◆第七十三話『心機の一転』
冬の体育館は寒い。
「冬休み中には、新しい年を迎え、気持ちを新たに夢や希望をもったことだと思います。あらためまして、あけましておめでとうございます。『一年の計は元旦にあり』という言葉があります。物事を始めるに――」
説教臭い校長先生の話には、正直飽き飽きしている。
正直、真面目に聞いているように振る舞ってはいるが、内心早く終わって欲しいと思っていた。それは誰しもがそうだろう。中には興味のある奴も居るかもしれないが。
それに、生徒たちは一昨日の事件のことに気が向いている。
どこからどう漏れたのか、名前を伏せて報道されていたはずの一昨日の事件の被害者とその顛末が学年全体と言っていいほどに広まっていた。
ざわついている館内。何度制止しても止まらないノイズ。
しばらくそんな時間が続いた。
「それから、先日死亡した御崎黒君ですが――」
事件の話になった途端、生徒たちが即座に黙り込む。
結局、刺激的なスキャンダルが好きなのが退屈な学校生活に飽き飽きした生徒たちだ。
それにしても、事件について認知していたのは先生側もだったのか……。
「――あのような事件に巻き込まれてしまって先生たちも大変心苦しく思っております。早く天に昇ることを、心から願っています。それでは、黒君に祈りを捧げましょう。黙祷」
体育館が静まり返る。
さすがに人の命を邪険にするような人間はこの学校には居ないらしい。
静寂を包む館内の中では、風の音さえもが、鮮明に聞こえた。
*
「なぁ、能源君、ちょっといいかい?」
教室に戻ると、クラスメイトの於保多君が話し掛けてきた。
「結城さん来てないよね。あの真面目な性格でごく稀に見る健康体、なんだかんだで何度も皆勤賞取ってる結城さんが休むなんて珍しいと思うんだけど、もしかして何かあったの?」
さて、本当のことを話すことはまず考えられない。
(幻想戦争のことは話しちゃダメよ)
もしもの時のために学校にリリス(魔導書形態)は持ってきてある。
もともと真相なんて話すつもりはないし、話したとしてまともに取り合ってくれるはずがないと思うぞ。
……なんて口に出して言わないが。
「さぁ、どうなんだろうな。インフルエンザにでもかかったんじゃないか?」
「あの結城さんが? まさか。それはないでしょ。……って言っても、能源君、結城さんと家近くて幼馴染でもおかしくないはずなのに、あんま話さないもんね。知らないってこともあるか」
ああ、そういえば、冬休みに入る前はそういう関係性だったか。
中学生になって思春期に入ったのもあるけど、叶が死んでから、向こうから避けてくるようになったんだよな。
理由はよくわからないが。(※1)
その後久々に会った於保多君としばらく雑談を交わしていると、教室に担任の先生『石井先生』が入ってきた。
「はい席付けー。今日は話がある」
えー、とすぐ帰れると思った生徒たちからブーイングが飛ぶ。
「安心しろー、長い話じゃない。今日は転校生を紹介する。はい、入ってきていいぞー」
ガラっと扉を開けて入ってきたのは、見覚えのある巨漢だった。
「どうも~」
……将大じゃねえか!
「おい、あれ空手の都大会で優勝経験のある……」
周りがざわつき始める。やはり将大は町中に名が轟くほど知名度が高いらしい。
ざわつきを気に留めることなく石井先生は話を進める。
「はい、黒板に自分の名前書いてー」
転校生が来た時のお約束である。将大が自分の名前を黒板に書いていく。
“いさ武将大”
「……諫武君、なぜ『いさ』をひらがなで書く?」
「いや~難しい漢字なんで辞書引かないと読めないんすよ」
……教室が静まり返る――が次の瞬間、教室は笑いの渦に包まれた。
こりゃ奴は早くも人気者かな。
「おお、アッキー! 一日ぶりだな!」
大手を振って僕の方へと視線を向ける。
クラス全体の視線が僕に集まる。
……おいおい、勘弁してくれ、注目されるのは苦手なんだ。
「一日ぶりって……昨日の今日じゃないか」
再び教室が笑いの渦に包まれる。
……どうしたもんかな。
*
教室を出て下駄箱へ向かう。
こうして一緒に下校するのもかなり久々だ。
「ミスティック・リアの根回しだったのか」
まぁ薄々勘づいてはいたが。
「そうなんだよ。どうやら魔法士の家族にも事情を説明する方針になったらしくてさ、今日から一人暮らしだよ」
確かに僕らは魔法士をしていることを家族にも内緒にしている。
だが、それもそろそろ限界ということだろう。
争いも激化してきた。夜も動くことになるとこれまでのやり方では厳しい。
「でも学校も行かせてもらうことになって良かったよな。特に将大はな」
「何をー!」
ははは、と一緒に笑っている最中だった。
――その時、世界は、赤変した。
※1:◇幕間劇三『詩織の葛藤』参照




