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恋する規則のパラドックス  作者: じんたね
19/26

4・2 解体ワーキング

「あ、ちょうどよいところに」


 いつものように講演会から帰ってきた部長が、俺たちに気づいた。

 俺がショッピングモールで買ってきたかりんとうを補充し、素子がそれを食べるという地産地消の途中だった。ちなみにパソ子は登校した直後部室に返却している。授業に持ってくのは勘弁だったからな。


「文芸部の目的ついて、ご相談したいことがあります」

 部長がソファに近づいてくるのを見ながら、俺は隅っこに箱買いして置いてあるペットボトルのお茶をとりにいくために立ちあがった。


「文芸部の目的?」「相談、です?」

 俺はペットボトルをテーブルに置きながら、ソファの部長と素子に合流する。ありがとう、と部長はそれを受け取った。


 文芸部の目的。

 恋愛に悩める高校生を啓蒙すること。

 講演を通じて、恋愛の素晴らしさを説き、相談があれば真摯に対応すること。

 生徒会との協力関係を保ちつつ、恋色エクリチュールにしたがうように生徒たちを導くこと。そんなところだと思っていたが。


「本来、文芸部は恋色エクリチュールの廃止を目指しているところなのです」

「は、いっ?」「えーっ!?」


 俺は袋からかりんとうを、ばらばらとこぼしてしまう。

 素子はそれをつまんだまま静止画像のように止まってしまった。


「あのシステムには欠陥があります。退学という罰則のせいで、自然な感情に任せた恋愛を阻害してしまっています。生徒の恋愛を支援する文芸部として見捨ててはおけません」

 部長はペットボトルをテーブルに置き、こぼれたかりんとうを拾いながら言った。

 俺も慌ててかりんとう拾いに参加する。

 文芸部が恋愛相談を再開してから、その件数は伸び続けている。たしかに相談内容は多種多様だが、退学が怖いという感情が根っこにある。


「恋色エクリチュールの7条には、協議によって改定することができるとあります。前例こそないですが、改定だけではなく廃止も可能であると考えています。たとえば反対署名を集め、生徒会に提出することによって」

 俺と部長は、ようやくかりんとうを全部拾い終える。ありがとう、と部長は言った。

 俺はソファに座り直し、部長のほうを向く。

「とはいえ、恋色エクリチュールの廃止を訴え、退学させられたのでは元も子もない。かといって退学処分を避けるために記名相手を探すなど本末転倒です。エクリチュールに反対しつつ、ここに留まるすべはないかと頭を悩ませ、苦肉の策として考えたのが――」

「――講演活動、ですか」


 俺の台詞に、頷く部長。

 たしかに部長は、誓約書に記名しろと言ったことはない。ただ、自分の気持ちにしたがう恋愛は素晴らしいと説いていただけ。


「ですがエクリチュールの廃止は遠のきました。講演活動が生徒会の認可を得ているからです。私が何をしゃべっても誓約書への記名を勧めていると受け取られますからね」


 部長はちょっと困ったように笑うと、今後はエクリチュールを廃止すべきだと訴えたいのです、と言い切った。

 なるほど。

 部長の考えは分かった。花園学園に留とどまりつつ、恋色エクリチュールを廃止しようってことだな。これまでは講演活動でどうにかしようとしたが、それも難しいってことなんだろう。たぶんだけど、米家さんの一件があったからじゃないかな。だって米屋さんも部長の講演を聞いてたわけだし。

 だけど、部長の考えを実行するのは難しい。だって――


「そんなことをすれば、まず間違いなく例外措置を剥奪されます。私だけではなく品近さんや素子さんにも悪影響が及ぶはずです」


 そうだ。

 これは生徒会、いや花園学園に対して反旗を翻すことだ。そんなことをしでかせば生徒会は黙っちゃいない。すぐにでも部長の例外措置はなくなるだろうし、無事にここに在学できるかどうかも怪しくなってくる。

