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天使はあくまで魔導聖書(グリモワール)  作者: 小鳥遊賢斗
第四章「味方」

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◆第五十六話『最初の任務Ⅰ』

 僕は今、巨大な実験室――演習場というよりもその無機質感は実験室と呼ぶにふさわしいかった――で、頭に電極を刺されながら魔法を発動させている。

 今のところ能力引き上げ訓練より、僕の能力に関する実験の方が優先度が高いため、僕だけここに連れてこられた。詩織も入院中なので、誰にも迷惑をかける心配はない。


「遠き者よ小さきを聴け、近き者よ風を耳にせよ。誘いの流れよ深淵に響け! 遠隔操作(リモートコントロール)!」


 どれくらいの重さまで持ち上げられるのか分からないので、今完全詠唱でそれを試しているところだ。


「なるほど……これは興味深いですね」

「上の階の研究者の人が興味深いって言ってるわよ」

「便利なもんだなテレパシー」


 どうやら守護天使にはテレパシー能力が備わっているらしく、今まで使わなかったのは『使う必要が無かったから』らしい。


「どうやら質量に加速度が反比例するようですね」

「理論的にはどんなものも持ち上げることが出来る」

「想定の範囲内ですね」

「しかし脳波には全く影響がない。やはり肉体より幽体が関係しているんでしょうか」

「幽体の影響力なんて測定しようが無いので、このアプローチは元から無駄かもしれませんね……」


 リリスが逐一伝えてくるので、防弾ガラスの向こうでも何を言っているのかは筒抜けだ。


「しかし、やはり無から有を生み出しているんでしょうか? そうとしか考えられない」

「だが守護天使側はイデアを引き出す行為だと言っているんだろう? そもそもイデア界について知らなければどうしようもない」

「藍原に頼むか?」

「いや、いくら彼女でも流石に難しいだろう……何よりも危険だ」


 麻夜さんのことを苗字で呼び捨てにしているものの、一応大切にはしているらしい。


「しかしシェマグリグと守護天使側の魔法の供述が食い違うな……。もしかして原理が異なるのか?」

「同じような効果を生み出しているのに、か? 確かに竜人ノガルドティアンは魔導書を持たないと言うしな……」


 随分と興味深い話をしている。後で誰か捕まえて訊いてみようか。


「いや、こんな話はいつでも出来る。何にせよこれ以上続けても無駄だろう。章君達を帰らせよう」

「帰れるわよ章」

「恐ろしい能力だな……悪用はしないでくれよ?」

「そこは私を信用して欲しいものね」


 *


 ミスティック・リアからの帰り道。

 遠くで映える夕日が地平線に沈んでいき、辺りは夕闇に包まれつつあった。

 そんな冬の夕暮れの美しさに心を奪われつつあった時、ふいに例のガラパゴス携帯が鳴り出した。


「向こうから連絡来るなんて珍しいな……」


 僕は携帯の受信ボタンを押す。


「もしもし?」

「章様でいらっしゃいますか? 麻夜でございます」

「麻夜さん、そちらから連絡なんて珍しいですね。何のご用ですか?」

「ふふっ、予想出来ませんでしたか? 『支援者』としての初仕事ですよ」

「えっ!?」


 あまりに不意打ちすぎて驚いてしまった。いつも竜人(ノガルドティアン)は僕達人間を待ってくれない。


「今からお迎えに上がろうと思うのですが、準備の方は平気ですか?」

「……分かりました。来て下さい」

「頼もしい応えで助かります」


 次の瞬間、地面三十センチほどの空中から麻夜さんが現れた。手にガラケーを持ったまま。

 彼女はそれを黒いポシェットにしまうと、僕に手を差し伸べる。


「章様、それでは参りましょう」


 僕は麻夜さんの手を取った。そして彼女はリリスの手も握ると、瞬間移動した。


 *


 そうして瞬間移動してくると、全く見たことの無い場所へと飛ばされた。麻夜さんの守備範囲は知らないが、魔法士の場所へランダムで飛ばされるに等しいのだから当たり前といえば当たり前かもしれない。


