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恋する規則のパラドックス  作者: じんたね
25/26

 4・8 刹那アイドリング

「パソ子さん? パソ子さん?」


 祭門部楽羽はパソコンに向かって呼びかけていた。


 ついさっきまで会話をしていたパソ子が返事をしなくなったからだった。キーを押しても反応しない。笑顔のまま固まっている。


「パソ子さんにまで嫌われてしまったのでしょうか」

 彼女はソファに背中を預ける。



 ――待ってください、祭門部さん――



 年度の変わり目。品近茜の弟が入学したと知りながら、忙しくて何もできなかった頃。


(俺は、1年星組の品近社って言います。聞きたいことがあって祭門部さんを探してました)


 向こうから声をかけてきた。


 その顔を見たとき、ショックのあまり心臓が止まるかと思った。茜そっくりの一重まぶたに、どこか間の抜けた雰囲気。彼女が行方不明になったとき、ちらりと見かけた姿がよみがえってきた。たった1年でずいぶんと成長している。


(俺を文芸部に入部させてくれませんか)


 彼からの提案がなければ、自分から誘っていた。

 例外措置になりたいのなら考える、ただし文芸部を手伝ってくれるのなら、と。


 彼と一緒の彼女も、本当によく仕事をしてくれた。部室の掃除からスケジュールの管理、そして女子ラクロス部での調査まで。自分の意地で始めた講演活動だったのに。部室でおしゃべりするのも楽しかった。


 でもずっと不安だった。



 ――姉ちゃんを行方不明にしておきながら、俺を利用するんですか――



 茜のことを隠し続けてきたから。真相を知れば、きっとこう思われるに違いない。


「蕗奈は、もう教えているでしょうね」

 彼は生徒会を訪問したいと言いだした。


 恋色エクリチュールを快く思っていないし、できれば廃止したい。米家初夏とのことで、そう考えているからだろう。でもそれだけではなかったはずだ。生徒の情報を一番把握しているのは生徒会。茜を探すのなら一度は行っておくべき場所だから。


 文芸部の目的を聞かせたのは、米家初夏のことがあったからではない。嘘をつき続けることに耐えられなかったから。



 ――そんなこと聞かされても姉ちゃんは帰ってきませんよ。虫がよすぎませんか――



 彼の目的は恋愛ではない。例外措置を受けて、記名相手との細々した面倒を避け、茜探しに集中することにある。


 どうして電話をもらったとき、茜とのことを教えてあげられなかったのか。蕗奈から聞かされればどうせ同じことなのに。まだそのほうが嫌われなかったかもしれないのに。


 真実を口にする勇気はない。

 けど隠し続ける強さもない。


 祭門部「様」などとおだてられていても、自分はただの臆病者でしかなのだ。


「帰りましょう」

 パソコンを閉じると、祭門部は部室をでていった。



 □■



「失礼します」「しまぁす」


 翌日の早朝。文芸部。

 講演会資料を確認していると、品近社と宇井戸原ういとはら素子が部室を訪れた。報告書を提出してきました、と。


「久利会長に会って話を聞くことができました」

「そう、ですか」


 言葉が続かない。宇井戸原もなぜか口をつぐんでいる。

 自分の言うべき台詞せりふは分かりきっているのに。



 文芸部の活動に協力できそうですか?――品近さんは茜のことを聞けましたか?――私と蕗奈のどっちを選びますか?



「俺は」

 彼は言った。


「恋色エクリチュールなんてどうでもいいと思ってました。姉ちゃんを探せればいいって。例外措置になっておけばそれができますから」


「ええ……」


「けど、米家さんとのことがあって、そう思えなくなりました。あれのせいで悲しむ人が生まれる。それは姉ちゃんも一緒だったんじゃないかって。俺だけ無記名でのうのうとすごしていたら、もし再会できたとしても合わせる顔がない気がしました」


「……品近、さん?」


「俺、恋色エクリチュール廃止活動を、ここで一緒にやりたいです」


 この世界に小説のようなことは起きない。


 ご都合主義とは物語のいいなのだ。本音は誰にも届かない。あんなに楽しかった3人の関係は一瞬で粉々になったではないか。茜は帰ってこない。蕗奈も文芸部を離れていった。


「部長には悪いと思ったんですけど、素子にも話しました。で、こいつも文芸部にいたいって」


 それでもこの世界には希望がある。


 恋色エクリチュールがなくなれば茜が戻ってくるのではないか。弟も賛同してくれるのではないか。言葉にならない感情が込みあげてくる。


「品近さん、ありがとう。素子さん、ありがとう」


 その感情が嗚咽おえつとなってあふれでないように祭門部は微笑んだ。


 放流を許してはならない。ご都合主義という名の偽物なのだ。臆病者の嘘は罪でしかない。品近社をだましていたことは事実なのだ。


「また放課後に」「お願いします」


 品近社と宇井戸原素子は部屋をでていった。


 彼らの姿が見えなくなると、緊張の糸が切れた祭門部は、その場に崩れ落ちた。


 たった1人で信じてきた。恋色エクリチュールさえなくなれば。それだけを支えに花園学園に無記名のまま残り、講演活動を続けてきた。理解者などいらない。いつか茜との再会を果たすことができるのならば。



 だが、これからは……。



 祭門部楽羽は、手で顔を覆い、それを必死に抑え込もうとした。だが、それは勢いを増すばかりで止まらない。



 今だけは。

 一瞬だけで構いません。

 どうか偽りの感情に身を委ねることを許してください。お願いします。



 彼女は祈るように、しばらくその場にうずくまっていた。

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