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◆第七十七話『呪縛と解放』

 麻夜さんは“捕虜”の頭部に手を翳しながら、何やらよく聞き取れない呪文を何度も唱えた。


「発音が正確ね……これは効くわ。何者なのかしらこの()


 リリスが何やら感心している。どうやら魔術の呪文には正確な発音が存在するらしい。


 しばらく麻夜さんがそれを続けていると、やがて目に見えて“捕虜”の全身の力が抜けた。


 ……守護天使無しでここまでのことが出来るのか?

 一体どんな鍛錬を積めばこんなに万能になるのだろう……。


「本来、催眠術というのは信頼関係の中で成り立つものであって、何かを無理矢理聞き出すものではないのです。そこで、魔術の出番という訳なのですよ」


 麻夜さんから補足が入る。リリスは横でうんうん頷いている。


「それなら、自白剤使えばいいんじゃないですか?」


 ふふっ、と麻夜さんが軽く笑う。僕は何かおかしなことを言っただろうか。


「よほど緊迫した状態の時しか自白剤は使わないものですよ。それに、自白剤を打ったからと言って、正確な情報が得られるとも限らないものです。いわば泥酔状態のようなものですから。ミスティック・リアとしてはそんな曖昧なものより魔術の方がずっと信用度は高いのです。それに……」


 麻夜さんは僕と将大へ顔を向ける。


「約束しましたからね」


 ニコリと笑いかける麻夜さん。

 気のせいだろうか、いつもよりも笑い方が柔和な気がした。


 将大の耳が赤い。……分かりやすいなこいつ。


 ──程なくして、麻夜さんは“捕虜”に向き直る。


「それでは……答えて貰いましょうか。あなた達は、何故人を磔にする魔術を方方(ほうぼう)で行っているのですか?」

「サ……タン……様……の……召喚…………」

「ルシフェルの召喚ですって!?」


 リリスが大きな叫び声を上げる。よほど驚いたらしい。


「まさか……あいつ本人が自ら登場ってわけ!? そんなの狂ってるとしか言いようがないわ……。番狂わせもいい所よ!」


 リリスは顔を真っ赤にして怒っている。

 前から思ってたことだが、リリスはルシフェルと何らかの繋がり──あるいは面識──があるんだろうか。

 訊こうとしたところで、テレサさんに遮られた。


「リリス、落ち着いて下さい。今はあの人の話を聞きましょう」

「……そうね、テレサ。ごめんなさい。……麻夜、続けて」

「承知致しました」


 スカートの裾を上げて左膝を曲げ、メイドらしい挨拶をする。確か、正式名称はカーテシーだったか。

 テレサさんとリリスはもちろん良いペアだが、主人とメイドという関係だと、良いパートナーになりそうな二人だと、僕はふと思った。


竜人(ノガルドティアン)を知っていらっしゃいますか?」


 麻夜さんは"捕虜"に質問を続ける。


「サタン様の……率…いる……戦士……たち……」

「竜人を完全に掌握してるって訳ね……」


 すっかりリリスは落ち着きを取り戻していた。


「何故いきなりこのような儀式を始めたのですか?」

「夢で……直々の……お達しが……あった……」

「夢でこちらの世界に干渉してるって訳ね……」


 全体像が見えているのはリリスだけのような気がする。

 一方周りの僕らは、若干の置いてきぼりを食らっている。


「なんで夢なんて方法使うんだ? もっと堂々と姿を現した方が信用度は高いんじゃないのか?」

「いや、世界を行き来するというのは結構危険な行為でね、そもそも成功する見込みも無い上に、帰れるとも限らない。宗教的には夢っていうものは異世界からのメッセージとして扱われるからね、それを信じる者にはある程度有効なのよ」

「なるほど……」


 そういえば、叶に会ったのも夢の中だったな……。

 夢の通り新しい魔法を習得したから、確信を持てるが。


「――再開してもよろしいでしょうか?」

「ええ、遮ってごめんなさい」


 リリスに顔を向けていた麻夜さんが"捕虜"へと向き直る。


「あなたにそれを止めることは出来ますか?」

「…………私程度の立場では……叶わない……」

「やはりそうですか……」


 大きく溜息をつく麻夜さん。


「儀式を行っているのが全員下っ端である可能性が高いわね。いくらとっ捕まえたところで事件が解決することはないわ」


 今度はみんなで溜息をつく。

 そんな中僕は、不意に訊くべき質問があったことを思い出した。


「麻夜さん、僕からこの人に質問してもいいですか?」

「ええ、構いませんよ」


 麻夜さんが退き、僕は“捕虜”に正面から向かい合う。


「記憶を奪う力のある仲間は居るか」

「……悪魔なら……居る………」


 この言葉を引き出した時、僕は心の中で小躍りした。

 場の空気が黄色に一変しそうになったが――それは、リリスの一言で制止した。


「まだ喜ぶのは早いわよ。その悪魔を召喚する必要があるわ」

「……その悪魔を召喚することは出来るか?」


 思わずゴクリと息を飲み込む。

 これに肯定の言葉が来れば、一気に前に進む事ができる。

 さて、どうなのか――。


「……可能だ」


 リリスは親指を立てて僕を労う。

 しばらくして、仲間たちから歓喜の言葉が降り注いだ。


「詩織ちゃんの記憶が戻る可能性があるのね!」

「ああ! 神に感謝致します!」

「やったな!」

「来ちゃったねー☆」

「…………」


 レシムさんは無言で笑みを浮かべていた。


 しばらくの間、僕らは仲間の復帰が叶った事を互いに喜びあった。

 やがて場が落ち着いてくると、麻夜さんから注意喚起があった。


「危険な悪魔である可能性も否定出来ません。きちんとした準備をしてから召喚したい為、皆さんは戦闘訓練に向かって下さい。恐らく今日中には間に合います」


 僕らは互いに頷き、それぞれの訓練室へと散っていった。

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