 だが何より、妙に赤い視界、気持ち悪いくらいの無臭、不気味な程の無音には覚えがあった。

 ここは(まさ)しく……『時に取り残された空間』だ。


「やっと救援が来てくれた……!」


 目の前の魔法士と思われる女性が涙目で僕にすがり付いてくる。


「落ち着いて下さい。あなたがまとわりついていては章様も身動きが取りづらいでしょう」


 女性ははっとして僕を解放した。


「あなたは後ろに下がっていて下さい。その怪我では足でまといにしかなりません」


 麻夜さんの率直過ぎる指摘に、女性はしょんぼりして僕らの後ろへと、肩を押さえながら移動する。


「彼の能力について知っている事を教えて下さい」

「はいぃ……」


 冴えない返事だった。


「あの竜人のナイフには、何の仕掛けがあるのか知りませんが、その軌跡が空中に残るんです。そしてその軌跡に触れると、身動きが取れなくなるんです。私の仲間は、もう……」


 俯いて無言になる。最後まで言わずとも、容易に察しがついた。


「それで、仲良しごっこはそれでいいのかい?」


 話が一段落し、竜人が喋り出す。


「仕組みが分かったからって言って、避けられるかどうかは別だよ……ッ」


 彼は物凄いスピードで距離を詰めてくると、まず最初に麻夜さんを狙ってきた。

 彼女はメイド服の下に隠し持っていたナイフで応戦する。

 僕の能力は遠距離向きなので、彼女の背後へと素早く移動した。


 埒が明かないと思ったのか、今度は僕に標的を移してきた。

 驚異的なジャンプ力で塀を経由し、麻夜さんを通り越して僕の目の前へと躍り出る。


火炎の紅盾(フレイムシールド)!」


 僕は咄嗟に防御魔法を発動させた。

 すると、今度は火炎の紅盾(フレイムシールド)を避けるように壁を蹴って、僕の背後へと跳躍する。

 火炎の紅盾(フレイムシールド)を解除し、背後を確認するうちに、僕はあっという間に距離を詰められた。

 そうして予想外の行動に身体がついていかず、背後へと後ずさると、急に身動きが取れなくなった。


「なんだ!?」


 竜人はニヤリと笑うと、僕に向かって突進してくる。

 次の瞬間、僕の視界が一瞬で切り替わった。

 最初何が起こったのかよく分からなかったが、麻夜さんが手を握っているのを見て、彼女が瞬間移動で助けてくれたのだと理解した。


「危ないところでしたね。彼は火炎の紅盾(フレイムシールド)の裏にナイフの軌跡を残しておいたんです」

「そうだったんですか……助けて頂いてありがとうございました」

「感謝の言葉は受け取りますが、まだよそ見をしている暇はありませんよ」


 言うと、麻夜さんは竜人を睨み付ける。


「二対一だと分が悪いな……」


 竜人は自分の周りを無茶苦茶に切り付け始めた。


「何をしているんだ?」

「防御体勢でしょうね。麻夜さんの能力の方が厄介だと判断したんでしょう。あれでもう近付くことは叶わない。でもあなたならいけるでしよう? 章」

「任せろ!」


 僕は大きく息を吸い込むと、詠唱を開始した。


「我が血潮は心臓を巡り、全身を巡り、脳髄を巡れり。満たされよ器、満たされよ霊魂、満たされよ気魂(きこん)。大地に巣食う精霊どもよ、生の力を(うぬ)らに与う。与えし活力を以って我が脅威を圧倒せよ。焼き尽さん、火炎の右手ストリーミングフレイム!」


 手のひらの前に一メートル程の魔法陣が現れ、そこから膨大な量の火炎が放出される。


「魔力量も成長してるみたいね……」


 その火炎は竜人に直撃した――かと思われた。


「おやおや、私の可愛い部下を丸焼きにしようと思われたのですか? これはこれは、残酷なお方だ」


 火炎は新しく現れた竜人によって左右に分断されていた。

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