シナリオ屋(二) 「用心棒さん」
それは、あっしが一万回の旦那のシナリオを書いている最中のことですがね。
「おい! お前のシナリオで大変な目に遭ったんだ、感謝返せ! 」
「そう言われましても、何度も打ち合わせしましたし、お客さんだって、空で言えるほど読み込んで納得されて娑婆へ降りられたんだ」
「う…、そ、それは、」
娑婆から戻られて、血相変えて怒鳴り込んできたお客さんに、あっしは冷静に言葉をお返しします。
するとたいていのお客様は、ご自分が盛り込んだこと、とあきらめるんですが。
このお客さんは、よほど虫の居所が悪かったんでしょう、やおら刃物を取り出してきたんです。
「覚悟しろ」
「ひええ! そりゃあ八つ当たりってもんだ」
「うるさい! おとなしく斬られてりゃいいんだ! 」
「うわあ」
あっしは死なないとわかっていても(そうです。ここは娑婆とあの世の中間。とりあえず命がなくなることはごさいません)、斬られればそれなりに痛手は負います。やっぱり痛い思いはしたくありませんから、必死で刃から逃げ惑います。
ですが、とうとう部屋の隅に追いやられてしまいました。
ええい、こうなったら仕方ありません。なるべく小さくなって被害が少なくてすむようにと身体を丸めました。
「ぐえ」
「ひえっ! 」
すると、あっしが発したんじゃない声が聞こえて、けれどパニックになってたあっしはてっきり自分が斬られたもんだと思って、もんどり打って床に転がりました。
「うわあ、斬られちまったーああー、ああー…、…、あれ? 」
けれど、不思議なことにいつまでたってもどっこも痛くありやせん。
「? 」
キツネにつままれたように、目を開けて起き上がると。
「う、ぐぐ…」
「ひえっ」
目の前に、たった今あっしを斬ってやる、と息巻いていたお客様が倒れておられます。
「あ、あの、だいじょうぶ、ですか? 」
恐る恐る聞くと、頭の上の方から声がしました。
「峰打ちだ。刀を持っているくせに、情けない奴だ」
見上げると、そこには眼光の鋭い精悍な顔つきの男さんが立っておられます。
「え? あの」
そのお方は、無言であっしに手を差し伸べてきます。あっしはお礼を言うのも忘れてその手を取ると、ぐい、と勢いよく引っ張られて立ち上がることが出来ました。
「うう~、こ、この野郎。邪魔しやがって」
ようやく言葉を発することが出来たお客様が、少しふらつきながらやって来ます。あっしは情けないですが、また「ひえっ」と言いながら男さんの後ろに隠れてしまいました。
「もうよしておけ。今度は本当に斬るぞ」
言いながら男さんは、刀を逆さから元に戻します。そして、後ろにいるあっしでさえびびりそうな殺気を全身からかもし出されました。
「う…」
それに青ざめながら、お客様は刀を鞘に収められました。
「ふん! 今回はこれで勘弁してやる。もう2度とお前んとこには頼まねえからな! 」
と語気荒く言うものの、ちょっと震える足取りで店をあとにしたのでした。
「こっちだってお断りでさあ! 」
あっしはお客様の姿が完全に見えなくなるのを待ってから、あっかんべーをして言ってやったのでございます。
そして、あらためて男さんの前に回り込むと、丁寧にお辞儀をして言いました。
「どうもありがとうございます。どこのどなたか存じませんが、おかげで助かりやした」
「いや、仕事だから」
「へ? 」
「頭に頼まれて。自分のような奴のシナリオを引き受けたとなったら、危害を加える者が現れるかも知れないから、と」
その人は、なんと、一万回の旦那のもとで働いていた、用心棒さんだったのです。
「どうぞ」
そのあと、「それでは俺は目立たないようにしております」と、外へ出て行こうとするのを無理矢理引き留めて、まあまあと座って頂き、今、お茶を差し上げているところです。
「ありがとう」
差し出されたお茶をすすりながら、その方はどうにも落ち着かないご様子なんで、訳を聞いてみますと、
「用心棒ですから」
とひと言。
「はあ」
よくわからないと言う感じで生返事をすると、その用心棒さんはふいと微笑んで説明して下さいました。
「用心棒というのは、なるべく誰にも知られずにその人を護るのが役目だから」
