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◇幕間劇十一『世界の妨害Ⅰ』(麻夜視点)

「……はっ!」


 誰も居ない草原の真ん中で、私は目覚めた。

 ただ、目を開けた瞬間そこが草原だとすぐには認識出来なかった。

 何故なら、その草原は赤い色をしていたからだ。


「ここが、Anneheg(アネヘーグ)……」


 寝ぼけることもなく、すぐに私は自分の置かれている状況を理解した。

 私は転移魔法でここに到着したのだ。


 確か霊体だけが転移するはずだったが。


 そんなことを考えながら、上体を起こす。

 ……上体を起こす……?


「あまり感覚は変わりないわ……というより……」


 手を握って、開いてを繰り返す私。


「これはある意味失敗なのでは?」


 明らかに実体ごと転移してしまっている。

 これでは人間である私がAnneheg(アネヘーグ)に忍び込んで情報を入手するのに都合が悪い。

 一つ良いところがあるとすれば、直接戦闘が可能になるところだろう。


「私の能力は個人戦に長けているものだから、あまり大人数を相手にしたくはないけど……。ああ、そうか……」


 私はポンっと手を叩いた。


「ここには魔素が豊富にあるのを感じるし、誰かに見られる心配もないからミスティック・リアに叩き込まれた魔術が使い放題ね。……でもそれにしても──」


 首を回して辺りを見回す。


「――魔素が充満してるせいか、おどろおどろしい景色が広がっているわね……」


 真っ赤な草、漆黒の幹に、真っ赤な葉。空も赤く、雲は黒い。

 気味が悪いにもほどがある。


「まぁもともと地獄なわけだし、そう考えればそこまで不思議でもないか」

「肝が、据わっているな……」


 近くに落ちていた本が突然喋りだす。


「あなたまで転移してきたのね……」


 世界のバグのようなものなのかしら。魔法士が()()()()()から転移したせいか色々な点がおかしい。シェマグリグから事前に受けた説明と食い違っている。


「不満……か?」

「いえ、心強いわ」

「……妙なところで素直だな」

「ふふっ」


 さて、私は何の伝手もなくこの地に舞い降りたわけだけど……。


「ひとまずは探索からね。これだけ魔素に満ちていれば眠る必要も無いかもしれない」


 私は目を瞑り、空気と同化する感覚を得ると、詠唱を唱え始めた。


「全ての視界は世界の片鱗、大気を揺蕩う精霊の意識は連鎖する。我が求めに応じ無秩序の流れを切り開け!」


 目を閉じたまま、遥か高みから周りの景色を一望する。よく見ると、遠くに街のようなものが見える。

 外観を見ると、街は城壁で囲まれていて、城壁の外には農地。街の中心には広場があり、その周りには大量の民家。さらに丘の上には立派な神殿がそびえ立っており、その最奥には羽を生やした人間の巨大な像が立っている。

 都市国家かもしれない。とりあえずあそこで話を聞いてみよう。


「誰もが私を見る、私だけが私を見る、誰もが私を見れない。欺け、順応(アダプテーション)


 これで誰が私を見ても人間だと気付かない。

 さて……あまり目立つのも良くないから走っていこう。


「着いてこれる? ファーター」


 私の横に置いてあった黒い本が、タンクトップを着た筋肉隆々の男へ変身を遂げる。


「……馬鹿にするな。女に……負けるわけが無い」


 ファーターに私と同じ魔術をかけると、都市国家まで全力でかけっこをした。


 *


 ──結果は同着だった。

 途中で私達の世界では見たことのない生物がちらほら見られたが、襲ってくることは無かった。


 魔術の無駄遣いは良くないので、街に着くとファーターには魔導書形態に戻ってもらった。


 その後、私は旅人を装って聞き込みを行った。

 何故こんな事も知らないんだ? というような態度を取られたこともあったが、田舎者なもので、と誤魔化した。

 遠くから見るよりずっと大きな町だったので、聞き込みだけで何時間もの時が経過してしまっていた。


「つまりまとめると、この世界のほとんどは未開拓で魔物が生息しているけど、それは()()()()()から輪廻転生により堕ちてきた存在で、いわば同胞のようなものだからという訳で、世界政府が積極的にその環境を保護している」

「ああ……現世だと悪魔は動物的な要素があるというが、ある程度関係は……あるだろう……」

「しかも都合の良い事に魔物同士でしか生存競争は起きない」

「竜人に襲いかかることが無いとはいえ、生存競争は現世より熾烈な物に思えたがな」


 現世からここへ堕ちてきただけあって、魔物の思考回路は残酷に出来ているらしい。獲物を捕らえたとしてもしばらく弄んでから食べ始める様子をここへ向かう途中で見た。


「そしてここはこの世界随一の大都市あり首都で、魔法を行使しさらにそれを広めることのできるルシフェルという絶対的君主と宰相の竜人族であるルミナスが世界全体をまとめている、と」

