◆第六十一話『警告の幹部Ⅰ』
午後の能力実験の実施中、演習場中にサイレンの音が響き渡った。
「また何か事故か!? いい加減にしてくれよ全く!」
「確かに私達が尻拭いをすることになるのはあまり気持ちの良いものじゃないわね……」
僕らは呆れ果てつつ放送を聞き現状の把握に努める。音質が悪すぎて何を言っているのかよく分からない男性の声が聞こえた。そしてそれに続いて、麻夜さんの声が聞こえてきた。
「緊急連絡、緊急連絡。時に取り残された空間にて竜人の幹部らしき生物を捕捉。宮本支部の魔法士全員に招集勧告。職員達は特別会議室へ魔法士を誘導せよ」
リリスは実体形態になると、肩を竦めて溜息をつく。
「ついに幹部様のお出ましって訳ね……」
「狙いは僕だろうか?」
「多分そうでしょうね」
演習場の出口が勢い良く開かれ、職員が焦った様子で僕達を急かす。
「すぐにご案内します!」
*
こうして僕、リリス、将大、レシムさん、文先輩、レンが一つの部屋に集められた。
「何故わざわざここに全員を集めたの? 被害を抑えるならすぐに向かった方がいいんじゃない?」
「一応作戦と呼べるものを提示しようと思いまして」
「ふむ……聞こう」
全員の目線が麻夜さんに集められる。
彼女は咳払いをすると、作戦の概要を説明し始めた。
「まず関東地方の幹部ということですが、これは以前私が皆さんに密告した能力者です」
「巨大化……だったか?」
「そうです」
彼女は回答した僕を指差し、続ける。
「どうしようもなくないか? 実際に巨大化なんてしたら、手の打ちようなんてないだろ」
「でも、身体の大きさが三倍なら、重さは二十七倍。それだけエネルギーが必要で、動きは遅くなるんでしょう?」
「いくら攻撃を避けられても、倒せなきゃ意味がないだろ」
将大の意見は尤もに思えた。動きが遅いので、敵から逃げることは可能かもしれないが、それでは事態は収拾しない。
「そこで、攻撃する場所を限定することにしました」
「限定? もしかして……」
リリスが何かに勘づいたらしい。
「関節です」
*
その後作戦会議を終えると、早速麻夜さんの能力で侵入した。
「良かった! やっと加勢に来て頂けたんですね!」
「ほら、言ったじゃない。諦めるのはまだ早いって」
目に涙を溜めながら縋ってくる彼は、まるで子犬のようだった。
一方で彼の守護天使はどこか姉のようで、どちらかというと飼い主に近いイメージがある。
「…………」
……これ、会議なんかしてる暇あったのか?
引き攣らせた顔で麻夜さんを見ると、彼女はあからさまに目を逸らした。冷静なのは結構なことだが、犠牲が出たらどうするつもりだったんだ。
「随分大きいわねー」
無駄に大胆不敵な人がここにも一人。この緊張感の無さ、悪い方向にいかないといいけど……。
文先輩に引き続き、その巨体を目にして、僕は絶句した。
東京タワーくらいあるんじゃないかという巨体。そしてその身体は、鎧で覆われている。
僕らの姿を見つけると、しばらくの間凝視した後、急激に接近してきた。
「おい……ヤバくないか?」
僕が言うよりも先に将大と文先輩は逃げ出していた。
「ちょっ……逃げ足早すぎだろ!」
言うと、すぐに二人の後を追いかける。
「くそっ、魔導書が邪魔で上手く走れねえ!」
「『セルッケン・ウト・ムオフスナルト』って唱えて!」
「え?」
「いいから『セルッケン・ウト・ムオフスナルト』って唱えて!」
「セルッケン・ウト・ムオフスナルト!」
唱えると、リリスがネックレス状になった。
将大がいつも唱えてたのはこれか……!
「俺は鍛えてるからいいけど、文さん体力持ちますか?」
「絶対に持たないわ……はぁはぁ……」
「既に疲れ始めている……?」
「そこの華奢なご婦人! 少し失礼します」
「えっ? きゃっ!」
麻夜さんに救助要請を出した青年が、文先輩を抱えて高速で走り出した。
「あら、殊勝なことするじゃない」
「エレンは黙ってて!」
どうやら彼の守護天使はエレンというらしい。
「遅いですよ章さん、これでは追い付かれます」
「麻夜さんのスピードがおかしいんですよ! というかアレ、なんであんな速いんですか!? 動き遅いんじゃなかったんですか!? あんなでかかったら関節とかいう問題じゃないですよね!?」
「……少し手を拝借します。少し酔うかもしれませんが我慢して下さいね」
「え? 一体何を……」
麻夜さんが手を握ると、視界が一瞬にして何度も断続的に変化した。まるでジェットコースターに乗っているかのよう。それが瞬間移動の連続であることを理解するのに、五巡ほどかかった。
冷静に考えるといくら動きが遅かろうとその分大きければそれなりに早くはなるな……。
麻夜さんの空間転移に移動を任せている間に少し頭が冷静になった。
「おい助けを呼んだ魔法士!」
吐き気を抑えながら声を張る。
「失礼な、僕にはテイルという名前があります!」
よく見るとちゃっかり魔導書を首に下げている。
戦闘スタイルは近距離戦闘型なのだろうか?
「そんなこと言ってる場合か! あれに何か弱点は無いのか?」
「そんなものがあったらとっくに……いや、強いて言えば一つありますね」
「それはなんだ!?」
追われながら話しているせいか、自然と話す声が大きくなってきた。
「でかい代わりに頭が悪いのよ魔法士さん!」
「僕のセリフ取らないでもらえるかな!?」
「なるほど!」
なかなか彼は不憫な立場に居るようだ。いや、納得したのはそこではないんだが。
「文先輩!」
「何? 章君!」
「奴は追いかけて来る前にこちらを凝視しましたよね!?」
「確かにそうね! でもそれがなんなの!?」
「やっぱり……!」
僕は一つ仮説を頭の中で立てたが、それを検証する必要があった。
「麻夜さん! 一度文先輩達と違う方向に進んでみてくれませんか!?」
「……分かりました」
しばらくして、文先輩たちと大分離れたところまで逃げて来た。案の定、あの巨人は文先輩達を無視して僕の方を追ってきた。
「麻夜さん、もう確かめられました。文先輩達と合流しましょう。あなたなら出来ますよね?」
「お安い御用です」
「それと、麻夜さんに移動を任せている間に作戦を立てられました。とりあえず、あの巨人の視界から僕が消え、見失う隙を利用して、物陰に避難し、作戦の概要を話し合いましょう。これは、全員の力を必要とする作戦です。もちろん、あのテイルっていう魔法士もです。ここは僕に賭けてくれませんか?」
ふふっ、と小気味よさそうに笑う麻夜さん。人形のように洗練された顔立ちが浮世離れしている。
「ええ、もちろんです。章さんに賭けましょう。皆さん、そうおっしゃると思いますよ」




