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◆第五十七話『最初の任務Ⅱ』

 まるで竜人を避けるかのように歪曲した火炎流は、いくら強めようとも決して竜人の方向へ向かおうとはしなかった。


「どうなってるんだ!?」

「分からない! 火力を上げても全く効果が無いなんて!」

「不思議でしょうねえ。不思議でしょうねえ」


 彼はニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべている。

 ただその態度には、どこか今までの竜人にはない凄みがあった。

 ……こいつ、只者じゃない気がする。


「さて、混戦になると仲間を巻き込みそうで、互いに戦いにくくはないですか?」


 クックッと相変わらず不快になる笑い方をしてくれる。


「ここは1:1に別れようではないですか。それなら味方が流れ弾に当たるようなことは防げるでしょう。ただ、一方の戦闘が終わったら、他方の支援に向かう事は禁止しないことに致しましょう。そもそも、ここには六大原則以外のルールは本来ありませんからねえ」


 確かに、相手の言っていることは筋が通っている。僕は麻夜さんと目を合わせ、互いに頷いた。


「理解致しました。その提案に乗らせて戴きます」


 彼女は誰が相手であろうと礼節を弁える性格のようだ。

 どこか彼女のメイドらしさが出ている気がして、少しだけ心が和んだ。


「それでは……どちらが私の相手をして頂けるのですか?」

「そんなことこっちが決めちゃっていいのか?」

「ええ、一向に構いません。たとえどちらが相手だとしても、圧倒的な力の差で払い除けるだけですので」


 後から現れた竜人は、にこやかに笑いながらそう言い放ってみせる。やはり戦闘には相当な自信があるようだ。


「私がナイフ使いの相手を致しましょう。……それで、構いませんか?」


 竜人の提案に麻夜さんが応え、僕に確認をとる。


「確かに、その方がいいでしょうね。相性的に。少し、章には荷が重いかもしれないけど、麻夜の判断が最適だと思うわ」

「僕はリリスの判断を尊重する」

「決まりですね」


 麻夜さんは目を閉じて深呼吸をすると、ナイフ使いに話し掛けた。


「それでは、私達が場所を変えることに致しましょう」

「ああ、ここはディスティ様に場を譲ろうと考えていたところだよ」


 様……? こいつはそんなに大物なんだろうか?


「章、耳を貸して」


 リリスが僕に小さな声で話しかけてきた。

 どこが口なのか分からないが、手に持っている魔導書に耳を近付ける。


「旧天界語が理解出来るということは竜人(ノガルドティアン)側には認知されてないはずなの。相手はこちらのことを嘗めてかかってるみたいだから、こちらから先制させて貰って相手の能力を確かめましょう」

「了解」


 僕はディスティに目を向ける。


「戦闘中に作戦会議とは、こちらも嘗められたものですねえ。いいでしょう、先制させてあげようではないですか」


 占めた、と心の中で思ったが、極力顔には出さないように注意を払った。


 ……出来ることなら、ここで決めておきたい。

 油断してる今がチャンスだ。

 少し小癪な手段だが、格上なら背に腹は変えられない。


 僕は火炎の右手ストリーミングフレイムを、初めて実践で無詠唱で発動した。

 しかし、僕が狙っていたほど魔法の発動は早い訳ではなかった。一秒ほどで直径七十センチほどの魔法陣が現れ、更にその一秒後に火炎流がディスティへと向かっていく。


 さぁ、唱えろ! お前の呪文を!


「少し、おいたが過ぎますね」


 僕が繰り出した火炎の右手ストリーミングフレイムは、最初現れた時のように左右に分断された。


 残念ながら、僕には詠唱が聞こえなかった。リリスを頼りにするも、彼女も聞こえなかったと言う。


「考えられることは、一つね」

「私も「相手も自動術式(オートパイロット)を習得していた」」


 ディスティはリリスの声に被せるようにそう言い、小気味良さそうに笑った。


「私の魔法は隠しておいた方が都合がいいのですよ」


 彼の飄々とした態度からか、どこか場が緊張することがない。適度な緊張状態すら保てないその場の雰囲気は、どこか僕の調子を狂わせた。


「何らかの手段で場を曲げてるのかもしれないわね。だとすれば、場を曲げない場所を攻撃すればいい」


 リリスの言葉の意図を理解するのは、今の僕には容易だ。

 僕は流れをイメージしてから、作戦を実行に移した。


「我が血潮は心臓を巡り、全身を巡り、脳髄を巡れり。満たされよ器、満たされよ霊魂、満たされよ気魂(きこん)。大地に巣食う精霊どもよ、生の力を(うぬ)らに与う。与えし活力を以って我が脅威を圧倒せよ。焼き尽さん、火炎の右手ストリーミングフレイム!」


