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恋する規則のパラドックス  作者: じんたね
10/26

2・4 真相エルーシデイション

 米家さんのいない喫茶店。

 彼女にいて欲しかったような、そうでもないような。俺は氷水で薄くなっていたオレンジジュースを口に含んだ。淡い味がする。

「品近、そもさん」

 ぶふっ!? 俺は盛大にオレンジジュースをぶちまけた。

 鼻の奥がつんとするのを堪えながら紙ナプキンでテーブルを掃除していると、視界にあいつが入ってきた。

「……せっぱ、素子」

 俺たちのお約束にしたがって、その台詞を向ける。

「どーして2人で喫茶店にいたの? なんで断らなかったわけ? あと手を握られてたのは、目の錯覚だったりする?」

 素子の機嫌がえらく悪い。なぜだ――あ。

 喫茶店に行くって約束してたのに米家さんと先に来てしまったから、か。でもあの約束は文芸部の仕事を覚えてからにしようってことだっただろ。

「……俺が悪かった。だから素子、話を聞いてくれ」

 でも俺は謝ることにした。初動はスピードが命。生き残りたくば走れ、全速力で。これは俺が姉ちゃんから学ぶことのできた唯一の処世術だ。

「もう米家先輩でいいんじゃない? 無記名なんてめんどーなこと止めてさ。きっと先輩も嬉しいと思うよ? どーして品近がそわそわしてんだろって思ってたけど。文芸部に来ないのも、そーいうことだったんだね」

「分かってくれ素子。俺はボディガードだから米家さんと一緒じゃないといけなかったんだ。嫌がらせから守らないといけないし、女子ラクロス部に犯人がいたら大変だろ?」

「で、喫茶店に誘ったんだね」

「違う! 俺からじゃない! 米家さんに誘われてなんだ。だから素子との約束は――」

「――米家さんじゃなくて、米家先輩って言いなさいよぉ!!」

 素子は、俺のほっぺを両手で引っ張りあげた。

 クレーンのように男子を吊しあげる女子。きっとシュールな光景だ。てか、めっちゃ痛い。


「品近さんには困りましたね」

 すると今度は、部長の声が聞こえてきた。喫茶店の奥から姿を現してくる。

「お願いしたのはボディガードなのですが、デートですか?」

「ひっ、ひひゃいひゃひゅ(ち、違います)!」

 おかしくないか?

 どうして文芸部の人間が全員、同じタイミングで喫茶店に集結してるんだ? そういう運命さだめなのか? 俺がしばかれるのも運命だからなのか?

「例外措置を得るためにと、あれほど意気込んでいらしてたのに、さっそく記名相手を見つけたからと、当初の夢を断念するのでしょうか。文芸部に残る価値も意味もないですね」

「ふ、ふひょぉ(ぶ、部長)……」

 俺のほっぺたはあれだから満足にしゃべれなくて弁明できない。せめて部長にだけは分かって欲しかった……。

「ふふふ、もう止めましょう」

 部長はくすくすと笑いだす。「素子さん、もう許してあげてはどうでしょうか」と素子の手に触れた。俺のほっぺたは自由を取り戻す。

 テーブルを挟んで反対側。部長はソファの一番奥に座り、その隣に素子がつく。

「ごめんなさい。素子さんを喫茶店に誘ったのは私なのです」

 だったら素子も同罪じゃねえか。どうして俺だけ引っ張られなきゃいけない。

 素子をにらみつけると、「なによぉー!」と八重歯むきだしで威嚇いかくしてきた。

「品近さんと調査結果を共有しておきたいと考えていましたし、渡りに船ですね」

「でも、酷い乗り心地でしたよ」

 俺はじんじんしびれる頬をなでながら、説明を始めた。

 米家さんは真面目で、部員に恨まれるようなことはない。ただ紅莉栖光という人物が、かつて大事な試合でもめたことがあり、意地悪したくなると言っていたと伝えた。それでも彼女は白だろう、と俺のコメントを添えて。部長はじっと耳を傾けていた。

