◆第六十話『冷静な彼女』
僕達はミスティック・リアの能力開発訓練を受けた後、昼食を施設のバルコニーで摂っていた。
「皆さんが能力開発訓練を受けている間に視察をしてきましたが、特に竜人に対しての拷問や実験はされていないようです。施設の方に軽い案内は受けましたが、入れてもらえなかった場所にも私の能力で入って確かめました」
入院中の詩織を除く仲間達が安堵の溜息を零す。
「振り出しに戻るようなことにならなくて良かったわね」
「全くですね」
文先輩の言葉に将大が賛同する。先輩に対して敬語を使うのは常識だが、彼が敬語を使うと少し可愛らしい。
「しかし、ミスティック・リアも素性の分からない組織だよなぁ。まだ守護天使の事の方がよく分かってる気がするぜ」
「あら、そうかしら? 知ってるようで意外と知らなかったりするんじゃない?」
「…………?」
リリスの言葉に、将大は腕を組んで考え始めた。
自然と将大に視線が集まる。
将大は唸りながら考え込んでいる。
……十数秒後。
「……言われてみると確かに」
「いや、ちょっと考えるのに時間かかりすぎなんじゃ……」
文先輩の呆れ気味の軽いツッコミが入る。
この二人、なんだかんだでいいコンビな気がする。
「リリスとテレサさんは同期なんだよな? よく天界のシステムが分かってないけど」
「ええ、学生時代の同期よ。せっかくだから天界のシステムも説明しましょうか?」
「私ちょっと気になるわ」
相変わらず文先輩は好奇心旺盛だ。意外とファンタジー小説とか好きだったりするんだろうか。
「大した説明でも無いけどね。まず、生きている間に善行を積んだものが天界へとやって来る。それで霊として次の生まれ変わりまでの間自由な時間を過ごすの。その中で特に天界に貢献したい者は、天使になる。天使になる事が決まったら、天界の学校に配属されるわ。そこで習う事は、道徳や心理学を始めとして、言語学、数学、人類史、物理学と多岐に及ぶけど、これは初等教育だから、浅く広くが基本ね。それが終わると自分で決めた分野を深く追究していくの。それで最終的に幻想戦争に関わる事を選択したのが私たち守護天使って訳ね。まぁ、幻想戦争が常時やってた訳じゃないから、一時募集に乗っかったって話だけど」
天界か……。
僕は椅子に寄りかかって空を仰いだ。
飛行機が雲を作りながら飛行しているのが見えた。
「……それでいつテレサさんと逢ったんだ?」
「守護天使になる決意をして寮に配属されることになってからね」
「天界には寮もあるのね。なんだかこっちの世界みたい」
「基本的に天界も一つの世界だからね。だけどこっちと一番違うのは同じ人格段階の魂が自然に集まる法則になってるってことね」
「法則?」
「手から離すとボールは下に向かって落ちていくでしょう? そういうものよ」
「ちょっと受け入れづらいわね……」
あまり意識してなかったがこの二人口調似てるな……。
ふとそんなことを考えながら、僕はコップの中のオレンジジュースを飲み干した。
「そういえば守護天使って生前の記憶ってあるのか?」
「一応あるわよ。全部詳細にとは言えないけど」
「爺さんの生前とか凄そうだけどな」
「何、大したものではない。子供の頃に招く側の不手際で番犬に襲われてな、それを絞め殺したくらいだ。だが自慢の番犬を失ったことで大層飼い主が悲しんでな、仕方が無いからその猛犬の子を立派な番犬に育て、それまで私が番犬の代わりを担う約束をしたのだ。後に武勲は色々と立てたが……あまり戦いは好きではなかった」
なんかどこかで聞いたことのある経歴だなぁ。
「なるほどなぁ。テレサさんは?」
「私は王妃だった事がありますね。ヨーロッパの小国だったんですが、その頃周りでは戦争ばかりしてまして、負けた側の兵士は全員殺されていたんです。でもそれではあまりに不憫だと思いまして、捕虜の為の病院を作ったんです。動ける兵士が動けない兵士を看病していました。そのうち国内の医者にかかれない人も訪れるようになるんですが、次期国王が無駄だといって病院を閉鎖してしまいます。来世では貧しい人に尽くそうと思っていたのですが、どうやらグループソウルの他の者にカルマが回っていったようです」
なんかどこかで聞いたものと似通った経歴だなぁ。
「それで、一応聞いてあげるけどあなたはどうなのよ」
「んー? 僕は大して覚えてないなぁ……。生前から超能力はあった気がするけど」
「はぁ……拍子抜けね……」
「ガチで落胆するのやめてくれない?」
生前に超能力があったなら色々ありそうだけどなぁ。
というか一番経歴が気になる。
「それで、リリスは生前どんな感じだったんだ?」
「…………」
「リリス?」
リリスは遠くを見るような目をして、黙り込んだままだ。
「あの、皆様、少々よろしいでしょうか?」
妙なタイミングで麻夜さんが話し掛けてきた。
「はい、なんでしょう?」
一応代表して応答をする僕。
「その……お昼をご一緒してもよろしいでしょうか?」
「あ……はい」
彼女は空いている椅子を引っ張ってきて座った。
「…………」
いや、何を話せばいいんだ?
目線を合わせる僕らだが、話し出す者は居ない。
「……申し訳ありません、お邪魔でしたか」
空気を悪くしたと勘違いし、立ち去ろうとしている麻夜さんに向かって叫ぶ男が居た。
「一緒に食べましょう!」
振り返った麻夜さんは目を大きくして将大を見ている。
「みんな何話していいのか分からなくて混乱していただけです! 別に避けたわけじゃないです! な、アッキー?」
「あ、ああ……確かにそうだ」
やがて麻夜さんは、天使のような微笑みを将大に投げかけた。
「ありがとう、ございます……」
お? 将大が顔赤くしてるぞ。まぁ黙っといてやるか。
*
それから、将大の横に麻夜さんが鎮座する形になった。
「この流れでまず事務連絡からなのが野暮かもしれませんが、一応役割ですので、伝えさせて頂きます。昨日章さんが曲歪軋と呼ばれる竜人を撃破しましたが、どうやら彼は竜人組織の幹部の一人だったようです」
「おお! マジかよアッキー、俺らの知らないところでそんな武勲を立てるなんてな!」
「うむ、大したものだ」
「流石ね、章君」
一斉に褒められて少しこそばゆいな……。
そんな中、リリスだけが苦言を呈した。
「ただ、いい事ばかりではないかもしれないわよ」
「……どういうことだ?」
「あなたが強敵に狙われる可能性が上がったってことよ」
「はい、私としても忠告のつもりでご報告致しました。これからの敵は……少し手強くなるかもしれません。場合によっては、ここに居る全員で戦いに臨むこともあるでしょう」
「……それこそ、望むところだよ」
僕の言葉に、リリスはクスクスと小気味良さそうに笑う。
「なかなかキザな返しするようになったわね。でもそれくらいじゃないとこの先生き残れないかもしれないわね」
「頼りにしてるぞ、アッキー」
「一緒に頑張りましょうね、章君」
こんなに頼られて大丈夫か?
僕は苦笑いしながら頬をかいて応じた。