「へえー? でも、いかにもって感じの人を連れて歩いてらっしゃるお頭さんをお見かけすることがありますがね」
「あんなのは目立ちたがり屋のすることで」
目立ちたがり屋、ですかあ。
あっしはそんな言い方についつい可笑しくなって、声を上げて笑ってしまいました。
そのあとお話しを伺うと、その人はずいぶん旦那に可愛がられていたご様子。
訳は話してくれませんでしたが、若い頃にずいぶん無茶をしていた自分を救ってくれたのが旦那だったそうで。
「頭が一万回も生まれ変わりをしなけりゃならないのは、ひとつには俺たちのような無茶ばっかりする奴のせいもあったんです」
「ほほう」
「若気の至りで無茶する奴の尻ぬぐいをするために、時には汚い手も使ったり。俺たちを救うためなら、人を殺めることもあったし。そんな頭には皆、頭が上がらない。俺も本当に感謝してるんです、だから」
旦那がきちんと生まれ変わりを終えるまで、用心棒さんは最後の転生をせずに待っておられると宣言したとかで。
それを苦笑いしながら聞いていた旦那が、いいことを考えついた、と、あっしの用心棒をするように言いつけて下さったようです。おかげで痛い思いをせずにすみました。
もっとお話ししたかったんですが、お仕事の邪魔をしてはなんですから、その時はそれでお引き取り頂きました。
その前に。
「あ、それと、よろしければお名前、教えて下さい」
そう言うと、知らなくてもいいでしょう、と、最初は断っておられましたが、あっしがあんまり熱心に何度も聞くもんですから。
「一次」
ポツンとひとこと言って、また仕事に戻っていかれました。
それからというもの、あっしは、隠れるように店を見張る一次さんをつかまえては、お昼ごはんやお茶の時間をご一緒してもらってます。最初はとんでもない、と辞退されていたのですが、そこはそれ、「1人じゃ味気ないんです」とかなんとか、もっともらしい言い訳をくっつけて、まあ半ば無理矢理ですかね。
旦那のシナリオを書く時に、旦那をよく知っている人の話は参考になりますし。
その上、一次さんはとても気持ちのいい若者で、ご自分が言われているような無茶な奴だとは、とうてい思えないんです。
日常生活の中に取り入れられる小さな鍛錬は怠りませんし。
何より、太刀筋がいい。
それを言うと、照れながらも嬉しそうでしたね。そのあと、ぽつりとつぶやいて。
「俺は、○○をとても尊敬しているんです。俺のあこがれです」
有名な剣豪のことを延々話される一次さんは、本当に楽しそうでした。
そうこうするうち、旦那の転生もとうとう終わりを迎えたのです。
「シナリオ屋、お前謀ったな」
「先に騙したのは旦那の方です」
「まあいい」
そんなやり取りのあと、旦那は一次さんを呼ぶように言われて。
「一次、世話をかけたな」
「いいえ、頭のためなら」
「まあそれはいい。それよりも、お前、まだあと1度転生が残ってるのか? 」
「はい」
すると、旦那はあっしのほうを見てニヤリとして。
「だったら、シナリオ屋に書いてもらえ。こいつのシナリオ、なかなか面白いぞ」
なんて事をおっしゃいます。
あっしは二つ返事で引き受けましたよ。もともと一次さんの最後のシナリオは、お願いして書かせてもらおうと思っていましたので。
で、驚く一次さんに有無を言わせず了解させた旦那が、去り際にボソボソッとあっしに耳打ちしたんです。
「シナリオ屋。こいつはあの有名な剣豪、○○の大ファンなんだ。なんとか会えるようにしてやってくれ」
「ええ?! 」
まったく。
旦那のわがままにはあきれてしまいます。それに…いくらなんでも、ちとまずいかも。
ですが、今回ばかりは旦那のためでなく、一次さんのために何とかしようと思うあっしです。
「一次、天で待ってるぞ」
「はい、すぐに参ります」
涙ぐみながら頭を下げる一次さんの肩をポンポンとやさしく叩くと、旦那は天へと旅立って行かれたのでした。
「あの! 」
それから何日かして。
息せき切って店に入ってきたのは、思った通り一次さんでした。
「お帰りなさい。一次さん、ご苦労さまでした」
「ただいま帰りました。あの! シナリオ屋さん! 」
