◆第七十八話『出現の監獄』
訓練を終えた僕達は、麻夜さんに招集され、“捕虜”の居る部屋へと出向くことになった。
部屋のドアが空いた瞬間、僕らは目を丸くした。
「詩織!?」
「あ、アキ君……とその仲間の人達……」
ついで扱いされた将大の表情は複雑そうだ。
無理もない。期間は決して長くは無いが、代わりに深く苦楽を共にしてきた仲間なのだ。
それが全て無かったことにされたりなんかしたら、誰だって落ち込む。
日が沈んだ後の窓の外の景色は、真っ暗で何も見えなかった。
「彼女は、私が能力で連れて参りました」
相変わらず実行力はある人だ。でも──
「いきなり居なくなったら大騒ぎになるんじゃ……」
「心配ありません。あの病院にはミスティック・リアの息がかかっておりますので」
ニコリ、と笑いかけながら彼女は言う。
本当にその微笑む姿はよく出来た人形のようだ。
そういえば、背後にある等身大の大きな箱はなんだろう。
「それでは、捕らえた魔術師を操作してこの中に悪魔を召喚します。安全確保の為です」
魔術ってほんと万能なんだなぁ。
「言っておくけど魔術は精神に働き掛けることにしか利用出来ないわよ?」
なんだこいつはエスパーか?
思わずリリスを怪訝そうに見てしまう。
「悪魔を召喚する前に、一つ、協力してもらいたい事が」
なんだろう? と僕は思って周りを見たが、魔法士グループも同じようにポカンとしていた。
一方守護天使側は貫禄を感じさせるほどの落ち着きようだった。
「レシムさん、悪魔の本心を読んでくれませんか。私は悪魔が召喚された後交渉をしますが、嘘を吐かれないように保険をかけておきたいのです」
「ああ、別に構わない」
「ありがとうございます」
麻夜さんは微笑むことはせず、ただ真剣な表情でそう言った。
蛍光灯の光は無機質な室内を明るく照らしている。
「──それでは、始めます」
麻夜さんが何やらパワーストーンを握り締めながらなんらかの呪文を唱える。
すると“捕虜”がぶつぶつと喋り始め、しばらく様子を見ていると、箱の中から嫌な気配がし始めた。
──本能が、避けろと訴えかける。
原因不明の恐怖が、ぞくぞくと込み上げてくる。
これが……悪魔……?
「私を呼び出したのは……誰だ?」
くぐもったような低い男性のような声が響き渡る。
園児だったら声を聞いただけでも失禁するんじゃないだろうか。
「あなたにお願いがあります。ここに居る女の子の記憶を返してあげて欲しいのです」
「……対価を頂こうか」
「麻夜、こやつは必要以上の対価を求めようとしているぞ」
数秒の間、悪魔は黙る。
室内に入ってくる隙間風が、どこか肌寒かった。
「これは面白い。いいだろう。貴様のその能力に免じて大サービスだ。本来は代わりに誰かの記憶を頂くところだが、その女の魔力を捧げたら、その女子の記憶は返してやろう」
「……ええ、構いませんわ」
「この箱に触れろ」
麻夜さんが二メートルはあるその箱に触れたかと思うと、箱から謎の発光体がフワフワと浮きながら移動していき、詩織の胸に入り込んだ。
すると詩織は、パタリと倒れてしまった。
「詩織!?」
僕はすぐさま詩織の元に駆け寄った。
「安心していいわよ。記憶っていう膨大な情報量が頭に流れ込んだせいで、キャパオーバーしたんでしょうね」
リリスの言葉を聞いて、一先ず安心する。
「それより、あっちの心配も、してあげた方がいいんじゃない?」
そう言いながらリリスが指を指した方向には、床に倒れ込んでいる麻夜さんが居た。
「えっ!? 麻夜さん!?」
まさか麻夜さんまで倒れ込むことになるとは思わなかった。
将大はすぐさま麻夜さんの元へ向かった。
「大丈夫ですか!? 返事して下さい!」
身体を揺らしながら言う将大。かなり焦っているようだ。
「落ち着け将大。息もしているし脈もあるだろう。魔力を吸い取られて一時的に衰弱しているだけだ」
レシムさんの言葉を聞き、将大は安堵の息を漏らした。
「まぁ、両方とも無事なのはいいんだけど……」
リリスが何か問題を発見したようだ。
「……誰が詩織ちゃんを病院に運ぶのかしらね?」
面倒なことをしてくれた張本人は、契約を履行してとっくに消え失せていた。
*
結局面倒な事務処理はミスティック・リアがしてくれたらしく、詩織は即刻自宅に帰る事が出来た。
一方僕はと言うと、麻夜さんの様子を見る為にミスティック・リアに残る事にした。
ついでに言うと、本人の強い希望で将大も残った。
文先輩が居ても、彼女は残る選択をしただろうと思う。養生して早く風邪を治してもらいたいものだ。
一方、麻夜さんが目を覚ますまで、リリスとレシムさんは部屋の前で待機することにしていた。
仲間が人質に取られたことを知った黒魔術結社が襲ってくることも考えられるため、ミスティック・リアは厳重に警備しているが、念のため自分たちも最低限の監視はしておきたいらしい。
明日も学校があるし、最大で何時まで居ようか……そんなことをぼんやりと考えていると、ふいに将大が話しかけてきた。
「なぁ、アッキー」
「どした」
ベッドに横になっている麻夜さんを見下ろしながら、会話を始める。
「俺は、麻夜さんを守りたい」
「…………」
暖気を運ぶ空調の音が室内によく響く。
「だけど、きっと麻夜さんは守ってもらわなくても十分強いんだよな。だから、僕は麻夜さんの心の支えになりたい」
「お前、それって……」
「俺は、麻夜さんが好きだ」
……なんとなくそんな気はしていたが、実際に言葉に出されると何故かこっちが恥ずかしくなってしまう。
「応援するよ、どういう形になるか、分からないけど」
「……サンキューな、アッキー」
上手くいくかどうかも分からない。だけど、段々と麻夜さんが将大を見る目が変わってきている、そんな気がした。
「アッキーにはそんな相手、居るか?」
「そういう相手、か」
考えた事も無かったな。
守りたい相手、か。
僕は壁の一点を見つめながら、考える。
頭に浮かんできたのは、ただひたすら、リリスの笑顔だった。
「リリス……」
「まぁそんな気はしてたな……」
しまった、声に出てた。
「……何があっても、こういう気持ちって、大切にしていきたいよな」
どこかほっこりとした雰囲気が部屋中を包み込む。
その後麻夜さんが目を覚ますまで、僕らはそれぞれ無言で暇を潰していた。




