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◆第八十一話『彼女の正義』

 ミスティック・リアに到着すると、まずそこで最初の違和感が身体を襲った。

〝礼拝堂〟で出迎えたのは麻夜さんではなく、別のメイドさんだったのだ。


「おかえりなさいませ」

「ええっと……あなたは?」

天雷(てんらい)飛鳥(あすか)と申します。皆様の戦闘訓練のお世話を仰せつかっております。よろしくお願い申し上げます」


 麻夜さんより敬語が硬い人だ。それが真っ先に僕の中に入ってきた彼女の第一印象だった。


 何故かは分からないが、第二印象にようやく来たのが、その思わず見とれてしまうような外見の壮麗さだった。


 エメラルドのような碧色の瞳に、長い清流のようなブロンドの髪、これ以上ないくらいに整った顔、白兎のような綺麗な肌、彼女は人間として卓越した外見をしていた。


 麻夜さんも麻夜さんでドールのようだったが、天雷さんは彼女より更に人形のような様相を呈していた。彼女の場合、人形というより、機械に近いという印象を受けた。


 というか、そもそもこの人は右腕が義手なようで、片腕だけ肉体的にもアンドロイドだと言っても差し支えないかもしれない。


 しかしながら──なんだろう。麻夜さんといい天雷さんといい、ミスティック・リアに配属されたメイドは人間らしくない人が多いと思った。


 そうだ、文先輩は……まだ来てないのか。


「今日は麻夜さんじゃないんですね」


 違和感を感じ、天雷さんにあえて麻夜さんの話を振る。


「麻夜様は……いえ、私にお応えする権限は、ございませんので」


 やはり何かあったらしい。一体麻夜さんの身に何があったというのか。

 ここは、ここで一番偉い人に聞くのが手っ取り早いだろう。

 ルシフェルの情報と交換に聞き出してみよう。


 *


「なるほど……竜人たちを従えているというルシフェルが、自分の能力に都合が良くない、相性の悪い魔法を使う魔法士たちを、不意に襲い、軒並み記憶喪失にしていた、ということか」

「そうなの。だから、もしかしたら記憶を失った魔法士たちを助けることが出来れば、幻想戦争の勝利に一歩近づけるかもしれないわ」


 今、出たがりのリリスが、詩織を差し置いて賀茂に報告を行っている。


「分かった。麻夜が残していった魔術のメモを参考にして、飛鳥に記憶喪失になった魔法士たちの記憶を解放しよう」

「……あなた、今、なんて?」


 場が凍り付く。

 この場でこの大きな違和感に気付いていないのは将大くらいだろう。「何が?」といった感じで周りを見回している。


「いや、だから、魔術で記憶喪失になった魔法士たちを──」

「『麻夜が残していった』って、どういうことかしら?」

「……しまった、ドジを踏んだか」


 ばつが悪そうな顔をする賀茂。そんな彼に、容赦なくリリスは攻めていく。


「麻夜は一体どこに行ったと言うの……?」

「まぁ落ち着け、リリス。賀茂は麻夜が隠しておいて欲しいと陳じたからこそ隠そうとしたのだ」


 部屋の入口から入ってきた黒猫がそう告げる。シェマグリグだ。

 彼は賀茂の机の上に陣取ると、経過を説明した。


「麻夜は彼女自身の意志で、Anneheg(アネヘーグ)へと旅立った。我が指導した魔術を使ってな」

「そんな……何も伝えずに行くなんて……!」


 リリスは悲しそうな顔をしている。周りのみんなも、そうだった。


「これが麻夜なりの正義の決断だったのだ。伝えたら、必ず貴様らは食い止めるであろう。今の麻夜に、それを無視して危険な任務に向かうほどの冷淡さは無かったのだ。だから、最初から伝えなかった。それだけの話だ」


 部屋全体が重苦しい雰囲気に包まれる。

 彼女のその考え方は、以前の僕にどこか似ている気がして、深く同情を誘った。


「麻夜さん……大丈夫かな……」


 更に部屋の雰囲気が重くなる。

 まるで空気が僕らを押しつぶそうとしているかのようだった。


「しかし、だ」


 レシムさんが珍しく口を開き、静寂を引き裂いていく。


「彼女の捻くれた性格が、それほどまでに矯正されたと取ることも出来る」


 そうだ……そもそも彼女は人道というものに理解を示さなかった。

 紆余曲折あったが、僕らは彼女に人としての何かを届けることが出来たのだろうか。


「麻夜さんはどんな過酷な状況に陥っても、それを乗り越えて帰ってくるわ」


 気付くと、文さんが部屋の前に立っていた。


「……文先輩」

「あの人はこの場に居る誰よりも強い人。私たちを悲しませるような事態になんかならない」


 文先輩のその精悍な態度で紡がれた言葉は、この場の全ての人を安心させた。


「ただ今は、彼女が無事であることを祈りましょう」


 リリスは一度目を閉じると、再び目を開け、発言する。


「……台詞を取られたような気もするけれど、でも今はあなたに従うわ。麻夜さんが元気で戻ってくることを、私たちは祈りながら過ごしましょう」


 言うと、僕らは互いに目を見合わせた。


「そうだよ! あの麻夜さんがやられることなんてないよ!」

「そうだ! 麻夜さんは絶対に帰ってくる!」


 詩織だけならともかく、将大も文先輩の言葉に励まされたらしい。鈍感な彼とは言え、やはり不安な気持ちがあったのだろうか。


「正義は、勝ちます」


 テレサさんのたった一言の応援も、僕らにとって大きな力になった。


 麻夜さんは帰って来てくれる。きっと、無事で。

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