山川志穂 1
私、山川志穂は、ある男の子のことが好き。それは同じクラスの村上秀くん。誰にでも優しく、とても明るい、クラスの人気者。
そんな村上くんとの出会いは、高校に入学して一月ほど経った頃のこと。
高校への入学。新しい生活にわくわくしながらも、どこか不安に思っていた私。案の定、その不安は的中する。
私は引っ込み思案なうえに、人見知りでもあったため。周りがどんどん仲良くなっていくなか。誰かに話しかける勇気が出なかった。
結果、気付いたときにはクラスで一人ぼっち、私は高校デビューに失敗したのだ。
当然、そのままではダメだと思った私は、なんとかクラスメイトに話しかけようとは思ったものの……。
すでにグループが出来ていて、その中に入っていくのは、より勇気がいった。ゆえに、結局私はクラスで友達をつくることをすっかりあきらめ。
休み時間は小学校からの親友、下北祭のいるクラスにお邪魔するか。あるいは、自分の席で一人寂しく本を読んでいるか。そのどちらか、だった。
そんな私を見かねたのか。声をかけてくれたのが村上くんだ。
ある日、いつも通り一人で本を読んでいたとき。
「何の本を読んでいるの?」と、いきなり話しかけられた。誰だ? 私のようなぼっちに話しかけるのは……。
そのとき、すっかり捻くれていた私は、正直めんどうだなぁー。と思いながら、けだるげに顔を上げると。
そこにはクラスの人気者である村上くんが……。とてもおどろいたのを覚えている。
だって私は休み時間いつも本と、にらめっこしているような、根暗な女の子だったし。
村上くんのような、いつも明るくクラスの中心にいる人気者に、話しかけられる理由に心当たりがまったくなかったから。
しかも、私の横から本を覗きこんでいた村上くん。その整った顔が、息づかいの音が聞こえるような距離にあって……。
え! 近い近い、ちかいよぉー。男子に耐性のなかった私は一瞬で、頭が真っ白になり。えと、何を聞かれたのだっけ?
質問された内容が頭から抜け落ちた。それでもなんとか思い出す。そうだ! 何の本を読んでいるのか? だ!
しかし、答えようにもパニックで頭も舌も、うまく回らない。だから、本の表紙を見せることで、返答とするのが精一杯だった。
すると本のタイトルを見た村上くんは「自分も読んだことのある本だ」と、楽しそうに笑い。さらに話しかけてきた。
ええ! まだ続くの。慌てていたうえに、あがっていた私は、あんまりよく覚えてないけど……。
確か「好きなジャンルは何か?」とか「好きな作家は?」とか。そんな内容の質問を村上くんに、されたと思う。
ただ、私は本が好きというわけでもなかったし、相当テンパっていたので、うまく答えられず。
とにかく必死に、言葉をひねり出すだけだった。だから、すごくおどおどしていて、話しにくかったと思う。
それなのに、村上くんは嫌な顔ひとつせず、私の話を聞いてくれて……。あの時は一杯一杯で気付かなかったけど。
後で思い出して、すごく優しい人だと思った。
そんな時間もすぐに終わる。次の授業の始まりを告げるチャイムが鳴ると、離れていく村上くん。
そのとき私は、正直ほっとしたのだった。そして、急激に恥ずかしくなったのを覚えている。
いったい自分は何をしているのかと。
せっかく話しかけてくれたのに……。あのときほど、コミュニケーション能力のない自分が、嫌になったことはない。
そして、この出来事を期に私の学校生活は、大きく変化することになる。
次の日、なぜか私にお勧めだからと、本を手渡してくる村上くん。いや、厳密にいえば理由はあった。
前の日、本を貸してくれるとか、そんなことを言っていた気がした。
ただ、そんなものは話の流れ。社交辞令みたいなものだと思ったし。第一そんなことをしてもらう理由もなかった。
ゆえに当然、断ったのだが、村上くんは無理矢理押し付けるように、私に本を渡すと「読んだら感想聞かせてね」と、ほほ笑んで去っていった。
私は仕方なく本を読むことに……。そして村上くんへ、感想とともに本を返すが。
なぜか「これも。おもしろいよ」と次の本を渡してくる村上くん。もちろん断ろうとしたが……。
やっぱり押し負けて、本を押し付けられてしまう。
なんで私に構うのか、とても不思議だった。しかし、その謎はしばらくして、すぐに解けることになる。
村上くんに本を借り、返すときに少しだけ感想を言い合う。そんな関係をしばらく続けていると。
ちょっとずつクラスメイトも、私に話しかけてくれるようになったのだ。たぶん、村上くんはこれを狙っていたのだ。
村上くんのようなクラスの人気者が話しかけることで、自然と私がクラスの輪に入れるように、そう配慮してくれたのだろう。
その結果、一学期が終わる頃には私は休み時間に、本を読むこともなくなった。友達ができたからだ。
そして、村上くんの意図、優しさに気が付いたとき。私は村上くんのことが気になり始める。
その想いは日増しに強くなり。いつしか、村上くんのことを目で追っているように……。そう、私はすっかり恋に落ちてしまったのだ。
ただ、この想いは打ち明けられない。恋が実る可能性なんて、限りなくゼロに近い確率だから。
だって私のような根暗な女の子を、村上くんのような男の子が、好きになるはずない。それならば、なぜか続いている今の奇妙な関係。
本を貸し借りする関係を壊したくなかった。
私がクラスに溶け込めるようになった後も、あいかわらず、村上くんは本を貸してくれる。
そんな村上くんに私も、なけなしの勇気をふりしぼり、お勧めの本をお返しとして、貸すようになったのだ。
そんな関係……。本を貸し借りするときだけ、村上くんとお話できる。それだけでも、私には十分だった。
その関係が壊れるのが嫌だから、告白なんてとてもできない。
振られてしまえば、こんな関係はあっさり壊れてしまうだろうから。そんな風に現状に甘えているうちに、もう二学期も終わりに近づく。




