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恋する規則のパラドックス  作者: じんたね
3/26

1・2 かりすまアーキテクチャー

「やばい、見つからねえ……」

 またも俺は頭を抱えながら、机に突っ伏している。

 俺と素子が所属する1年星組は、すでに放課後になっていた。

「ほんと、見つかんないね」

 俺の脇を小突きながら、素子が調子を合わせてくる。ちょっと声が弾んでるな。

 例外事項の祭門部さんを求めて、数日が経過していた。教室という教室をすべて回ったのに、どこにもいない。文芸部の部室も何度か覗いてみたが、いつも無人状態。

 ――祭門部様は本当に素晴らしいお人です。

 ――祭門部様のためなら、私なんだってします。

 ――ああ、祭門部様、祭門部様。どうか私の恋を叶えてくださいまし。

 俺が見つけられたのは強烈な噂話だけ。一体何者なんだ。だって祭門部「様」だもんな。聞けば、とにかく忙しい人なのだという。どうしよう。半年の猶予期間があるとはいえ、早めに捕まえないと退学処分になっちまう。

「どーする? もう名前書いちゃえば?」

 俺の目の前で、誓約書をひらひらさせる素子。品近はシスコンだから苦労するね、なんて鼻歌交じりだ。ああ、祭門部様、祭門部様。この憎たらしい幼馴染を懲らしめてください。


「祭門部様、ありがとうございます!」


 すると、どこからか女子の歓声が聞こえてきた。祭門部様という名前と一緒に。俺は教室を飛びだし、その方向を探る。廊下の曲がり角に女子の集団。彼女たちに手を振りながら、しゃなりしゃなりと歩く生徒がいる。あれだ。ついに見つけたぞ。

「待ってください、祭門部さん」

 俺は叫びなから駆けだした。すぐに背後から追いつく。彼女は顔だけを向けてくる。

「俺は、1年星組の品近社って言います。聞きたいことがあって祭門部さんを探してました」

「品近、さん?」

 彼女は俺に身体を向けた。

 すらりと細く背は高い。動きのある髪は短く切りそろえられ、少年のようなあどけない雰囲気を帯びている。言葉を発するたびに、ゆっくり動かされる唇が心をざわつかせる。男女という分類では、捉えきれない魅力に満ちていた。

 そんな祭門部さんは、俺を見つめ続けている。

「……俺の顔、変ですか?」

「い、いえ。そのようなことはありません」

 こほん、と祭門部さんは咳払いをした。

「申し訳ありません。突然のことで驚いておりました。聞きたいことというのはなんでしょうか?」

 祭門部さんは落ち着いた態度で話を戻す。

 俺は、彼女の誓約書に名前が書かれていないのではないかと聞いた。

「おっしゃるとおりです」

「まっ、まじですかっ!」

 祭門部さん、おっしゃるとおりって言ったよな!?

「一体どうすれば、名前を書かなくても残ることができるんですか!?」

「お教えするのは構いませんが、ただ、お役に立つかどうか……」

 祭門部さんは人差し指をあごに添える。

「大丈夫です! 教えてくれさえすれば、あとは自分で考えますから!」

「分かりました」

 やったぞ。これで名前を書かなくてもいい。

「私についてきてください。直接、ご覧になられたほうがいいと思います」

 祭門部さんは、ゆっくりと歩きだした。ああ、祭門部様、祭門部様、どうか俺の願いを叶えてくださいまし。


 □■


「もう学校には慣れましたか?」

 黙々と祭門部さんに続いていると、話題を振られた。

「最近、やっと道に迷わなくなりました」

「何よりです」

 嫣然えんぜんと微笑む祭門部さん。

 俺たちは今、花園学園の1階にいて、北側を目指している。ここは1年生の教室が並んでいるだけでなく、事務室や校長室、そして生徒会室もある。2階には2年生、3階には3年生の教室があるってわけだ。それくらい分かるさ、祭門部さんを探し回ったからな。

「花園学園は充実した施設をようしています。積極的に利用されるとよいでしょう」

「この件が片付いたら見てみます。で、施設って何です?」

 祭門部さんは、おや、と首を傾けた。俺もつられて、あれ、と同じ角度になってしまう。

 そして隣を歩いていた素子が、にっ、と笑顔になる。

「素子、そもさん」

「なあに? せっぱ」

「どうしてお前がここにいるんだ?」

「全力で走って追いついたからだよ? 当たり前じゃんか」

「俺の疑問は、当然のごとく俺と祭門部さんとのイベントに、お前が顔をだしてることにある」

「品近の誓約書がどうなるか気になるじゃない」

「心配しなくても、お前の名前なんか書かねえから」

「品近がお姉ちゃんの名前を書かないかどうか、心配だったし」

「さすがにねえよ」

 仲はいいけど、俺と姉ちゃんは姉弟だからな。

 こっそりお姉ちゃんの下着を手にとってみたり、布団に潜り込んでみたり、わざとシャープペンシルを自分のと交換したり、って程度だ。弟ならどこの誰でもするようなことだろ。

