◆第六十二話『警告の幹部Ⅱ』
「夢は現、現は夢。天地の理は今姿を眩まさん。夢幻の霧よ、ひとときの惑わしの世界を彼の者に魅せよ! 精神幻覚!」
唱えると、テイルは文先輩を抱え、持ち前の高速移動能力で走り出した。
巨人――と化した竜人――を、ある場所へと誘導するためだ。
何故本人でやらないのかと言うと……。
「章さんは人を抱えながら走ることの労力を分かってませんよ……。流石に本人よりかは幾分も軽いかもしれませんが」
「テイル、文句を言っている場合ではないわ」
「愚痴を漏らすなら後にして。今あなたが道順を間違えたら終わりなんだから。ここらへんの道、あんまり詳しくないんでしょ?」
「へいへい、分かりましたよっと」
エレンのせいで叱られることに慣れているのか、飄々とした態度で少年は答えた。
その様子を見送り、僕は麻夜さんの能力で将大の元へと瞬間転移する。
将大は拳の硬化能力を使い、「アレ」の外壁に少しずつダメージを加えていた。
「流石に将大でも一発じゃいかないか」
「そりゃそうだろ、こんなデカブツ」
「間に合うといいんだけど……」
「間に合わせる。作戦を始めた以上、それしか道は無い。そうだろ?」
将大の言葉を聞き、僕はニヤリと口元を緩ませた。
そうだ、こいつならきっとやってくれる。
心配の必要なんてないんだ。
しかしそれよりも問題なのは……。
「全ての生物が行方を眩ますこの空間で、この中身が入ってるといいんだけど……」
「愚痴愚痴言ってても仕方ないわ、章。今はただこの作戦の成功を願いましょう」
リリスは真摯な態度で説く。
彼女が久々に守護天使らしいことを口にした気がする。
しかし、僕の作戦だと、僕は最後の最後まで役割が無いのだ。
色々と考え過ぎてしまうのも、我ながら無理は無いと思う。
「凹むくらいでなかなか壊せる気がしないぞ、これ……」
「今の将大に出来ることは一発一発に力を込めて突くことだけだ。黙って目の前のことに集中しろ。雨だれ石を穿つとはよく言ったものだ」
「了解。単純作業は苦手じゃないし、考えるのは得意じゃないな!」
こうしている間にも、巨人は猛スピードで近付いてきている。
「持ってあと七分、かしらね」
リリスは、相手の気配を察知して、到達時刻を割り出すことに秀でているようだ。
あの日魔獣に襲われた時といい、感覚で距離を測り、脳内で計算して割り出している。
よく考えたらこれってすごい能力なんじゃないだろうか。
……七分か。
頼むぞ将大、時間内に「アレ」の側面に穴を開けてくれ。
もしこの作戦が上手くいかなかったとしたら、その時は麻夜さんの言った通り、関節を集中的に攻撃して、崩すしかないのだろう。
しかし、足の関節でさえ数十メートルは高い場所にあるので、一攻撃ごとに麻夜さんのサポートは必須だ。
あまり得策ではない。というか、無謀に等しい。
いや、将大の攻撃力ならいけるか?
……リスクが高過ぎるか。
こんな堂々巡りの次策を考えている間にも、巨人は迫ってきている。
頼む、間に合ってくれ。
*
五分後。
非情にも、将大が「アレ」の側面を破壊するより前に、巨人は目と鼻の先に近付いてきてしまった。
やはりでかいだけある、時間にほとんど余裕が無かった。
「急げ! 将大!」
「最初から急いでる!」
「あと百メートル……」
リリスのカウントダウンが始まる。
くそっ、せっかく作戦を練ったのに……。
「アレ」の強度が予想外だった。
もう、どうしようもないのか?
時に取り残された空間の、赤く染まった空を見上げる。
頼む、誰か。この状況を、どうにかしてくれ!
神にでも縋る勢いだった。
「あと八十メートル……」
もう、終わりなのか?
次の策を具体的に練るべきか?
せっかく全員の能力が噛み合ったと思ったのに……。
これだけ頑張って、このザマか?
はは、ざまぁねえな。
「あと五十メートル……」
「将大!」
「くっ……!」
自分の計算ミスだ。
巨人を誘導する前に将大を先に動かすべきだった。
もう後悔しても遅いのにな。
「あと三十メートル……」
もう、終わりか。
僕は諦めようとしていた。
「戦場に武器も持たずに参上するな、下民!」
僕と将大の背後から現れた黒い影が、人間離れした跳躍力で僕らを飛び越え、巨大な斧で「ガスタンク」を破壊する。
「シェマグリグ!」
「喜んでいる暇はありません!」
麻夜さんが喝を入れる。その通りだ。もう巨人は目の前だ。
彼女は将大とシェマグリグを、テレサさんの居る安全な場所に避難させる。
そして第二便で文先輩とテイルを送り届けると、僕の肩に手を置く。
「章さん! さぁ!」
「ああ!」
僕は大きく息を吸い込んだ。
「我が血潮は心臓を巡り、全身を巡り、脳髄を巡れり。満たされよ器、満たされよ霊魂、満たされよ気魂。大地に巣食う精霊どもよ、生の力を汝らに与う。与えし活力を以って我が脅威を圧倒せよ。焼き尽さん、火炎の右手!」
最大火力をお見舞いしてやった。
僕が炎を放出した瞬間、麻夜さんは僕をテレサさんの元――安全圏――へと転移させる。
遠くから、爆発によって巨人が焔に包まれ、苦しみもだいている様子が見て取れた。
そして、巨人の身体が少しずつ光に包まれていく。
自我を取り戻した様子の竜人は、最後にこう遺した。
「ノウゲンアキラァァア! 貴様ノ業ハ、こレでさらニ深くなッた! 我々が、こレで終わると思ウナ! いツカお前ヲ、地獄に引きズり下ろしテヤル……!」
捨て台詞を言い終え、野獣のような咆哮をあげる。やがて彼は光の粒となって消えていった。
「戦闘終了」
リリスが呪文を告げ、僕らは元の世界へと帰還した。