「私たちの番ですね」

 部長は顎に指を添える。

 部長によれば、2年花組における米家さんの評価もラクロス部と一緒だった。いつも真面目で恨みを買っている様子はない。それは部活動協議会でも同様だったという。

「部長、それって」

「犯人がいませんね、どこにも」

 そんなはずがない。あの偽造事件は明らかに悪意のあるものじゃないか。

「品行方正がゆえにそねみやひがみを買っている可能性も考えられます。今は様子を見ましょう。引き続き、米家さんから離れないようにしてください」

「分かりました」

「よかったね、品近」

 素子がむこうずねを蹴ってきた。痛ったいな、さっきから好き勝手しやがって。

「先輩と一緒にいられるよ? 大好きなスパッツだもんね。なんで男子って、こういうのが好きなの? まじで意味分かんない」

「は? ふざけんな。喫茶店に来たのはお前だって一緒じゃねえか」

「だって私はぶちょーだもん。ぶちょーは意味が違うもん」

「だったら米家さんだって同じだろうが」

「同じじゃありませんー。違いますー。あと米家さんじゃなくて先輩ですー」

「うっせえ。同じだろ」

「品近なんか知らないよーだ。品近なんて鳥の小鳥だし」

「……はあ? トリ? トリノコトリ? また素子語もとこごか。まじで意味分からねえし」

「教えてあげませーん。鳥の小鳥は、鳥の小鳥ですぅー」

 素子は、人差し指と中指をそろえて鎖骨をなでた。なるほど分からん。

 いつもこいつはわけの分からないことを言うが、その極端なものとして、オリジナルのジェスチャーや造語がある。それを俺は素子語と名づけているのだが、今回は一番意味不明だった。

 鳥の小鳥ってなんだよ。ひなか。それとも俺が鳥頭ってことか。

「考えたらー? 品近は頭がいいんでしょー?」

「あほらしくて考える気もせんわ」

 揚げ足とりの応酬を繰り返す俺と素子だった。

「夫婦喧嘩は犬も食わぬ、ですね」

 部長は店員さんを呼び止めると、パブロのレアチーズケーキとコーヒーを注文した。

 あの、止めるのは店員さんじゃなくて、部員のいさかいじゃないんですか、部長。


 □■


「ばかてすと品近のばかちか!」

 品近社と別れた宇井戸原ういとはら素子は、鼻を鳴らす。

 ひとしきり言い合ったすえ2人は別行動をとっていた。すでに彼は喫茶店をでており、彼女は店内に残っている。

「品近さんも一緒だとよかったのですが」

 祭門部楽羽は、2つ目のレアチーズケーキを口に頬張った。冷静な言葉遣いが、かえって2人の大人げない痴話ちわ喧嘩げんかを責めているように聞こえてしまう。

「すみません……」

 蚊の泣くような声で謝る宇井戸原。

「仕方ありません。それよりも」

 祭門部は話を進める。「私がお願いしていたものを持参されていますか?」と。

「あ、はい」

 宇井戸原はポケットからメモ帳を引っ張りだした。氏名・生徒番号・成績・部活動・記名の有無など、偽造誓約書の米家初夏のパートナーにかんする個人情報が記されている。

「あと、にせもの誓約書が提出された日もばっちり聞いてきました」

 さらに宇井戸原は別のページを開く。男子生徒の氏名と日付が、乱雑な字で書かれてあった。

「ありがとう」

 祭門部はメモ帳を受け取ると、ぱらぱらとめくり始める。

「あら」

 ふと何かに気づいた祭門部。

 ボールペンを取りだし、紙ナプキンにメモをしたため始めた。

 まず縦に線を5本、そして横に1本の線を引く。そうして4つのカテゴリーを持つシートを作成する。それに、日時・氏名・部活動・役職を割り振ると、生徒の個人情報をまとめだした。

「ぶちょー、何してるんですか?」

 宇井戸原はひょいと紙ナプキンを覗きこむ。


 日時     氏名     部活動    役職

 4月15日  大久保俊哉  バスケット  部長

 4月15日  太刀川 嵐  バスケット  副部長

 4月16日  徳川 道成  バレー    部長

       ・

       ・

       ・

 4月29日  小書 大覚  禅問答    部長

 4月30日  瀬名川当麻  禅問答    副部長


「素子さん、品近さんが女子ラクロス部のマネージャーになったのは、いつ頃でしたでしょうか?」

 宇井戸原には答えず、祭門部は質問をした。

「えっとぉ……、5月になってすぐだったと思います」

「4月30日の翌日、ですね……」

「ぶちょー? これって一体――」「――素子さん、お願いがあります」

 再度、宇井戸原の質問には答えなかった。

「女子ラクロス部について調べてもらえませんか? たしか昨年、全国大会に出場していたはずです。そのときの試合運びやメンバーも含めて。生徒会に記録が残っているので生徒会会長に聞いてきてください」

「へ? 女子ラクロス? 米家先輩に聞かないんですか?」

「はい。そのとおりです」

「けど、米家先輩のほうが簡単だし、詳しく教えてくれ――」

「――生徒会に聞けば、おそらく事件は解決しますから。トゥルーエンディングのためにはそれしかありません」

「えーっ!? もう解決です!?」

 宇井戸原は大きな声をあげた。

「わ、分かりました!」

 そして、生徒会室を目指して、脱兎のごとく喫茶店をでていった。

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