どうしたわけか、いつも冷静だった一次さんが、大変興奮されてます。あっしはうまくいったと内心ほくそ笑んだんですがね。
「はい、なんでしょう? 」
と、表面上はすましてお返事します。
すると。
「ありがとうございます! 本当にびっくりして、驚いて、嬉しくて、まだ興奮しています。なんとお礼を言えば良いか」
あっしの両手をとってブンブン振りながら話をする一次さん。おまけにハグまでしてこられたので、さすがのあっしも驚きました。
「うわ、いや、あの、あれ? 」
などと意味不明な言葉を連呼するあっしに、また話しを続ける一次さんです。
「あの剣豪と、お会いしました! いや、そればかりか、お手合わせまでしてもらえました。ほんの短い時間でしたが。どんなに嬉しかったか! シナリオ屋さん、ありがとう、ありがとう! 」
「いえいえ、一次さんの情熱が届いたんですよきっと」
こんなに喜んで頂けるなんて。シナリオ屋冥利に尽きるってもんです。
幸せを抱いたまま、一次さんもまた天へと旅立たれました。旦那に良いお土産話ができましたね。あっしも約束を違えなかったと証明できますし。
なにはともあれ、一件落着です。
ですが、しばらくすると、何やら店の前が騒がしい。
見ると、恐ろしい気を纏った強面の審判官さんが、後ろにぞろぞろ人を引き連れてやって来ていたのです。
あっしは覚悟していたので、逃げも隠れもせず、皆さんをお迎えいたしやした。
シナリオを書くときには、いくつかやっちゃいけない決まり事があるんですよね。たとえば歴史に関与してはいけない、とか。あっしは今回、ずいぶん昔に一次さんを産まれさせてしまった。そして有名な剣豪さんに会わせてしまった。きっと歴史が変わっちまったんでしょう。
「お待ちしておりました」
あっしは深々と頭を下げて、そのままうなだれておりました。
「あー、シナリオ屋」
すると、なにやらキーの高いお声がしましたので慌てて顔を上げると。
「お前さん、えれえ事をやっちまったなあ、おい」
話しておられたのは、強面の審判官さん。ずいぶんお顔に似合わない高い声でビックリしてしまいます。
「は、はい。申し訳ありません」
「あ? 何が申し訳ないんだ? 」
「いや、その、歴史が」
「歴史? 歴史がどうしたんだ? 」
と、審判官がお付きの者に何やらファイルを広げさせております。
「歴史には何も変わりないぞ? 」
「へ? はあ? 」
これにはあっしもビックリ。いったいどうなっているんでしょう。
「けどなー、今度からは先祖に会いたいって奴がいたら、あらかじめ言ってくれよ。何にも聞かされてなかったと現場のヤツらがブーブー言って、後始末が大変だったんだ」
「先祖? 」
よくよく聞いてみると、なんと! 驚いたことに、一次さんはあの剣豪の子孫だったんだそうで。聞かされてなかったって? あっしだってそんなもん、知らなかったんですから。
「てなわけで、おい」
審判官さんが後ろの者に声を掛けました。
「はい。それでは今回のつぐないを申し伝える。シナリオ屋」
「はい」
「貴殿は過去行き届け出を忘れていたことにより、現場をかなり混乱させました。よって、貴殿の店は1週間の営業停止、以上! 」
それだけ伝えると、審判官さんご一行は、またぞろぞろと帰って行かれました。
「ご苦労様でした」
店の外に出て、皆さまをお見送りして。ほっとしたあっしは店に戻ると、へにゃ、と座り込んでしまいました。
けど、納得したんです。
一次さんの太刀筋は、なるほど、あの剣豪から受け継いだものだったんだと。
今頃、天では真相を知った一次さんが、目を白黒させている事でしょう。旦那は大笑い、ですかね。
それにしても、今回も良いお仕事をさせて頂きました。
貴方も転生にお困りでしたら、ぜひあっしにお任せ下さい。このシナリオ屋、腕によりをかけて最高の人生を書かせて頂きます。―へい、まいどありい。
了
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
シナリオ屋、第二弾です。
このお話もまたちょこちょこと更新させて頂くと思いますので、よろしければ遊びにいらして下さい。それでは、またあの世とこの世の中間で、お目にかかれることを楽しみに。