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◆第六十九話『召喚の示唆』

 部屋のカーテンから朝を告げる光が差し込む。

 今日はなんだかとてもすっきりと目を覚ますことが出来た。

 時計を見る。六時半。

 起きるのにはちょうどいい時間だろう。


「隣の部屋のテレサさんを起こすか悩むけど、先に起きてそうだな」


 なんだか彼女は模範的な人間のイメージがある。

 でもよく考えると、リリスもそういう部分はあるかもしれないと思う。

 彼女は大抵僕より起きるのが早い。

 やはり天使というだけあってある程度そういったプラスの性質を持っているものなんだろうか?


「おはよう」


 不意に鈴を転がしたような声が耳に入る。

 これは予想外だった。


「おはよう、早かったな、リリス」


 ベッドの前に置いた椅子に足を組んで座り、手には本を携えている彼女は、静かに僕に微笑みかけた。


「重大な事実が発覚したわ。急がなくてもいいから、みんなをこの家に呼び集めて欲しいの」


 すっと真剣な表情へと様変わりする。

 表情が少し忙しい。


「わかった。とりあえず、身支度をさせてくれ。テレサさんには隣の部屋で寝てもらった」


 隣の部屋、元は今は家を出た姉の部屋だ。


「わかったわ。少し話をさせてもらうわね」


 リリスは本を閉じ立ち上がると、颯爽と部屋を出ていった。


 *


 その後、僕は八時頃になると仲間たちを部屋に呼び集めた。


「それで、あの事件の正体は一体なんだったの?」


 文さんが開口一番にリリスに問う。


「結論から言うと、あれは、とてつもなく強力な悪魔をこの世界に顕現させるための儀式の前準備よ」

「竜人みたいに魂を呼び込むわけじゃないのか?」

「いえ、この儀式は、成功すれば異世界から肉体ごと悪魔を召喚することができる」


 思わず息を呑む。

 それって、一般人にも危害が及ぶってことか……?


「そんなの滅茶苦茶だ」

「ええ、滅茶苦茶ね。もしかしたら、彼らは巻き返しを狙っているのかもしれない」

「巻き返し……?」

「私たちが次々に幹部クラスの竜人を倒していることに、竜人陣営だけじゃなく、背後の悪魔陣営も危機感を覚えたのかもしれない」

「結局、悪魔陣営って何が目的で竜人陣営に加担しているの?」


 やはり文さんは確信を突く質問をよくしてくれる。

 彼女の問いに、リリスはあっけらかんとした口調で答える。


「そんなの単純よ。彼らは竜人と同じで、自分たちをAnneheg(アネヘーグ)に閉じ込めた『唯一神(サーフォリザーフ)』に復讐がしたいの。この世界を滅茶苦茶にしたいの。これは竜人たちを利用した悪魔陣営の代理戦争なのよ」


 室内に沈黙が走る。

 単純すぎる理由。

 ――でもそれは、単純であるがゆえに、取り付く島もない。


「結局、倒すしかないのか……」


 竜人相手でさえ交渉が出来ないのに、そんな悪意の塊みたいな存在と話し合うことなんて無理に決まってる。

 竜人と和解したいと思い、話し合おうとして挫折した過去を思い出す。

 悪魔陣営が背後に居た時点で、そんなのは無理だったんだな……。


「まだ諦めてなかったのか、章」


 珍しくレシムさんが僕に話し掛けてくる。

 それは特別驚くこともなく、淡々と確認するかのような口調だった。


「やっぱり、なかなか割り切れないです。悪魔と違って竜人には心があるのに」

「戦いというものは単純だ。勝つか、負けるか。話し合いが出来るなら、争いなんてことは元から起こらない。争いは争いを生み……結局、どちらかが勝ち、どちらかが負けるまで終わることはないのだ」


