◆第七十六話『想定の外に』
空中跳躍との戦闘が終了すると、僕らはその足でミスティック・リアに向かった。もちろん戦闘訓練の為だ。世界が交戦中の中で、休んでいる暇はない。
「そういえば、あれだけ体力を使ったのに戻ってきた途端元気になったよな。ちょっとだるいけどさ」
「『時を取り残された空間』で使うのは体力じゃなくて魔力──もとい精神力だからね。体力的に元気な代わりに精力は減退してると思うわよ」
鞄の中に入っているリリスが返答する。
またリリスからの実生活で役に立たない蘊蓄が増えた。
「将大はどうだ?」
「なんともないぜ」
「マジか……」
「武術を習っているお陰で精神力も同時に付いてたんでしょうね」
再びリリスが返答する。流石に怪しまれないかと不安になったが周りは意外と気付いていない。
「まぁそんじょそこらの奴よりかは強いだろうな」
少なくとも家に篭って本ばっか読む冬休みを送ろうとしていた僕よりかはよっぽどあるはずだ。
「照れるぜアッキー……」
「頬赤らめるなアホ」
まぁ仮にも進学校に進学した身だし、勉強への集中力なら──あれ!?
「おい将大! お前どうやってこの高校入ってきたんだ!?」
将大がこっちへ来いと手を振る。
「耳貸せ」
仕方なく耳を貸す僕。
「裏口入学」
僕は目を大きく見開いたまま耳を遠ざける。
いい歳した同性の息を至近距離で掛けられたことに構う余裕も無い。
「マジか……ミスティック・リアなんでもやるな……」
「表向きはスポーツ推薦になってるけどな」
そういえばそんな制度あったなぁ……。
「ミスティック・リアってとんでもない秘密結社なのね……」
リリスも驚いている。もしかしたら名前が知れてないだけで〇リー〇イソン並の影響力を持っているのかもしれない。
というか、言葉にした途端、昭和の戦隊ものみたいなノリになったな、あの組織。しかも世界征服を企む悪役サイド。……いや、案外実情はそんな感じなのかも?
そのまま他愛もない会話を続けるうちに、僕らはミスティック・リアに到着した。
*
“礼拝堂”から中に入ると、麻夜さんが出迎えてくれた。
「珍しいですね、訓練の時に出迎えてくれるなんて」
彼女はいつもなら訓練準備室前で待機している。
「厄介なことになりました。今すぐ賀茂様の元へお連れします」
……厄介なこと?
端的とも取れるその台詞は、緊迫した状況を示唆していた。
*
「よく来てくれたね。それじゃ、早速本題に入らせてもらう」
「あのー……」
僕は少し気になる事があった。
「なんだね?」
「まだ文先輩が来ていませんが……」
「あの子か。あの子は病欠だ。重度の風邪らしい」
なるほど、道理で学校に来ず戦闘にも現れなかったわけだ。
「では、改めて本題だ。君たちが戦闘に気を取られている間に、新たな犠牲者が出た」
「なんですって!?」
「よくも白昼堂々とやるな……」
僕は驚きを通り越して呆れてしまった。
連続殺人事件も三件目になって感覚が麻痺してしまったらしい。
「しかも、その様子が異様だった。報告によると、『人間にも関わらず魔導書を使わずに奇跡を起こした者が居り』、『そやつらの妨害で儀式を妨害することに失敗した』上で『犠牲者は自ら生贄になることを望んでいた』そうだ」
「つまりは、悪魔崇拝者が悪魔の助けを借りて竜人と同じ刻印を身体に刻んで魔法を使える状態にしたってことでしょうね。犠牲者が自ら生け贄になることを望んだのは悪魔崇拝に傾倒していたから。全く、いくら敗戦濃厚だからってなりふり構わないにも程があるわ」
一気呵成に告げるリリスの顔をまじまじと見つめると、賀茂は言葉を繋いだ。
「一瞬で読み解いたか。君は一体何者なんだ?」
「守護天使の中でとびきり優秀な天使様よ」
…………。
……静寂が訪れる。
どこまで本気なのかわからん。
そんな空気に少しも怯むことなく、リリスは続ける。
「恐らく、教団の中で一番魔力が高い人達を生け贄に使ってる筈よ。どんな悪魔の召喚か分からないけれど、この前見た現場の魔力跡だととんでもない上物でしょうね。儀式を成功させる訳にはいかない。教団の人間の中で捕らえられた奴は居ないの?」
「……一人だけ居る」
「決まりね。吐かせるしかないわ」
「準備は出来ております」
「GO」
「ちょっと待て」
あまりの勢いの速さに止めざるを得なかった。
「相手も人間だし、あまり残虐なことは……な?」
「大丈夫です章様、少し眠らせるだけです」
「?? わかった」
よく分からないが、拷問とかでは無さそうだ。
話を終えると、僕らはその捕虜と言うべき人間を拘束している場所へと麻夜さんに案内された。
*
室内に入ると、部屋の中心に、柱に縛られ目隠しをされている一人の人間の姿が真っ先に目に入った。
これは凄いな……。
周りの魔法士を見ても、明らかに引いている。
守護天使たちが顔一つ変えないことに対しては、流石に鍛えられているなと感心した。
「さて、では情報を聞き出しましょうか」
「待ってくれ麻夜さん」
今度は将大が止めにかかった。
「なんでしょうか、将大様」
「麻夜さん、もうあなたに黒いことに手を染めて欲しくない。だから、手荒な事は……やめて欲しい」
麻夜さんは少し惚けた後に、ふふっ、と笑いをこぼす。
「大丈夫ですよ。私が使うのは催眠術のような魔術です。魔術に手を染めた者ほど、魔術はよく効くんですよ。だから、手荒な事をする必要は無いはずです」
将大が安堵の息をつく。
「……優しいんですね」
彼女はよく出来た人形のような笑みを将大に見せた。
将大の顔が少し赤くなる。
「──それでは、始めましょう。真実を聞き出す作業を」
麻夜さんは“捕虜”に目線を移してそう宣言した。