「そんな照れなくてもいいのに」

「この会話の流れの、いつどこで、俺は照れたんだ?」

「かわいい幼馴染が構ってくれて、本当は嬉しいんだよね」

「照れるってそっちかよ。姉ちゃんの話はどこいった? あと、かわいいとか自分で盛んな」

「いいよ、お礼は。私の誓約書に名前を貸してくれるだけで」

「素子、元も子もないぞ、それ」

 こいつとは、いつもこんな感じだ。会話が噛み合っているようなそうでないような。

「少し、寄り道をしましょうか」

 祭門部さんは、くすくす笑いながら懐中時計を取りだして、時間を確認した。

 こら素子、お前のせいで笑われてしまったじゃないか。

「すでにご存じでしょうが、ここには風変わりな校則があります」

「恋に落ちなければいけない、っていうあれですね」

「はい」

 祭門部さんは、途中で方向転換をして、東側へと向かい始める。

「とはいえ、生徒の自助努力に任せるだけでは、校則が形骸化してしまう。恋に落ちる(・・・)という言葉のとおり、意図的にしようとしてできるものではありませんから」

 すると視界の向こうに渡り廊下が見えてきた。

 こんなところに廊下があったなんて気づかなかった。体育館へつながっているのとは別のやつだ。

 祭門部さんが先陣を切る。俺たちが続いていくと、行き止まりから木製の扉が出迎えてきた。それはドアベルやステンドグラスで装飾されていて、周辺には、甘くて香ばしい香りが漂っている。

 扉の前に到着すると、祭門部さんはくるりと後ろを向いた。

「喫茶店になります」

 はい?

 喫茶店って言ったか? さっき。

「清涼飲料水や軽食などの嗜好品が提供される空間であり、あらゆる談話の場として機能しながら、利用者の息抜きにも資する施設のことです」

 俺の疑問を先回りするように喫茶店の説明をする。

 あの、お気持ちはありがたいのですが、そこに疑問を感じているのではなくて。

「ここ学校ですよね……? お金払ったらコーヒーとか飲めるんです……?」

「生徒証があれば無料ですよ」

「まじですか!?」

 祭門部さんは、口を隠しながら笑う。

 いや、俺の反応は普通だって。だって学校じゃないか。お茶飲んでどうすんだよ。ぼーっと聞いてて驚かない素子のが、よっぽど変だろ。

「数年前に設置されたそうです。あの校則――恋色エクリチュールのために」

 あ、なるほど。そういうことか。

 喫茶店で茶を飲んで、仲良くなれって意味なんだな。

「相手の好感度は、接触回数に正比例するといいます。学外で不埒ふらちなことをされるよりは、学内で管理してしまったほうがいい、ということでもあるようです。ちなみに、ショッピングモールもありますので、こちらも確認されればよいでしょう」

 俺は言葉を失っていた。

 恋に落ちることが大切だってのは、まあ百歩×百歩譲って分からんでもない。でも、そのために喫茶店を作ろうって発想は斜めうえすぎる。そんでショッピングモール。考えた奴は頭がおかしい。

「元々は、普通の女子高校でした」

 祭門部さんは説明を続ける。

「心情豊かで女性らしい生徒になって欲しい。創設者の花園慶子の願いから、恋色エクリチュールの原型が作られました。当時は退学処分などもなく、遊び心の延長だったようです」

「全然違ってたんですね」

「今では恋色エクリチュールをめぐるトラブルが絶えません」

 では戻りましょう、と祭門部さんは歩みを再開する。

 そのまま校舎に戻ってくると、俺は校舎中央にある中庭に視線を移した。ペアで座れるベンチがあり、男女が仲睦まじくささやいている。

 花園学園は、上空から眺めると、大きな正方形の中に、小さな正方形のある入れ子構造をしている。この小さな正方形に当たるのが中庭だ。それをぐるりと廊下が囲んでいて、スライド式のガラスドアが四方向にあり、どこからでも入れるようになっている。

「喫茶店と同じです」

 祭門部さんは歩きながら、俺が見ている男女に視線を重ねる。

「このガラスドアはマジックミラーになっています。私たちからは筒抜けでも、内側から私たちを見ることができません」

「え、どうしてそんな……」

 変な設計をするんだ。わざわざ見えない他人に監視されなくたって。

「生徒には好評です」

 祭門部さんは言った。

「監視されている感覚が気分を高めるそうです。観察する側も対抗心を燃やすのだとか。生徒会会長の蕗奈――いえ、久利蕗奈くり ふきながここを作ってから、誓約書の記名率は伸びました」

「……そう、なんですか」

 見られて、見せて、恋し、恋される。

 今さらながら、俺はとんでもないところに入学したことを実感していた。

「目的地に到着しました」

 祭門部さんは歩みを止めた。とある部屋の入口を指差している。


『女子ラクロス部』

 アットホームなデザインの看板が、俺たちを出迎えていた。

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