◇幕間劇七『何度目かの任務』(麻夜視点)
「さて、この辺でいいんじゃないかな」
先程の竜人に導かれ、章様達から十分距離を取ったところで、彼は口を開きました。
「ええ。十分に距離は取れていますね。これで味方同士が邪魔になるようなことは無いでしょう」
私には特に策はございませんでした。けれども、自身の能力と戦闘の経験には自信がございましたので、寸分も慌てることなく、返事を返しました。
「それじゃ、早速行かせてもらうよ……ッ!」
彼は短時間で急激に距離を詰めてきました。両手にはナイフが握られています。何度も戦闘を経験して分かりましたが、竜人という種族は、ホモ・サピエンスに比べて、身体能力が異常に高いようです。
私は彼を出来るだけ引きつけると、彼の背後すぐの位置に飛びました。隠し持っていた私のナイフで攻撃を試みます。
しかし、彼は慣性を利用して、急激に前進してそれを回避しつつ、こちらへと向き直りました。
「…………!」
私は驚きを隠せませんでした。霊の方が怖じ気付くのか、金縛りにあったことは人生で一度もありませんでしたが、初めて身体を自由に動かせなくなる恐怖を知りました。
「そりゃあ僕の軌跡に入ったら、そうなるだろうさ」
彼はそう言いながら、ナイフを突き刺そうと、私の心臓目がけて突進します。
私は咄嗟に近くの民家の屋根の上に飛びました。
自身の心臓の音が非常によく聞こえます。……少し、動揺している――そう感じました。
しかし、ここならそう簡単には襲いに来れない筈です。
「おいおい、これじゃ決着が付かないじゃないか」
何故彼等は皆揃って命懸けの戦いに抵抗が無いのでしょう。
私はそんな彼らが少し不気味でした。
しかし、決着が付かないのは困ります。
……いや、決着を付けなければいいのでは?
そう、私は閃きます。我ながら名案でした。
私は屋根の上から道路へと飛びます。
「意外と物わかりがいいじゃないか」
「……まぁ、そういうことにしておきましょう」
私はナイフを構える素振りを見せました。
「正々堂々、正面からっていうことか? 随分舐められたものだね」
彼はナイフを振り回しながら――恐らく軌跡を残す為でしょう――接近してきます。
私は彼の背後に瞬間移動し、彼に向かってナイフを投げました。しかし、それは彼のナイフによって弾かれてしまいました。
「不意打ちにしては雑だね」
直後、私は再度彼の背後に回り、ナイフを振ります。
彼は咄嗟に避けましたが、彼の肌には一本線の傷が付きました。
「喋っている暇はありませんよ?」
「フッ……」
冷静を装いつつも、目を血走らせながら、彼はナイフを振り回します。
私はそのナイフの連撃をこちらのナイフで牽制しながら、少しずつ後退しました。
やはり……恵まれた能力の割に、頭の方は少し残念なようですね……。
追い詰められてくると、今度は彼の背後に回り、同じことを何度か繰り返します。
この掛け合いの最中に章様が増援に来るのが最善でしたが、流石にそこまで都合良くはいきませんね……。
そして、私は彼の体力を少しずつ奪っていきました。
そろそろ、頃合いでしょうか……。
私は、彼との剣戟の間に、瞬間移動と空間の箱庭を駆使しながら、ナイフを次々と色々な方向から投げ付けます。
そして、保存している最後の一本を投げるのと同時に、胸元に残しておいたナイフを構え、不意に彼の背後に回り、彼の首の動脈を切り付けました。
思いの外作戦は上手く行き、彼は何も言葉を発することなく、その場に倒れ込みました。
一応、彼の脈を確かめます。
しばらくすると、彼は光の粒を放出しながら、霧散していきました。
「……即死だっただろうな」
私の魔導書――ファーター――が、珍しく口を開きました。
「あら、あなたにしては珍しく喋ったわね」
「無駄なことは喋りたくないだけだ」
彼は私の守護天使、ファーター・スナーラット・ダ・ヘヴン。
何年来かは分からないけれど、とてつもなく長い間、私の相棒をしています。
「さて、あちらはどうなったかしらね」
「あの少年なら問題ないだろう。彼の瞳の奥底には静けさを感じる。戦闘中でも、冷静に勝ち筋を考えていける子だと、私は考える」
あまりに意見が合ったので、思わず笑みがこぼれました。
「それに関しては同意見ね。でも万が一ということもあるでしょうから、急ぎましょう」
「ここで話している場合でも無さそうだな」
私は急いで駆け出そうとしたのですが……。
「瞬間移動の方が早いだろう」
「……そうだったわね」
彼の前だと唯一、油断をしてしまいます。
……それだけ安心しているということでしょうか、私は。
ですが、戦闘中において、出していいほど良い癖ではございません。
……これに関しては、今後直さなくては。
そして、程なくして私は章様のところへ飛びました。