「ルシファーではなく、ルシフェルなのが肝だな……。エルは、神の称号……奴は神になる野望を捨てていない」


 現世だとルシファー呼びが正しいんだろうな。彼が自称してる影響で私達までルシフェルって呼ぶ羽目になってしまっているけれど。


「どうやら身分制度はカースト制度に近いものが採用されていて、悪魔神官によるスティグマで魔法能力を得たクシャトリヤ階級が現世に送り込まれている……想像以上に色々な情報が手に入ったわね。全てが戦闘に関係ない住民にまで公開されてるんだわ」

「それで……どうする? 神殿に……潜り込むか?」


 猪突猛進な彼の言葉に、ついクスクスと笑ってしまう。


「あなたは随分とせっかちね、ファーター。でも私は賛成よ。私はどうなってもいいし、儀式はなんとしても阻止しなきゃね。ただ、正面突破はすぐに抑えられてしまうわ。どうせなら、出来る限り陰からやりましょう」


 私の考えた作戦はこうだ。

 魔術を使って完全に存在ごと気配を消す。

 そして神殿で行われている魔術を、魔法陣を書き換えたり、薬や道具を隠したりすることで妨害する。

 やがて勘づかれるのは時間の問題だろうから、その時は腹を括って魔術戦だ。

 神殿内でしか聞けない情報もあるだろうから、出来るだけ魔術戦は遅らせたいが……。


「あまりお前らしくもない作戦だな、マヤ」

「あら? 陰から人が困ってるのを見るのも嫌いじゃないわよ?」


 我ながら性格が悪い。

 でも私はこれでいいのだ。

 どう足掻いても、私は()()のようにはなれない。


 *


 もしもの時の為にファーターを魔導書形態に戻し、どうやって神殿の中に入ろうかと画策しているうちに、住民の足が一定の方角に偏り始めたことに気が付いた。


「皆が一定の場所に向かっているように思えるのですが、どうしたのですか?」


 私は道端を歩いていた竜人のおばちゃん(たぶん)に話を聞く。


「どうしたもこうしたもないよ! ルミナス様の演説だよ! あんたも来な!」

「え? あっ、ちょっ……」


 おばちゃんに腕を掴まれ、抵抗することも出来ずに私は連れていかれてしまった。

 なんて力だ。とても人間とは思えない。人間じゃないが。


 *


 結局広場のようなところに連れてこられてしまった。

 だだっ広い敷地は、おびただしい数の竜人で埋め尽くされている。

 ガヤガヤと喋っていて、これじゃルミナスが話し出しても聞こえない。


 ──そんな中、ふと、マイクのハウリングが聞こえた。

 静まり返る広場。


Anneheg(アネヘーグ)世界民の皆さん。本日は最初の『国民団結の日』である。これから来世紀にいたるまで、この日を祝おう。世界運営のための生産に従事している人々が、年に一度、お互いの手を取り合い、世界民の一人一人が建国の担い手となって努力していることを確認する為に!」


 ルミナスの言葉を聞いて観衆が歓声を上げる。


「竜人族の皆さん、あなた方自身が何者なのか、祖先や我々の世代がかつて何を成し遂げてきたのか思い出して欲しい。過去の世界崩壊を忘れ、竜人族一万年の歴史を思い出すのだ! 竜人族はもはや、恥じるべき民族でもなければ、退廃して弱く、信ずるに足りないような民族でもない! ああルシフェルよ! 我ら竜人族は、再び強い魂と、強い意志、強い決意、そして強い犠牲精神を取り戻す! 大いなる存在ルシフェルよ! 我らの闘争心、自由、そして竜人族と我らに祝福を!」


 ルミナスが行った演説に、広場からとんでもない声量の歓声が響き渡る。

 悪魔を崇拝する国民……滅茶苦茶ね。


 *


 演説を聞き終わるとすぐに私はその場を後にした。


 意外に時間がかかったわね……。

 宿を探さないと。

 魔素に満ちて身体の疲れは我慢できるとはいえ、ずっと起きていると頭が疲れてくる。

 一刻も早く儀式を阻止しに出向きたいが、頭の働かない状態は危険だ。


 そんなことを考えていた私の肩を、何者かががっと掴んだ。

 振り向くと、先程のおばちゃんだった。


「うち、宿屋やってんのよ。あんた泊まりに来ないかい? どうせ泊まるところもないんだろ?」


 この世界も夜になっているし、これ以上の動きはもう無さそうだ。

 私はお言葉に甘えることにした。

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