◆第六十七話『現場の検証』
次の日、リリスによって、詩織を除く魔法士と守護天使の全員が、僕の部屋に召集された。
「まず、それぞれの例の事件についての見解を聞きましょうか」
…………。
……静まる室内。
議題が議題なだけに、下手な発言が出来ない。もしくは、頭の中で思考を整理している。
理由としてはこの二つが浮かんだが、僕に至ってはその両方だった。
しばらくして沈黙を破ったのは――やはり文先輩だった。
「そうね、私は悪魔陣営って存在が何者なのかがまだよく分からないけれど、私達に関与してるなら積極的に干渉するべきだと思うわ。私たちはその為にいる訳だし。具体的には……そうね、とりあえずテレサさんの能力で現場検証をしてみるのはどうかしら?」
「ちょっと待ってくれ」
珍しく将大が率先して意見を述べようとしている。
考えることが苦手なあの将大が。
僕は将大の発言に多少の興味を抱いた。
「俺は、捜査することには反対だな」
「……理由を聞かせてもらえる?」
司会役のリリスは、特に驚いたような素振りも見せず、ただ理由を問うた。
「俺らが捜査を始めたところで、何か収穫があるとは思えない。素人がこういったことに手を出すべきじゃないし、俺らが戦う相手は竜人たちだけでいい。余計な奴らまで敵に回す必要は無いと思うんだ」
将大にしては珍しくしっかりした意見だと思った。
まさか事前に考えをまとめてきたのだろうか?
……そんなことはないか。
「でも、やれることはやるべきよ。確かに疑惑の段階でしかないけれど、黙って見ているのも良くないわ」
文先輩も意見を曲げない。正面からぶつかっていく。
「でもやっぱり、命に関わることなんだから、安易に首を突っ込むべきじゃないと思う」
「でも、私たちが防げるなら、防げるに越したことはないと思わない? それに――私たちは誰一人、遊び半分で首を突っ込むようなことはしない。そうでしょう?」
文さんが僕らを見渡す。
お互いに顔を見合わせ、頷き合う。
「…………」
将大はまだどこか納得しきれていないようだ。
その様子を見て、リリスが更に宥める。
「現場を押さえて、そのまま悪魔を取っ捕まえて尋問した方が、詩織ちゃんの記憶を取り戻す方法としては手っ取り早いっていうのもあるわ。倫理的に納得出来ないのは心情だと仕方ないかもしれないけれど、ここは呑み込んで欲しいの、将大」
「……分かったよ。チームの方針だもんな」
どうやら、将大なりの納得の仕方をしたらしい。
それにしても、やはりリリスと文先輩はよく似ている。今回だって、二人の意見はほぼ一致した。
今後も同族嫌悪にはならずに、似たもの同士仲良くやって欲しいものだと思う。
この二人が協力すると、1+1はきっと2を超える。
最悪だったのは、最初の出逢い方だけだったと思いたい。
「……それじゃあ、テレサの能力で現場検証といきましょうか」
「ちょっと待って」
文先輩がリリスを制止する。
「どうしたのかしら?」
「あなたは――リリスさんは――悪魔と竜人の関係についてどの程度知っているの?」
「…………」
リリスは腕を組む。彼女が黙り、場が静まった。
時計の秒針の音だけが、時が流れていることを僕達に知らせてくれた。
「……そうね、そろそろ話すべきかもしれない」
「そう言うってことは……何か黙ってた事があるのか?」
僕はリリスを問い質した。
「いえ、黙ってた訳じゃないの。ただ、言う必要は無かったし、話をややこしくしたくなかっただけ。……章はシェマグリグから直接聞いたから知ってるだろうけれど、竜人の背後には、そもそも悪魔っていう存在が居るのよ」
そう言えば以前、何故竜人が魔道書無しで魔法を使えるのかシェマグリグに訊いた時に、悪魔の刻印が身体に刻まれてるから、とか言ってたっけ。
天使が居るなら悪魔も居るだろう程度で軽く流しちゃったけど、疑問に感じるべきところだったかもなぁ。
