Bitterest Life
ある夏の午後。俺は、どことなく腑抜けた顔で満員電車に揺られていた。
周囲を見れば皆、何やらワイワイガヤガヤと騒がしい。俺は何となく暑苦しかったので、いやすい場所を求めて移動することにした。
と、唐突に身体のでかい何者かにぶつかった。
『おっと!』『わっ、すみません』
俺は早口に謝ってすぐ通り過ぎようとしたが、何を思ったかその太ったやつは気さくに話しかけてきた。
『おい、君。君も東京へいくのかい?』
『えっ、あっはい』
見ず知らずのやつに突然話しかけられて何となく面食らったが、悪い気はしなかったので
適当に答えておくことにした。
『はは、そうか。君も一緒か』
『あなたもっすか?』
『ああ。今から喜びと期待で胸がいっぱいだ』
『...ポジティブっすね』
俺は苦笑してみせた。
『勿論さ!君は逆に嫌に憂鬱そうだねえ。もっと気楽に、この旅を楽しめばいいのに!』
『...いや、そう言いますけど、下手すりゃこれから毎日、得体のしれない奴らと顔あわせなきゃいけなくなるんすよ。それに最終的には...』
ただ都会に出るだけならいざ知らず、そのあとは会ったこともないやつらに毎日じろじろ眺められるのだ。それだけならまだ我慢もできるが、その後の俺の行く末を考えると、俺はもう本当に無気力だった。
太った奴は言った。
『むしろ喜ばしいことじゃないか。毎日沢山の相手に笑顔で見てもらえて、上手くいけばそいつらが生きてく上での力になれるんだぜ。今までの田舎の細々とした暮らしに比べたら、随分煌々とした、生きがいのある毎日になるんだぜ!』
『そうなんかな...。ま、あなたはまだいいっすよね、俺と違ってオシャレでインパクトもあるから、イベントの時なんかに注目してもらえる。でも俺は見た目もこんなだし、どーせだれからも存在すら認識されないまま世間に喰われていくんだろうな』
俺が力なくそう言うと、太った奴は納得いかない顔をした。
『俺はそうは思わない。たしかにきみは、見た目は少し地味かもしれない。しかしその反面、とても落ち着きがある。見ているだけで相手がリラックスできる雰囲気がある』
『...』
『この効果を上手く利用すれば、病気やストレスで苦しむ人を癒すことだってできるんだぞ?』
俺はまだ納得出来なかったが、太った奴があまりに溌剌としているので何となくつられて笑ってしまった。
そうか、そういう事なのかもしれないな。
俺は再び窓から外を見た。東京の明るい空が、もう見えてきている。
『おっ、そろそろつく頃だな。俺はあの店なんだ、お前は』
『あ、俺もそこっす』
『おお、そうか。そんならこれからもしばらくは一緒だな。ま、どっちが先にいなくなるかわかんねえけど』
そう言って太った奴は、拳を突き合わせてきた。
『しばしの間よろしくな、きゅうり』
『仲良くやりましょうね、かぼちゃさん』
やがて目的の店につき、俺たちは箱に入れられて出荷の準備がなされた。
俺たちが並ぶ予定の店頭はもう目の前だ。つい数分前まではあんなに行くことが嫌だった店。しかしかぼちゃの言うように、これらも
れっきとした自分の存在価値を証明する為の行いなのだと思うと、それほど苦でもなくなった。
知らない大勢の客に毎日じろじろ見られることも、最終的に調理されて誰かの胃に入る運命も。
俺は最初、かぼちゃのことが羨ましかった。何故ならそいつは見た目もオシャレだし、ハロウィンの飾りなど、食用以外にも使い道がある。
けど俺は違う。俺は見かけも地味で暗いので、どうせ誰からも注目されずに喰われるだけの人生なのだろうな、と。
一方で、俺には栄養もあるし、かぼちゃのいったように病気の人なんかを癒す効果がある。そうなれば、世間から注目を集めることはなくとも、最終的には誰かしらの『生きる力』になれるはずだ。
そんな思いなど初めは毛頭なかった俺だが、
かぼちゃの馬鹿みたいに明るい表情を見ていると、自然とそんな風に思えてきてしまう自分がいた。
そのうち俺やかぼちゃの入った箱は、見知らぬ男達によって持ち上げられ、せわしなく運ばれていく。
俺は畑を出た時よりは少し明るい気持ちで店の中に入っていった。