだろうか?
「きっと、なんとも思っていないのだろうなぁー」
「はぁー」
ため息をこぼす。小説にはカップルが相合傘をしているシーンが出てくる。相合傘かぁー。
一つの傘の下という、ある意味密室空間で、二人が肩を寄せ合う。
必然的に、腕や肩が密着する距離に……。なんと素晴らしいシチュエーションだろう。
でもこんなの、ある程度、お互いに良い感情を持っていなければ、できないよね。……うん? そうか、相合傘!
私は閃いた。相合傘で村上くんの気持ちを確かめることってできないかな。
幸いにも、村上くんの家は私の帰る方向と同じ、雨の日に、放課後一緒に帰ろうと誘える。
告白は無理だが相合傘くらいならできるかも。
次の日。まるで神様が背中を押してくれているかのように。絶好の機会が訪れる。
午前中は晴れ、午後から急に雨が降り出した。天気予報を見ていなければ、村上くんが傘を持ってきていない可能性がある。
しかもたまたま、私より出席番号が前の森さんが休み。
そのことで順番がずれて、日直が私と村上くんに。さらに、先生に日直だからと、居残りを頼まれるという、ミラクルまで発生した。
これはチャンス! と、意気揚々としていたのだが……。ざあざあと降りしきる雨をながめながら、私は頭をかかえていた。
せっかく、こんなに場が整っているのに……。
放課後の教室で村上くんと二人きり。私たちはもくもくと、プリントをホッチキスでとめている。
村上くんの友達は先に帰ったし、放課後二人で帰ろうと誘うには、絶好の機会。だというのに、よくよく考えてみたらこの作戦……。
恥ずかしすぎる! 私が? 村上くんを。相合傘に誘うの? むりむり、むり! 絶対無理! いや誘えないよ。
ただ、話すのだって緊張するのに。
それに、よく考えると……。これ、もし断られたら、完全に脈なしってことじゃない!
優しい村上くんがだよ。相合傘を断るってことは……。つまりそれって、相合傘で私と密着するの、無理ってことでしょ。
そうなるともう、相合傘に誘うって、告白と大差ないよぉー。どうしよう……。黙々とプリントの束をホッチキスで、とめながら考える。
いいのか志穂! ここで相合傘にすら誘えないのなら。もう見ているだけで恋が終わってしまうわ!
それは嫌でしょ!
必死に心をふるい立たせようとするが……。決心がつかない。
こうなったら、運を天に任せようか。まだ、村上くんが傘を持ってきているか、確認できていない。
だから、もし村上くんが傘を持ってきていなかったら……。
覚悟を決めて相合傘に誘うというのはどうだろうか。
よし! そうしよう。それしかない。うん、もう決めた! もし、村上くんが傘を持ってきていなかったら、絶対に、相合傘に誘う!
そうと決めたら……、さっさと話しかけよう。もたもたしていると覚悟が薄れる。
「あの、村上くん……」
やっぱり緊張からか。若干、声が震えてしまう。弱気になってはダメ。というか何も考えるな。一気に進め!
「なにかな? 山川さん」
村上くんは作業を中断すると、顔を上げて私のほうを見る。さあ、行くぞ! 私は小さく深呼吸をすると。
「今日、傘持ってきてる?」
さあ、答えは如何?
「持ってきているよ」
え! ああそう。なんだ、ああー、そうなんだ。持ってきているのかー。終わった……。
「はぁー」
思わずため息をつき、椅子に深く座り込む私。
結局ダメかぁー。というか、持ってきていると答えられ。ほっとした自分が情けないよぉー。
これで相合傘に誘わなくてすむと、少しだけ思ってしまったのだ。
はぁー、ほんと私ってダメだなぁー。どうして、こうも勇気がないのだろう。