「当初、悪魔陣営は竜人に魔法という力を授けるだけで、表舞台には出てこないと思われてた。少なくとも、今後も戦闘自体には参加してこないと思うわ。原則は有効だからね。だけど、奴らはこっちの世界に直接干渉してきた。この事件は幻想戦争とは無関係だと言う話を、平気で通すつもりなのだと思うわ。実際真偽は見てみないと分からないけれど、多分今回の殺人は悪魔陣営がやってる。もしかしたらあちらの様子を見て、天使がこちらの世界に干渉して対応する可能性もあるわね、こちらも彼らを直接止めるために」
「……でも、何故悪魔陣営は突然そんなことをしてきたのかしら? 人一人を犠牲にしたところで彼らの目的に適うとは思わない」
文先輩はとんでもない情報量を瞬時に呑み込み、さらに質問で返してみせた。
正直、さすがだと思う。
「多分、何かしらの儀式を行おうとしているのだと思うわ。ただ、詳しいことは見てみないことには分からない。だからこそ――」
リリスは文先輩を指差して言った。
「――現場検証を始めましょう」
*
「それでは皆さん、円になって手を繋いでください」
僕らは互いに手を繋いで、一つの輪になった。
「目を瞑って下さい。……準備はいいですか?」
その場の全員が息を呑む。死体そのものは片付けられているかもしれないが、生々しい事件の痕を僕らは目にすることになるのだ。
「いきますよ」
僕は覚悟を決める。
……やがて瞼の裏の紅色の視界に、どこかの光景が映し出された。
例えるなら、夢を見ているような感覚。
よく刑事ものや探偵もののドラマで目にする現場の状態が瞼の裏に映し出されている。
かつて死体や証拠品があったであろう部分には白いチョークで線が引かれ、時折小さなマーカーや旗、数字の書かれたカードが置かれている。
何よりも異様だったのは、木材で作り出された血だらけの十字架と、大きな杭だった。
「これは……凄いな……」
驚き過ぎて適切な語彙が出てこない。
「詩織ちゃんが居なくて正解だったかもしれないわね……」
「確かに……」
詩織は変に強情なところがあるから、自分だけ見ないなんてことはしなかっただろう。
「詩織ちゃんのことは置いといて……私、この儀式に覚えがあるかもしれないわ」
リリスの一言は、場の空気をがらっと変えた。
「本当かリリス!?」
「ええ、それに膨大な魔力の痕跡がある……。これは完全にクロね」
テレサさんはリリスの言葉を聞いて十分な収穫が得られたと思ったのか、念視を停止させる。
「次の事件が起きるまでにどれだけ猶予があるか分からない。少し天界の図書館で調べ物してくるわ! 何の儀式なのかはっきりするかもしれない!」
「おいちょっと待て落ち着――」
言うとリリスは窓を開け空へと飛び立っていってしまった。
……リリスの行動の速さに、しばらく口を開けて茫然自失になる僕ら。
しばらくして窓の外から入り込んできた寒気でやっと目が覚めた。
「これ以上話は進みそうにないし、ここは解散かしらね」
「そうですね……」
「でもよ、アッキーが丸腰なのはちょっとまずいんじゃないか?」
「……それもそうだな」
確かにいつ襲われるとも分からないわけだし、魔導書――つまりは守護天使と同義だが――を所有していないのはまずいだろう。
「それなら私が面倒を見ましょう」
テレサさんは率先して守護を志願してくれた。
「確かに、それがいいかもしれないわね。お互いフリーなわけだし。ちょうどいいんじゃない?」
「いいんですか? テレサさん」
「ええ、構いませんよ。アキラならひとつ屋根の下でも間違いは起こらないでしょうしね」
「え!?」
クスクスとテレサさん。見事にからかわれたようだ。油断していた。
「リリスに悪い意味で似てきたんじゃないですか?」
「ふふふ、どれだけ長い付き合いだと思ってるんですか。私はとっくにリリス色に染まっていますよ。それに、その方がやりやすいでしょう」
「一理ありますね……」
「ふふふ」
こうして、しばらくの間僕はテレサさんと一緒に過ごすことになった。




