◆第六十六話『事件の発生』
すいません、とても長らくお待たせしてしまいました。
こんなにも待たせてしまったのにも関わらず、まだ読んで頂けることに、深く感謝したいです。
客観的に見て面白いかどうかは自分自身では分かりませんが、全力で書いていこうと思うのでよろしくお願いします。
ミスティック・リアから帰宅した僕は、夜のニュースを流しながら夕飯を食べていた。
果たしてミスティック・リアは本当に詩織の記憶を奪った奴を見つけ出すことが出来るのだろうか?
僕達もやれるだけのことはやるべきかもしれない――喩えそれが微力であっても。
ぼんやりとそんなことを考えながら夕食を食べていると、テレビから衝撃のニュースが耳に飛び込んできた。
「本日午前六時頃、宮本警察署に『道端で人が磔にされている』との通報があり、警官が駆け付けたところ、35歳無職の▲▲ ▲▲さんの死亡が確認されました。地元の警察の発表によると、死亡推定時刻は本日未明、死因は心臓に突かれた杭であると見られています。警察は殺人事件と断定し捜査を続ける方針で――」
「夕飯食べながら聞く話じゃないな……。しかも宮本警察署ってことはうちの近所じゃないか。気味悪い殺し方するし、愉快犯か? 物騒なニュースがあるもんだ……僕らも気を付けないと。なぁリリス」
「…………」
テーブルの向かい側に座っているリリスが神妙な顔つきでニュースを見ている事に気付き、僕は箸を止めた。
「どうしたリリス、何かおかしいことでもあったのか?」
表情はそのままに、彼女はゆっくりとこちらに顔を向ける。
「少し、妙だと思ったの。人を磔にするなんて、まるで悪魔の所業じゃない」
「確かに。やった奴は悪魔みたいな奴なんだろうな」
「そうじゃないの。私が言っているのは実在の悪魔のことよ」
実在の悪魔……か。そういえばミスティック・リアとの交渉中にも出てきたな。
「リリスは詩織の記憶を奪ったのが悪魔だと推定してるんだっけ?」
「ええ。だから私には、これが悪魔陣営が直接干渉し始めた証拠で、つまり何かの儀式の準備をしているとしか思えないの。何かとんでもないことを企んでいるんじゃないかって」
「なるほどね……」
僕はニュースから視線を正面に移し、少し彼女の意見について考えた。
彼女と知り合って短期間に実に色々な経験をしたが、その関係はお世辞にもそれほど長いものではない。なので、彼女の勘がどの程度当たるものなのかは、正直なところ何とも言えない。
にもかかわらず、彼女の言うことには妙な説得力を感じる。何より、仮にも天使という存在である彼女の方がこの場合の事情には通じているだろう。
「少しテレサを呼んでくるわ」
「……どうやって? テレサさんが詩織の家に居るとしても、魔導書形態を崩す訳にはいかないだろ。擬態して家族から隠れてるんだから」
「隣の家なんだから、なんとかなるわよ。少し章の部屋を借りてもいいかしら?」
「まぁ別にいいけども」
言うと、リビングから出ていくリリスの後ろ姿を見送る。僕は最初こそ彼女を放っておこうとしたが、少し動向が不安だったので結局様子を見に行くことにした。
二階に上がり、自室の扉を開ける。
「うっわ寒っ!」
あまりの寒さに超自然的な力で突然シベリアにでも飛ばされたのかと勘違いしそうになった。
無理もない、季節はもう真冬だというのに僕の部屋の窓は全開になっている。
そして僕は窓に近付き外の様子を見ると、リリスが飛行しながら詩織の部屋のガラス戸を拳でコツコツと叩いている。
すると、カーテンが開けられ、テレサさんが中から姿を現した。
彼女はベランダのガラス戸を開けると、リリスに要件を尋ねた。
「どうしたのですか、リリス。このような時間に。ご入り用ですか?」
「ちょっと章の家に来て欲しいのよ」
「え、ええ、構いませんが……」
リリスは身体を翻し窓から僕の部屋へと戻ってくる。それに着いてくる形でテレサさんは一メートルほどの距離を飛行し、僕の部屋へと着地した。
「それで本題なのだけれど」
「待ってくれ。話をするのは結構だが、リビングで夕食の続きをしながらでいいか? それにこんな寒いところで話す必要も無いだろ。リビングで話した方がいいんじゃないか?」
「そうね、リビングで話しましょうか。ちょっと焦り過ぎたわ」
*
「それで、怪しいと思ったわけ」
「それは一理あるかもしれませんね」
一理あるのか。
思いながら、僕は夕食を咀嚼する。
「そこで念の為、皆を集めてテレサの力で現場検証しようかと思って」
「野次馬が行ったところで追い返されるのが関の山だからな。確かにテレサさんの力が要る」
「ええ、構いませんよ。減るものでもありませんから」
テレサさんならマリア様の如きご慈悲で、減るようなものでも喜んで捧げてくれそうだけど。
「それじゃ交渉成立ね」
元から何も交渉はしていないけども。
言いたかっただけか?
「え、ええ……そうですね」
テレサさん微妙に乗り切れてない。
「さて、ちょうど夕飯食い終わったし、皿洗ってシャワー浴びるか……」
「あ、アキラ、少し頼みたい事が……」
「どうかしましたか、テレサさん?」
「この家にしばらく居候させて頂いてもいいでしょうか?」
「いいよ。テレサさんなら邪魔にはならないだろうし」
「まるで他の誰かが居ると邪魔にでもなりそうな言い方ね」
「あとこの家の本を読む権利が欲しいのですが……大丈夫ですか?」
「まぁ、誰が使ってる訳でもないし、いいよ」
「ありがとうございます」
「受け流す方向なの? 聞いてる? 私そういうキャラじゃないわよ?」
恐らくは詩織の部屋にある本を読み尽くしてしまったのだろう。
リリスが言うにはテレサさんは本を読む事が本当に好きらしいし。
しかもここ最近は詩織が入院中だから、話し相手が居なくなって余計に暇になるのは想像に容易い。
元々あまり本の状態に拘りはないが、テレサさんなら大事に読んでくれそうでもある。
これくらいの権利を与えるのは朝飯前だ。
何より、仲間は沢山居る方が楽しい。
「〜〜〜〜!」
何やらリリスからの視線を感じる。
彼女に視線を合わせると、リリスは何やら苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「どうした?」
「いいわよ! どうせ私は空気の方がいいんでしょ! テレサと二人で仲良くやってなさいよ!」
「? 何の話か分からないけどリリスが居た方が賑やかで好きだぞ」
「〜〜〜〜!」
リリスは顔を真っ赤にしている。
僕はただ(なんか情緒の安定しない奴だな……)という感想を抱いた。
そして、僕は軽く伸びをすると――
「やるか」
――家事を開始した。
*
僕は眠りに就く前、夕べのニュースのことについて考えていた。
何の罪も無いのに、誰かが身勝手な理由で殺される。
そんなことはニュースの中では日常茶飯事だ。
だから、もう何も感じない。感じなくなってしまった。
だけど、身近な人にその矛先が向けられた時の事を想像してみると、僕は深い憤りに苛まれる。
もちろん想像しているのは詩織のことだ。
本当に死ななくて良かった。
もう、誰も失いたくない。
僕は悪魔という存在に強い嫌悪感を抱き始め、絶対に打ち負かしてやろうと、はっきりと決意した。




