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◆第六話『契約の計画』

 近所のスーパー。毎日何らかの魚や野菜のセールがあり、どこかの市場と直接繋がっているであろうと推察されるこのスーパーは、夕方の半額セールを狙った買い物客で、ごった返していた。


 僕とリリスは、このスーパーに、ある"契約に必要なもの"を買い出しに訪れている。


「値段は気にしなくていいのか?」

「ええ、それなりのものなら何でも大丈夫よ」

「うーん、それなりって言っても、買ったことないからなぁ。どれが美味しいとか、あるのか?」

「っ、もちろんよ!」


 彼女の爛々と輝く瞳を見て、あ、これ地雷踏んだんじゃないか、と僕は悟ったのだが、時既に遅かった。


「値段の高いものほど美味しい、という訳ではないのよ。確かに値段は良い保証にはなるけど、安いものだって飲む人にとっては美味しく感じたりするわ。それにお酒って、ジンとかウォッカとか、アルコール度数の高いものは基本的に高いし、そもそもそういうものは人を選ぶでしょう? だから自分に最適な味のものを選ぶのが正しい選び方ね。それと、お酒っていうのは発酵食品だから、アルコールによる発酵が進んでいればいるほど味が深くなるの。長いのだと数十年もなんかがあるのよ。あ、ちなみに 発酵っていうのは糖分がないと進まなくてね――」

「もういい、もういい、もういい! お願いだから黙れ!」


 夕食の食材を買いに来た周りの奥様方の視線が痛い。物珍しそうに、こちらの様子を伺っている。中には失笑している人も居た。夕食の肴にでもされたら、たまったもんじゃない。


「ちぇー、章から訊いてきた癖して」

「もういいから! 全くお前と歩いてるところを知り合いに見られたりなんかしたら――」

「アキ君……?」

「――は」


 不意に背後から馴染みのある声がかけられ、思わず間の抜けた声が出た。


「何してるの、こんなところで?」


 振り返ると、そこには、幼馴染でありクラスメイトの、結城(ゆうき)詩織が立っていた。

 彼女の姿はと聞かれると、まず、髪を明るめの茶色に染めている。長さは肩にかかるほどで、毛先には軽くパーマがかかっている。瞳は黒く、垂れ目で、綺麗系というより可愛い系だ。端的に説明するとすれば、こんなところだろうか。


「詩織、何でお前がこんなところに!?」

「こんなところって……ここはスーパーなんだからお遣いに決まってるじゃない」

「それもそうだよな……ははっ……」


 ミッキー○ウス顔負けの愛想笑いをする僕。

 内心はそれほど、いや、全く愉快ではない。


「アキくん、笑顔、わざとらしいよ? ……あれ、後ろの女の子は、誰?」


 ……げ、と思い、首筋の筋肉が強張った状態で、ゆっくりとその『後ろの女の子』を視認する僕。するとそこには、澄ました顔で、礼儀正しくかしこまるリリスが。その様子は、先程とは別人のようだった。


「……え? …………え? 誰? お前――ぃ痛っ!」


 詩織に見えない角度で、器用に僕の背中をつねるリリス。


「リリスと言います。章の遠い親戚で、両親の都合で章君の家に住まわせてもらってます」

「そうだったの。初耳。歳はいくつなの?」

「17歳です」

「リリス、それはもしかして永遠の17さ――あっぐっっ!」


 詩織に見えない角度で、器用に僕の背中を殴るリリス。

 詩織の方はというと、リリスの話を素直に信じ込んでいるようだ。


「じゃあ、同い年だね」

「いやいやいや、ちょっと待って! 今の見えてたよね? 絶対見えてたよね!?」

「アキくん、どうかした?」

「見えてないの!?」


 彼女――詩織――は、天然なところがある。だからこそ今助かっているのだが……いや、これは助かっているのだろうか……?


