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恋する規則のパラドックス  作者: じんたね
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1・1 せいやくガイダンス


「俺の人生が、詰んだ……」

 体育館での入学式に耐え、教室での新入生ガイダンスを生き残ると、俺は机に突っ伏した。

「品近、そもさん」

 俺の首を、何者かがわしづかみにする。それを引っぺがしながら、「せっぱ」と答える。頭を横に回すと素子の顔があった。

「どーして落ち込んでんの? ここは大好きなお姉ちゃんの学校だよ?」

「……お前、さっきのガイダンス聞いてなかったのかよ」

「聞いてたけど、よく分かんなかったし。ま、いいかなって」

 俺は身体を起こすと、机に置いてあった生徒手帳を見せた。さっきのガイダンスで配られたものだ。その表紙には『恋色こいいろエクリチュール』という金箔文字のタイトルが輝いている。

「ここを読め」

 俺は1枚ページ目を開く。


1 花園学園の生徒は、恋に落ちなければならない。それが本学所属の条件である。

2 恋愛関係は、所定の段階を踏まえながら進められる。

3 清く、正しく、美しい恋愛実現のため、本学生徒は、独自のカリキュラムを学ぶものとする。

4 恋に落ちるための校則である恋色エクリチュール(以下、「エクリチュール」と表記)は、生徒の一般意思を反映した最高上位規則であり、その理念に反する下位規則はこれを一切認めない。

5 生徒の一般意志を代表する機関である生徒会は、エクリチュールを厳守し、生徒の恋愛を全力で支援しなければならない。

6 生徒は、学園の伝統と誇りを自覚し、卒業後もエクリチュールの理念を遵守するものとする。

7 エクリチュールは、生徒の協議によって改定することができる。


「読んでも分かんないし」

 素子は、眉間にしわを寄せた。

 まあそうだな。素子には説明がいるかもしれない。

「要するに、ここに残りたければ、恋に落ちろってことだ」

「恋に落ちなかったら、どうなっちゃうの?」

「退学だ」

「ええっ! それって酷くない!?」

 ようやく素子は、事情を理解する。

 あの校則は1ページだけじゃない。細かい決まりごとが続きのページに並んでいる。その1つがこれだ。


2・2 恋に落ちない場合、以下の順に処される。①勧告・通達、②生徒会による是正指導。そののち、半年の経過をもってしても改善されなければ、③退学処分とする。


 是正指導があってから半年以内に恋しなければいけない。「本学所属の条件」を満たしていないからな。

「あ、いいこと思いついちゃった」

 素子は、にししと笑う。

「恋に落ちてるって嘘つけばいいよね? そしたら退学になんないし」

「俺も考えたけどな、それ」

 俺は生徒手帳の最後のページから、名刺サイズの厚紙を引っぱりだした。

 その右上には『生徒会』という角印があり、中央上部に『誓約書』というタイトル。タイトルのしたに2本の罫線が引かれてある。

「この誓約書ってのに、自分の名前と、恋に落ちた相手の名前を書かないといけない。お互いが合意したうえで、直筆じゃないとだめだ」

 そして名前を書いたあと、誓約書を生徒会に提出する。そこで受理されて、ようやく恋に落ちたことが認められる。

「んー」

 素子は、両目を閉じ、眉間にしわを寄せて、そこに人差し指を当てている。「そーだ!」と勢いよく両目を開いた。

「だったら――」

「――断る」

「まだ何も言ってないじゃん!」

「品近と私の名前を書けばよくない、って言うつもりだろ?」

「だって面倒くさいし。そのほうが楽でしょ」

 こいつは分かってない。

 もし素子の名前を書いてしまったら、花園学園から恋人認定を受けることになる。それは所定の方法にしたがって距離を縮めなければならないってことだ。

 冗談じゃない。素子なんかを恋人にしたら、姉ちゃんに本気で心配されるじゃないか。

 すると、ばちん、といきなり熱い衝撃がほっぺたを襲ってきた。俺はびっくりして素子を見つめる。

「なんか顔見てたら、平手打ちしたくなっちゃって」

「ええっ! それって酷くないっ!?」

 そんな理由で幼馴染を打つとかすごくないか。しかも打った本人は平然としているって。くそう、俺は忘れないからな、この理不尽。

「でも、私じゃないとしたらどーするの? 書く相手いないじゃん。シスコンだし」

 やはり打った当人は、打たれた者の痛みなどまるで気にしせず話を進める。

「ぐっ……」

 俺は言葉に詰まってしまう。素子に腹が立ったからじゃない。それに悔しいけれど、素子は正論を言っている。

 正攻法で考えると、俺の選択肢は、この2択になる。


①相手を見つけて、名前を書く。

②相手を見つけず、退学処分に甘んじる。


 ①は論外だ。恋人どころか友だちすらいなかった俺に、相手を見つけることなどできるはずがない。でも②だと、苦労して入学した意味がなくなっちまう。姉ちゃんと一緒にいられない。

「素子、例外事項がある」

 だけど、どんな二者択一にも第三の道、というのがあるものだ。

「例外?」

 素子が首をかしげたところに、俺は生徒手帳の、とあるページを見せつけた。


2・2・1 ただし、入学・転学・病欠等の事情がある場合は、猶予期間を設ける。

2・2・2 前項の事情に当てはまらない事情については、生徒会の協議によって対応を決定する。


 意図してかどうかは知らないけれど、この条文は生徒手帳にひっそりと書かれていた。見逃すはずがない。さっき落ち込みながらも必死になって読みあさったからな。恋に落ちなくても個別の事情があるのなら、生徒会が話し合って考えてあげますよ、とあるのだから。

 で、大事なのは、この「事情」という言葉で何が想定されているかだ。

 校則に具体的なことは書かれていない。だが新入生ガイダンスで担任の言ったことがヒントになっていた。

 ――文芸部の祭門部さいもんべみたいな例外事項があるが――

 誓約書に名前がないまま花園学園に在学してる生徒がいるんだよ。例外事項扱いとして。


③祭門部という生徒のように例外事項になる。


 これが第三の道だ。もし誓約書がそのままでいいなら、悠々自適ゆうゆうじてきに姉ちゃんとすごせるぞ。

「素子、お願いがある」

 俺は椅子から立ちあがる。文芸部の祭門部という人を探してくれないか、と言った。

「そんなうまくいくかなぁ」と、素子は首を左右にかしげる。

「もし見つけだせたら、なんでも言うことを聞くから」と、俺は頭をさげた。

「だったらしょうがないね。なんでも、だもんね」

 素子はにっこり笑顔で答えた。言うことを聞いてもらいたいしね、と不穏につぶやきながら。なんでもってのは言いすぎたかもしれん。

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