 俺と素子の例外措置だって、まず間違いなくだめになるだろう。せっかく苦労して手に入れたんんだが。


「ですので、生徒会が処分をくだすまでのわずかな間隙を狙って、恋色エクリチュールを廃止しなければなりません。講演会を通じて署名を募りつつ、部活動協議会を味方につけることができれば脈はあると考えています。厳しい闘いになろうことはお察しのとおりですが」

「…………」「…………」

 俺と素子は、伏し目がちにお互いを見る。

 

「ここは文芸部。部長の一存のみでは決定できませんし、そうしたいとも思いません。部員であるお2人の意見を尊重したいのです。お考えを聞かせてください」

 

 □■

 

「品近、そもさん」

 花園学園の下駄箱。

 部室をでてから続いていた沈黙を、素子が破る。俺は歩きながら読んでいた生徒手帳を収め、せっぱと答える。


「さっきの話、どう思った?」

「……そうだな」


 俺はスニーカーに履き替えながら、返事を保留する。


「せっかく例外になったしな。ここで手放すなんてのは、正直勘弁して欲しい」

「じゃあ、ぶちょーに反対?」

「…………」


 俺の口からは生返事もでてこなかった。

 これからようやく姉ちゃん探しに専念できるってタイミングだったしな。

 けど、部長の考えには賛成してもいる。あれのせいで米家さんの事件は起きたようなもんだ。できれば恋色エクリチュールなんかなくしてしまいたい。


「廃止とか、スケールがでかくてイメージできない。本当にできるもんなのかって感じてる」

「校則になしにできるって、書いてあるんだよね?」

「なしじゃなくて変える、ならな」

「うーん……」

 素子もスニーカーに履き替えた。


「なんかさ、私たちってぶちょーにはいっぱい助けてもらったよね」

「そうだな」

「それに文芸部って、ずっとぶちょーが支えてきたでしょ。品近と私なんか入部してまだちょっとだし」

 無記名にさせろと迫った俺を、部長は追い返さなかった。

 さらに俺たちの入部を認め例外措置を得られるまでになっている。俺たちが茶菓子をのんびり食っていられるのは部長のおかげだ。


「例外じゃなくなるのが嫌だっての、すごい分かるんだけど、私はぶちょーの言うとおりがいいかなって。品近には悪いけど」

「……俺だって部長に反対しているわけじゃないんだよ」


 ただ実現の見込みがないってのが問題なんだよ。

 署名集めをして、どれだけ賛同する人がいるのか。部長からの頼みなら断らないかもしれないが、タイムリミットは生徒会が例外措置を剥奪するまで。米家さんへの素早い対応を見るかぎり、あんまり余裕はない。

 

7・1 エクリチュールの改定にあたっては、生徒会での協議のうえ発議し、全校生徒に提案して3分の2以上の承認を得なければならない。

 

 さっき生徒手帳を読んで確認した条文だ。

 改定に必要な数は3分の2以上。ハードルは酷く高い。しかも署名を全校生徒の承認としてカウントすることができるのかどうかが、この条文じゃ分からない。もし生徒会のさじ加減だとしたら見込みはない。


 生徒会、生徒会、生徒会。


 さっきからここに権限が集中している。何をするにしても生徒会を通さないといけない。

 一体、生徒会って何なんだ。どんな場所で、そこの会長っていう久利蕗奈はどんな人間なんだ。分からないことが多すぎて、判断できねえ。


 ――だったら、そうか。


 俺のやることは決まったようなもんだ。すべての道が生徒会につながっているのなら、そこさえどうにかできれば、すべての道は開閉自在のはずだ。

「品近、どったの?」

 ひょこん、と素子が顔を覗き込んでくる。シスコンでも再発したの、と。


「シスコンを病気みたいに言うな。病気なのはロリコンのほうだ」

「ロリコンって病気だったんだ」

「たぶんな」


 何とかフィリアって診断があるらしい。よく知らんけど。


「それって大変じゃない? 全国のロリコンに教えてあげないと、自分が病気だって分かってないんだよ?」

「止めておけ。素子のためにならん」

 俺たちは、すでに下駄箱から正門前に到着していた。

 帰り道は真逆。

「じゃあな」

「うんまた」


 そして別々の帰路についた。

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