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恋する規則のパラドックス  作者: じんたね
8/26

2・2 極楽パラダイス

「品近社と言います。本日よりマネージャーとしてお世話になります」

 女子ラクロス部の部室。

 一列の輪になって俺を包囲する女子部員。俺は一礼し、ここのマネージャーになることを報告したところだった。

 ……お分かりいただけただろうか? 女子・・しかいない女子ラクロス部に、男子・・である俺がマネージャーとして入部したことの意味不明さが。

 作戦会議の翌日。

 俺は女子ラクロス部の門を叩いていた。米家先輩にボディガードの件を伝えると、あっさり認められ、めでたく話はまとまった。

 まあここまではいい。ボディガードっての以外に、変なところはない。

(女子ラクロス部に入ってしまいませんか?)

 ところが話はいきなり、変な方向に進む。くにゅり。ここんとこ耳を疑うような台詞ばかり続いているな。

(先輩、ここって女子ラクロス部ですよね?)

(部室でも一緒だと安心だから。マネージャーなら未経験者でもいいし)

 経験者でもよくない。

 高校野球のノリで、異性をマネージャーに加えてはいけないんじゃないか? たとえば密室の空間。そこでのお着替え。俺はどうやって耐えればいい?

(せっかくだし、みんなの着替えくらい手伝ってよ)

 むしろお着替えに参加する方向だった。いやいや米家先輩。

(どっちかっていうと、社君がお着替えさせられちゃうかな。みんな社君のことを気にかけていたから)

(自分のボディをガードってことですか!?)

(みんな一斉に襲うんじゃないかな。せっかくの男子だし。私も参加するつもりだから、ちゃんとボディをガードしてね)

(依頼人がボディガードを襲うって、100%おかしいですよね)

(あはは、そうかも)

 先輩は楽しそうに笑った。社君っておかしいね、と。

 そこは笑うところじゃないし、おかしいのはそっちだから、というツッコミはしなかった。先輩とはほぼ初対面だったし。

 そして話は戻って現実。女子ラクロス部。

 俺の入部宣言に、彼女たちは大いに沸いた。しなちは彼女と別れたの、マネージャーはなんでも言うことを聞くんだよ、スパッツってはいたことある、優しくするからね、痛いのは最初だけだから、などなど。矢のように質問と命令が降ってくる。最初は痛い? 何が?

「はいはい、おしゃべりは練習が終わってから」

 そう先輩が言うと、一気にみんなが緊張する。そして各々、俺に目配せしながら、グラウンドへとでていった。

 逃げだしたい衝動を抑えつつ、俺もグラウンドに続いた。


 □■


 俺はグラウンドにでると、隅のほうで体育座りをしながら練習風景を眺めていた。

 クロスと呼ばれる網のついた棒を操りながら、ボールを奪い合い、敵のゴールネットめがけて動き回ってる。激しい接触が何度となくあり、そのたびにかけ声や怒声が響きわたっていた。練習とは思えない気合いの入れようだ。

