イチゴの季節
イチゴが大好きです。
今この人を私、独り占めしてる。
うっすらと汗ばんだ体が、あらがえない感覚の海に堕ちて、思考が消えかける時が少し怖い。
「キヨタカ……」
そう呼ぶと、彼は私の手に大きな手を合わせて、長い指を絡めてくれる。
「好き。キヨタカ、ねえ好き、……好き」
「そう?困ったね」
小さくため息をついたけど、彼の目がわずかの間優しく揺れて、私の頬から顎を唇で辿る。
出会ってから今日まで、触れ合うことの全てを彼から教わった。
二人で決めた対価を支払って彼は一時私を手にして、その分きちんと受け取って。
それ以上は望まないし受け取らない。
触れ合うこと以上を彼に教わったと思う。
けど、それを伝えようとすると彼は首を横に振る。
閉じた唇に人差し指を当てて。
それは彼と決めた条件に入っていないから。
夜はいつも寝れなくて、何度も鏡を覗くように携帯を手にして、いつも探してるのは対価以上の何か。
全ての条件に一致してチェックボックスが埋まる誰かはまだ現れない。
好きになるってどういうこと?
好きになることはあなたしかいないってこと?
私を見て欲しいってこと?
耳をこっちに向けてってこと?
笑わせて欲しいってこと?
涙を拭って欲しいってこと?
褒めて欲しくて、「しょうがない」って言って欲しくて。
「今すぐ逢いたい」と言われたくて。
「帰したくない」って言われたい。
全ての条件に一致してチェックボックスが埋まる誰かさんは私に振り向かない。
「明日、わたし誕生日なの」
昨日彼にそう言ってしまった。
ベッドの上で包みを開くと、綺麗な白い箱の中に9つ並んだ宝石のようなイチゴ。
この宝石を並べるために、何千個もが選り分けられているのだ。
「ヘタを摘んで、こっちから食べてみてね」
そう言いながら彼がヘタを摘み、私にイチゴを差し出した。
どれだけ選り分けても、条件に一致しても、食べ方が違えば美味しさは変わる。
そう気付いた。
目の前に差し出されて私をあっさり餌付けした、世界に一つだけのイチゴ。
「好きは受け取らないし、返せない」
あなたとそう決めたあの日、私はイチゴのパフェを食べてた。
好き、はイチゴについた小さな傷みたいに、私とあなたの時間から色と香りを奪ってく。
だから、好きは別れの合言葉。
キヨタカ、あなたと出会えたから、私はこれまでより少し勇気を出すよ。
眠れない夜の回廊を一人で、また歩き出す。
イチゴの季節に。