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◆第六十八話『初回の守護』

 その後、家に居着くことになったテレサさんにとりあえずお茶を出すことにした。

 その様子を見て、テレサさんはクスクスと笑う。

 ……僕は何かおかしなことをしただろうか?


「短い間とはいえ一緒に住むのですから、お客様を迎えるようなことはしなくても良いのですよ」

「そ、それもそうですね」


 改めて考えてみると、テレサさんと二人きりで話す機会は今まであまり無かったと思う。あまりというか、全く無かったんじゃないか?

 いざ慣れない状況になると、どうすればいいかわからなくなる。


「不思議ですね」

「……何がですか?」

「不思議な、環境です。多分、こんな環境に身を投じるのは、後にも先にもないかもしれませんね」


 ……やはりテレサさんも僕と同じことを考えていたのだろうか?

 そう思うと、少し緊張がほぐれた気がした。

 リビングの暖房が、暖気を軽やかに部屋の中に送り込んでいる。


「でも、いつも通りでいいのです」

「いつも通り……ですか」

「ええ。リリスと同じでいいのです。その方が私も……嬉しいのですよ」


 うーん、流石にリリスと同じ態度は取れないよな……。

 でも、少しだけ遠慮がちな態度をやめてみるか。


「そうだ」


 テレサさんは手を叩いて言った。


「アキラの部屋に入れてくれませんか?」

「えっ、ど、どうしてですか?」


 想定外の提案に、僕は少し戸惑う。


「アキラが読む本を知りたいのです――その人が読んでいる本の内容を共有すれば、その人の為人(ひととなり)を知ることが出来ます。私はそうやって、人を理解します」


 正直、幾らか躊躇した。けれど……

 リリスもあげている場所だし、今更心配は要らないだろう。


「わかりました。こっちです」


 *


「すべて読んでいいのですか?」

「はい。特に読まれて困る物は置いてないので」

「読まれて困るものとは?」

「……なんでもないです」


 テレサさんは僕の部屋の本棚に目を移した。


「……SFやオカルト系が好きなのですね」

「ちょっと偏っているので、読んで楽しめるかどうか……」

「いえ、大丈夫ですよ」


 彼女はニコリと笑いながら言った。

 見ていて癒されるような、朗らかな笑い顔だった。


 やがて、彼女は静かに本を読み始めた。

 なんとなく部屋から出るのが悪い気がしたので、僕も借りてきた本を読むことにした。


 ……室内に静寂が訪れる。

 遠くから微かに聞こえてくる子供の遊び声。

 その環境は決して気まずいものなんかじゃなく――むしろ心地の良い静けさだった。

 なんとなく、目には見えない何か暖かなもので包まれているような……そんな感じがした。


 *


 …………。

 ……どのくらいの時間が経っただろうか。

 不意にテレサさんが話しかけてきた。


「……詩織の家でも、よくこうして静かな時間を過ごしていました」

「そうなんですね」

「ええ……あの子は本当によく気を遣うから……。たまに申し訳なくなることさえあります。だから、今みたいによく読書に逃げていたのです」


 確かに……詩織は昔から人に気を遣いすぎるところがあった。

 まだ直ってなかったのか……。


「でも、今はもう……覚えてはいないんですね……」

「テレサさん……」


 いつも穏やかな彼女の表情に影が差した気がした。


「――必ず、詩織の記憶を取り戻しましょう」


 僕が言えることはこれしかなかった。

 それでも彼女は元気づけられたようで、言葉による返答の代わりに、いつもの朗らかな笑みを返してくれた。


 *


 その後、昼食を取り、日が沈むまで二人で読書して過ごした。

 僕は時々飽きて、パソコンをいじったりしていたけれど。

 彼女はずっと集中して僕の部屋の本を読み進めていた。


 やがて時が過ぎ、僕らは夜のニュースを見ていた。

 やはり、例のニュースが話題になっている。


「テレサさんは、この事件どう思いますか?」


 気が付けば、僕は好奇心から彼女に質問を投げ掛けていた。


「本当に……残念です。同時に……許せません。命に代わるものなんて、この世に存在しないのですから。陳腐なことしか言えませんが……人一人の未来を奪ったことは、大きな罪です。なんとしても罰してやりたいですね」


 テレサさんが珍しく怒っているのを見て、僕は些か驚いた。

 確かに、彼女が怒るほど残虐な事件かもしれない。


「リリスもこれくらい、感傷的になれるといいんですけどね」

「……とんでもないですよ、アキラ」


 いつになく大きな声を出すテレサさんに、再び驚く僕。


「リリスはいつも冷静なだけで、正義感は人並み以上ですよ。今は以前より器用になりましたが、昔はそれが仇になることがあったくらいなのですよ」


 彼女の本気の言葉を聞いて、僕は、今までリリスを正面から見ていなかったんじゃないだろうか?と反省せざるを得なかった。


 *


 電気を消して、ベッドに潜り込む。

 リリスが居ない部屋には、どこか違和感があって。

 かつてはこんな違和感なんてなくて、これが当たり前だったのに、今ではどこか寂しくて、なかなか眠りに付けずにいた。


 こんな時、つい余計な考え事をしてしまう。

 いつか、リリスやテレサさん――それにレシムさんやレンと、別れる日が来るのだろうか?

 今では全く想像がつかない。


 リリスが居なくなったら、こんな寂しさがずっと続くのだろうか。

 少しだけ、僕は彼女を意識した。

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