「もう少し丁寧に説明すると、両親が海外赴任になってしまって、章君の家に居候することになってしまったんです。学校も一緒になると思うので、よろしくお願いします!」

「ご近所さんだね。よろしく♪ それじゃあアキ君、私は買い物の続きがあるから、また明日ね」


 僕とリリスは精一杯の作り笑顔で手を振った。こうして結城詩織は、台風のように訪れ、台風のように去っていった。


「…………」


 無言でリリスを恨めしく睨みつける僕。


「……私、悪くないからね」


 我儘(わがまま)だなぁ。黙っていれば一級品なのに。

 僕は思わず、溜息をついた。


 ──そして僕は、リリスが小声で独り言ちていたのに気付かなかった。


「……まさかね」


 *


 こうして僕らは主目的の赤ワインを買い終えると、追加で二階の百円ショップで蛍光塗料とカッターナイフを買い、帰路についた。


「で、結局二千円の赤ワインか……」


 高校生の僕にとって二千円の出費はかなり痛い。来月発売のゲームももう買えなくなってしまったので、来月の余暇は図書館でSF作品を借りるか、ネットサーフィンをして凌ぐしかない。せめてこのワイン、一口くらい飲めればいいのに……。魔方陣を描くことに使う訳だから、全て使い果たしてしまうのは間違いないが。


 ここでふと、僕の頭に疑問が沸き上がる。


「そういえば何で赤ワインで魔法陣を描くんだ?」

「ああ、身体に宿す聖霊が赤ワインを好むからよ」


 問うことを予測していたのだろうか、即答だった。


「なるほど、わかりやすいな」

「あとは、血の代用ね。それと……章は、『最後の晩餐』って知ってるかしら?」


 あまりにも唐突過ぎる話題転換に、思わずうろたえる。


「え? あ、ああ。一応、知ってるけど? レオナルド・ダ・ヴィンチが真っ先に思い浮かぶよ。尊敬する学者の一人だ」


 リリスはこちらの返答に感心するように頷くと、再び話し始めた。


「『最後の晩餐』で、キリストは十二使徒に、赤ワインを血として、パンを肉として分け与えたでしょう? キリスト教の領域である『魔法』は、キリスト、あるいはそれに与する聖霊の、奇跡の力を借りるものなの。だから血の代用品として、赤ワインで魔法陣を描いて、残りを聖霊に捧げるのよ」


 僕はオカルト方面に興味があるので、彼女が話してくれた蘊蓄(うんちく)は、僕にとってとても興味深いものだった。


 その後、帰宅して自室のドアを閉めた瞬間、まるで用意していたかのようにリリスは口を開く。


「決行は午前3時に近くの霊山で行うわ。私は仮眠を取るから、魔法陣の書き方、儀式のやり方については魔導書形態の私をよく読むこと」


 突然一気呵成に話し出したリリスに困惑する僕。


「どうしたんだいきなり、何を焦って……って」


 瞼が重そうにしている彼女を見て、僕はその心の内を察した。


「ああ、眠いのか」

「……別に」


 リリスは素っ気ない態度で応答する。

 素直に認める性格でもなさそうだ。


「一つ聞いていいか? 普段、魔導書にならないのは何か理由が?」

「特に無いわ。実体形態が好きなだけ。でも、魔導書形態の方が不思議がられずに済むからね。だから仮眠を取る時は常に魔導書形た――ふぅわぁあ~」

「…………」

「…………」


 突如として、お通夜のような静寂が部屋に訪れた。ただひたすら時間だけが流れ、僕は笑いを堪えるのに必死だった。


「……え」

「……何よ!」


 つよきな ことばとは うらはらに リリスは はずかしそうに こちらを みている。


「え、お前今の――」

「今の誰にも言っちゃ駄目だからね!? 絶対だからね!?」

「お前の知り合いなんて一人も知らな――」

「うるさい馬鹿ぁ!」


 僕の真正面から、器用に僕のみぞおちに正拳突きをかますリリス。そして彼女は、逃げるように魔導書形態へと戻った。


「気にしすぎ……っ……だろ……」


 倒れながら、これからは、リリスはこういうとき、そっとしておこう、と思う章こと、僕であった。

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