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◆第五十九話『目覚めと喪失Ⅱ』

 ふと何かが落ちた音がして後ろを振り返る。

 足元にはドライフラワー。

 そしてその上には、眉をひそめた文先輩と将大が佇んでいた。


「詩織ちゃんが記憶喪失になったって聞いて飛んできたのだけど……」

「動揺し過ぎて連絡が遅れました……申し訳ありません」


 テレサさんが文先輩に謝っている。

 彼女は手の平を振り、愛想笑いをしながら大丈夫だとジェスチャーした。


「それよりアッキー……今の言葉、どういうことだよ」


 将大は僕の両腕を持って揺さぶりながら言う。

 文先輩の目付きが鋭いものに変わった。


「全員で戦い抜くってことになったんじゃなかったのかよ……?」


 僕は自分の口から出た言葉が信じられないでいた。

 無論、自分でも混乱している。

 彼等と本音でぶつかり合って、泣いて、笑って、それで出した結論の筈だったのに。


「将大君……やめましょう。章君、まだ整理しきれてないのかもしれない」

「別に暴力を振るおうとした訳じゃないですよ……」

「…………」


 黙るしか無かった。

 今何を言っても、周囲を刺激してしまうような気がして。

 それを避けるには、ただ口を閉ざすことが最善の策だった。


「章……お前、まだ迷いがあるな?」


 沈黙は金を体現しているかのような存在、レシムさんが珍しく口を開いた。

 そうか、レシムさんの能力は読心術だったか。


「一度全てを吐き出しきらないと、わだかまりは消えぬ」


 確かに、このまま黙っていても何も始まらない気がする。

 互いに腫れ物扱いして、上辺(うわべ)だけの融和が保たれる。

 そんなこと、僕だって望んでない。

 でも、たった一度の過ちで、壊れてしまうものだってあるんだ……。


「勇気を出せ、もうお前は子供ではない」

「……っ」


 僕は下を向いたまま、自分の考えを口にした。


「詩織は、僕が守らなきゃいけないんだ」


 踏ん切りがついた後は、流れるように口から言葉が出てきた。

 将大を正面から見つめ、流れに身を任せる。


「僕が得た能力は、とてつもなく便利で、応用が効く。鍛えれば一級品らしい。それに僕は、麻夜さんからの誘いで『支援者』――いわぱピンチヒッターのようなもの――になった。これから鍛え上げれば、もう一人でも戦える。詩織みたいな犠牲者を出さない為にも、僕は強くなる」

「……それで、それが詩織ちゃんが戦線離脱することと何の関係があるんだ?」


 彼もまた僕を正面から見つめ、真剣に話をしていた。


「詩織は、あんな大怪我を負って、生死の境を彷徨(さまよ)った。戦いっていうのは、詰まるところそういうものなんだと思う。どちらかが死んで、どちらかが生き残る。これ以上……もう二度と、詩織があんな目に遭うことは許されない」

「でもそれって、詩織ちゃんがした覚悟に失礼なんじゃないか?」

「詩織がした覚悟……?」

「みんな、覚悟してた」


 文先輩が割って入ってくる。


「あなたが居たから……私達は一つになった。だって、共通の知り合いは、あなたしか居なかったんだもの。そう、あなたにとってはただの知り合いだった。でも、あなたは自分の知らないところで誰かを救っていたのかもしれないわよ。だからあなたを中心に私達は回ってきた。でも、今はそれだけじゃない。私達は一緒に戦ってきて、以前よりずっと繋がりが強くなった。詩織ちゃんが今まで章君と一緒に戦ってきた記憶も、彼女にとっては大事な思い出なんじゃないかしら。本当に、辛いことばっかりだったって言える?」


 僕は呆然としていた。

 そんなこと、今まで考えたこともなかった。

 自分がそこまで魅力のある人間だなんて、思ったことは無かったから。


 それに、戦闘で詩織は確かに色々と大変な思いをしてきた。

 だけど、そんな戦闘で培った友情も、少なからずあるのは事実かもしれない。


 それこそ、一緒に命の瀬戸際の戦いをしてきたのだから。

 危ない橋を何度も渡ってきたのだから。


 だけど、知らないうちに誰かを救っていたっていうのは、あまり身に覚えがない。

 後で訊いたら答えてくれるだろうか。


 いや、彼女なら、内緒にするだろう。

 彼女は詩織ほど、素直じゃないから。


 ふと、将大が背中を叩いた。


「ま、そういうことだよ。詩織ちゃんの記憶がいつ戻るかは分からないけど、戻ることを願って頑張ってこうぜ」

「あ、そのことなのだけれど……」


 *


「そう……だったのか……」


 将大は片腕を組んで、もう片方の手で頭を抱えている。


「でも仮に降参してたとしても、それは仕方のないことでしょうね……」

「いえ、詩織は降参なんてしていませんよ」


 テレサさんの言葉に、文先輩は豆鉄砲を食らった鳩のように驚いた。


「最初思い付いた時は、『まさか……』と思いましたが、皆さんの言葉も含めて改めて考えてみると、詩織はアキラを無視して降参するなんて有り得ません。確かに詩織は強くは見えませんが、芯は強い子だと私は信じています」

「……そうだな。きっと、そうだ」


 将大はテレサさんの言葉に大きく頷く。

 文先輩も、ぎこちなく頷いた。


「ねぇ、あなた達何の話をしているの……?」


 詩織が困惑の表情で僕らに話し掛ける。


「あなた達、誰……?」


 文先輩があまりのショックに思わず顔を覆う。

 将大も気落ちを隠しきれていない。


「これ、何がなんでも思い出して貰わないといけなくなったわね」

「全面的に同意……」

「おい、これどう説明するんだ?」


 色々と彼女の前で話をしてしまい、もう中途半端な説明は許されない。


「章」


 リリスが不意に僕を呼ぶ。


「何?」

遠隔操作(リモートコントロール)、見せてあげて。説明の前準備として。それが手っ取り早い。テレサは覚醒能力アウェイキングアビリティで部屋の前を監視」

「分かりました」

「……仕方ない、やるか」


 ……その後、魔法を実際に見せてみた結果、あまりの衝撃に詩織は失神してしまったのだった。

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