 ――ん、そういえば米家先輩の姿がないような……。

「面白いでしょ」

 俺の隣に米家先輩が座ってきた。練習に参加しないのか聞くと、今日はいいから、と返ってくる。俺に気を遣ってくれているのか。

「イメージしていたのと違いますね、ラクロスって」

地上最速・・・・格闘球技・・・・って言うくらいだからね。なのに、このスカートがだますんだよ」

 先輩はスカートをつまんで動かしてみせる。

 俺はとっさに視線を逸らした。いくらスパッツをはいていても恥ずかしいって。

「ラクロスは競技人口が少ないからメンバーがそろわないんだよ。12人いる花園学園は、とっても珍しくてね」

「そうなんですか」

 俺は何気ない仕草を装ってグラウンドへと視線を戻す。クロスがぶつかり合いながら鈍い音をだしている。あれでは生傷が絶えないだろうな。

「あの、米家先輩――」

「――米家さん、でいいよ」

 横を見ると、笑顔の先輩。心臓がどきりとした。

「……じゃあ、米家、さん」

「はい」

 白い歯がますます輝いた。

「怪我とか、しないんですか?」

「するする。擦り傷とか切り傷はしょっちゅうだし、鼻の骨折ったり、歯が欠けたりもするよ」

 ほら、と先輩はおでこの絆創膏を剥がした。1センチほどの傷跡が顔をのぞかせる。

「クロスをぶつけられて切ったんだよ。形成外科に行けばいいんだけど時間がとれなくて。これ張ってごまかしてるんだ」

 再び、絆創膏で覆われる傷跡。先輩は苦笑いだった。

「でも、すごいかっこいいと思いますよ」

「そう?」

「それって勲章というか、ラクロスに打ち込んでるっていうか、米家先輩らしい――」

「――さん、だよ社君」

「あ……っと、米家さん、らしいです」

「あはは」

 米家先輩は、苦笑いから笑顔になっていた。

「どうせなら、かわいいのほうが嬉しかたったけどな」

 おおげざに残念がる先輩。

 笑う先輩を見ながら思った。かわいい人にかわいいと直接言うことは、わりと難しいんだなって。


 □■


「……長かった」

「社君は大人気だね」

 人気のない校舎を、俺と米家先輩は並んで歩いていた。

 グラウンドでの練習が終わり、戻ってきた部室では、俺への質問攻めが待っていた。永遠に続くんじゃないかと感じられた質問が終わる頃、すでに外は暗くなっていた。

「社君がマネージャーで大正解みたい。紅莉栖くりすも気に入ってくれたし」

「……明日からは、着替えは、外にいていいですか……?」

「どうして? みんな喜んでたのに?」

 先輩はあっさり言い放った。着替えを見せつけられながらの質問攻めは、俺が喜ぶだけだから。この楽園は俺には耐えられない。

「変なの、社君は男の子なのにね」

 先輩は笑って、重そうな荷物を担ぎ直す。それにはユニフォームやクロスにシューズなどが入っている。手伝おうかと声はかけたが、自分の道具は自分で手入れすることにしているの、とやんわり断られていた。

 ただ、荷物が廊下のスペースを奪い、俺たちの距離が近くなってしまっている。

「あ、すみません。さっきから……」

「いいよ。全然気にしてないから……」

 そのせいで先輩の腕や肘に触れっぱなし。

 これは祭門部部長に教えてもらったのだが、校舎の廊下は、古いデザインを活かして狭いままらしい。生徒の接触回数を増やすためなのだとか。恋に落ちるための設計もいいが、火事でも起きたらどうするつもりなんだろうか。

「…………」

「…………」

 俺と先輩は押し黙る。何度も謝るのは変だし、かといってさっきの話題は終わっている。無視しようとすればするほど気になっちまう。自然と早足になっていた。

 ようやく下駄箱のスペースに到着すると、俺たちは、ふぅ、と一緒にため息をもらした。それがおかしくて、俺は吹きだす。

「ちょっと社君、笑わないでよ。失礼だな」

「米家先輩が笑うからですって」

 すでに彼女も頬を緩めていた。

 下駄箱をでると、俺たちはおしゃべりをし始めた。女子ラクロスのルールやフォーメーションについての、米家さんからのレクチャーが中心だった。

 理屈は分かるけど理解できない。俺はそんな顔をしていたんだろう。

「やったほうが早いよ」

 先輩は、肩にかけていたクロスを渡してきた。俺はそれを受け取る。

「ボール投げるから、それでキャッチしてみて」

 先輩は荷物をおろすと、そこからボールを取りだす。そして、浮かべるようにボールを投げた。あっさりネットに収める俺。なんだ楽勝じゃないかと思った瞬間、ボールはネットを滑り落ち、道路のアスファルトに落下した。おかしいな。

「えっとね、こうやって遠心力を使うんだよ」

 その様子に先輩はくすくす笑っていた。

 彼女はボールを拾い、ネットに乗せ、俺の手のうえから、クロスを握ってくる。そして手首を動かしボールを維持してみせた。後ろから抱きつかれるようなかたちが恥ずかしくて、俺は自分でやってみます、と彼女の手をすぐほどく。で、やっぱりボールは落ちてしまう。

「あはは、へったくそだなー」

「…………」

「どうしたの? もしかして怒っちゃった?」

「……あ、いや。難しいなって思って」

 俺はボールを拾い、先輩に返す。

「最初はこんなもんだよ。社君だって練習すれば、私たちと一緒に試合できるくらいになれるから。なんでも繰り返し。私のことも、さん、って呼べるようになるよ」

「……また間違えてましたか、俺」

「うん」

 ボールを片手に、笑顔の先輩。

 彼女を見ていると頭がぼーっとしてきた。マネージャー初日だから疲れてんのかもしれない。


「今度こそ、先輩は止めてもらうからね」

 気持ちがふわふわしている。今日は早く寝てしまおう。


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