 あえて完全詠唱で魔法を唱える。その方がこちらに目が行って作戦が成功しやすいと思ったからだ。


 直径一・五メートル程の魔法陣が、相手に当てた掌の前に現れ、巨大な火炎流が蛇のように敵へと向かっていく。


「目に見えて魔力上がってるわね……」


 リリスがそう独りごちた。

 僕は火炎流を鞭のように操作し、出来るだけ撹乱する。


「ハッハッ、当たるはずがありません!」

「地より生まれ出るは紅き命、絶えぬ炎よ天へと駆け上り、厚き壁となって我等を護り給え! 火炎の紅盾(フレイムシールド)!」


 僕は火炎の紅盾(フレイムシールド)をディスティの足元から展開した。

 地獄の業火が地面から吹き出していく。


「やったか!?」


 僕は二つの魔法を解除し、様子を見届ける。


「ハッハッハッ! 退屈しませんねぇ!」

「……!」

「しぶとい奴ね……」


 ディスティの高らかな笑い声が辺りに響き渡った。


「足元に魔法陣が現れた瞬間は驚きましたが、魔法遂行速度はこちらの方が遥かに速いようですね」

「油断しているようで、冷静に対処してる。こいつ、何者なの……?」


 何か無いか、相手を出し抜ける方法……。


 もう相手は油断していない。


 相手の能力が空間をねじ曲げる能力(ちから)だとするなら、相手に攻撃を受けたら一溜りもない。重力操作グラビティコントロールの時と同じだ。


 その上で、麻夜さんは今僕を助けられない。


 ふと僕は、ディスティの背後に、先程の竜人が落としたナイフを見つけた。


 ……!

 あれだ!


遠隔操作(リモートコントロール)!」


 僕はナイフを浮かせると、一直線にディスティの左胸付近に急速に接近させる。

 しかし、ナイフはディスティの身体スレスレで止まってしまった。


「おや?」


 ディスティは浮いたままの背後のナイフを後ろ手で掴む。


「……あなた、性格悪いですねぇ。不意打ちですか?」


 余計なお世話だ。

 これしか勝つ見込み無かったんだから仕方ないだろ。


「それでは、こちらも攻撃させて貰うとしますかね」


 ディスティは左手をこちらに向けると、衝撃波を放った。


「うっ……うあ……!」


 僕は急に吐きたくて堪らなくなった。

 気持ちが……悪い……!

 あまりの気持ちの悪さにその場にへたり込む。


「私の力は少し癖がありましてね、攻撃にはあまり優れていないんですよ。だからあえて出来るだけ相手の手口を確かめてから、こうやって詰めるんです。さて、先程あなたが突き立てようとしたこのナイフで留めをさしてあげましょうかね」


 彼はゆっくりとこちらに近付いてくる。

 一歩、また一歩。

 まるでこちらの反応を楽しんでいるかのようにゆっくりと。

 だけど、それが彼の最後の油断だった。


 僕は吐きそうになる気持ちを出来るだけ抑えて、力を振り絞って呪文を唱えた。


遠隔操作(リモートコントロール)……!」

「だからそれは無駄だと……なんだと?」


 咄嗟の判断で、ディスティに対して遠隔操作(リモートコントロール)を発動させる。

 そして僕は彼を持ち上げると、アスファルトへと全力で叩き付けた。


「あがァッ……! ぐっ……ァァ!」


 彼はしばらく悶えた後、光を放ちながら霧散して、やがて消滅した。


「危なかったけど……何とかなったわね……」


 竜人が消えたのを確認すると、僕は安心からか嘔吐する。


「この状態じゃマヤの助けには行けそうにないわね……。あ、その汚物付けたらシバくわよ?」


 なんとまぁ無慈悲な奴だ……。


「やりましたね!」


 誰だ、明らかに麻夜さんの声じゃないな、と思って顔を上げると、最初に会った増援要請をした魔法士の女性が立っていた。


「影から見てましたが、凄い駆け引きでしたね! この恩はいつか必ず返します! あ、背中さすりましょうか?」


 何故だろう、リリスの方が付き合いが長いはずなのに対応の仕方に天と地ほどの差を感じるぞ。

 天使と悪魔で言ったらこの人が天使でリリスが悪魔だろうなぁ、なんて言ったら叩かれそうだ。


「そちらも終えられたようですね」


 続いて麻夜さんが現れる。


「それでは、元の世界に戻りませんか?」

「そうね。……戦闘終了(ノシュカー・ドゥネ)


 リリスが唱え、元の世界へと帰還する。

 こうして僕は一度目の支援任務をなんとか生存したのだった。

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