 戦争の無残さは今まで身にしみてわかってきたはずなのに、未だにこんな甘いことを言っている自分を心の中で自嘲した。


「話を先に進めてもいいかしら?」


 リリスの問いかけに、僕は黙って頷く。


「次に、この魔術の発動条件について。まずこの魔術は、膨大な魔力を持つ生贄を磔にして心臓に杭を打ち込んで殺し、それを頂点にした五芒星を内包する巨大な魔法陣を作り出すことが前提条件。その後、術者がその円の中心で呪文を叫びながら、自らの喉を切り裂き自害することによって儀式は完成する」

「「「「「「…………」」」」」」


 異様な光景を頭に思い浮かべ、気分が悪くなる。

 守護天使たちはまだ落ち着いていたが、魔法士たちの方は明らかに気分を悪くしていた。

 リリスなそんな状況を気に掛けることもなく、話を前に進める。


「ここで重要なのは、魔法陣の大きさ。五芒星を作るのだから五つの頂点が必要だけれど、頂点と頂点の間の長さが決まっている。その長さは666キュビット。これは古代の西洋で使われてた単位で、666キュビットはメートル換算で約296メートル。これを考慮すると、次の儀式が行われる場所をある程度特定できる」

「防ぐ方法があるのか」

「ええ。どんな手を使ってでも食い止める必要があるわね。最後まで阻止出来ずに、悪魔がこの世界に物理的干渉なんてしたら辺りは地獄絵図よ」


 再びの沈黙。

 僕らは、事態を重く受け止める必要があることを深く認識した。


「でも、一体犯人は誰なのかしら?」

「犯人……そうね、多分加害者と被害者は同じ集団だと思うわ」


 一瞬、何を言っているのか分からなかった。


「……どういう意味なの?」

「悪魔崇拝者が自らを犠牲にして儀式を遂行してるってことよ」

「ッ!? 正気なの!?」


 文さんは驚きと気味悪さを足して二で割ったような表情で叫んだ。

 明らかに異常だ……。出来ることならそんな奴らと関わりたくはない……。


「悪魔陣営が甘言を弄したのでしょう。……でも彼らの特定は個人レベルでは難しいから、そこは事情を説明してミスティック・リアに任せましょう」


 味方にするとミスティック・リアの存在って本当に心強いものだと思う。


「でも、事前にその悪魔の親玉を叩くことは出来ないのかしら?」


 リリスは腕を組みながら左手で顎を押さえる。

 何かを考えているとき、彼女はこの態勢になる癖がある。


 その後全員が固唾を呑んでリリスを見守り、数十秒が経過した頃だった。


「章の魔法や麻夜の魔法なら可能性はあるかも」

「それはどうして?」

「章の魔法は知っての通りエネルギーを操作できる魔法よ。もしかしたら超高速で空間に干渉することで時に取り残された空間に突入出来るかもしれない」

「麻夜さんの魔法は?」

「単純に異世界に移動できるようになる可能性があるってだけ」

「……あまり現実的じゃないわね」

「でも、可能性はゼロじゃないんだろ? もっと努力してみるよ」

「実現は難しいと思うけれど、確かに可能性がゼロというわけではないわ。あなたの努力を否定はしない。でも、今は発動の方を阻止しましょう」


 リリスは落ち着いた面持ちで告げる。

 確かに、ここでは現実的な案を取るのが当然だろう。


「今のところ、起きている事件は一件。だけど、必ず次の事件が起こって、最悪の場合これは自作自演の連続殺人事件になる。一件目の事件の半径666キュビットの範囲に十分な人員を配置すれば、次の事件は防げる」

「なるほど……よく考えましたね、リリス」

「ええ、だから、さっきの範囲をよく見張っておけば阻止出来るはずよ。ミスティック・リアに協力を仰ぎましょう」

「あまり頼り過ぎるのも良くないと思うけれど、相手の規模を考えると頼らざるを得ないわね……」

「決まりね。じゃあ、解散!」


 竜人より随分と気味の悪い相手だが、人命に関わることで、戦わないわけにはいかないと、僕は決意した。

 世の中には、死者に対する感情を整理しきれない人間も、いるのだから。

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