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◆第五十五話『影の英雄』

「それで、なんで僕だけ別に呼び出したんですか、麻夜さん」


 将大たちと別れ、人気のない廊下に連れ出された僕は、今の状況の説明を求めた。

 彼女は手を背中に回し、左腕を右手で掴んでいる。彼女は特に悪びれる様子もなく、淡々と理由を述べた。


「少々あなたに、提案がありまして」

「提案?」


 何を話そうとしているのか皆目検討もつかない。

 ただ、『幻想戦争』についてのことだということだけは、明らかだった。


「本題の前に、前提として話すべきことがあります。あなたは、ミスティック・リアとしての私の役割をご存じですか?」


 知っているか知らないかで言えば、一応知ってはいるだろう。

 彼女は『縛り役』と呼ばれていて、戦闘不能の竜人を確保する役割があるはずだ。そして特殊な携帯を使うと、彼女を呼び出すことができる。


 僕は以上の知っている事全てを、彼女に改めて話した。

 しかし、何故今更聞くのか、やはり意図がよく掴めなかった。


「はい、その通りです。しかしそれでは、シェマグリグさんが来たせいでお役御免、ということになってしまいます。およよ、私はどうすればいいのでしょう!」


 …………。

 …………。


 ……風が窓ガラスを叩く音がとてもよく聞こえる。


「……冗談はさておき」


 今の冗談だったのか……。


「私にはもう一つの顔、“支援者”という役割があります。この役割は、『どうしても負けてしまう』と言った絶体絶命の時に、私が出向いて戦闘を支援する、というものになります。ちなみに私がここに生きて存在していることから分かるように、一度も敗北したことはございません」


 流石麻夜さんと言ったところか。彼女の能力には隙がない。それどころか、体術さえ身に付けているのだから、これ以上頼りになる味方は居ないだろう。


「そこで提案なのですが、章さんにもこの“支援者”としてご活躍するのはいかがでしょう? 戦闘経験を他に類を見ないほど積むことが出来ると私は思いますが」

「……!」

「ちょっと待ってよ」


 リリスが間に割って入り、口を挟んできた。


「あなた達はまたこの子を危険に(さら)す気? いい加減にしてよ」


 感情をオープンにするリリスとは対照的に、麻夜さんは腕を組んで、少しも興奮せずに言葉を紡ぐ。


「リリスさん、あなたが章さんを心配する気持ちは、分からないわけではありません。しかし、章さんももう子供ではないのです。ここは章さんの選択に、委ねようではありませんか」

「…………」


 リリスは眉間にしわを寄せて不快感を(あらわ)にしている。


「言っときますけどね。確かにもう章は子供ではないかもしれない。ましてや、私はこの子の親でも何でもない。だけどね、この子が死んだら私だって困るの。私だって目的があって行動してるのよ。少しくらい口を挟む権利はあるわ」

「ですが、それは章君が強くならない限り達成することは難しいのではないですか?」

「……っ、確かにそうだけど」

「リリス、僕は麻夜さんの提案に乗りたい」

「章!?」


 何かを恐れるような表情で、彼女はこちらを向いた。


「僕さ、詩織みたいな目に遭う人を増やしたくないんだ。ましてや、詩織と違って本当に死んでしまったら、取り返しがつかない」


 僕はリリスの眼を真っ直ぐに見つめて話し掛ける。彼女は極めて真剣な顔になり、僕の言葉に耳を傾けた。


「それに、強くなるために戦闘経験を出来るだけ積んでいきたい。それがきっとこの先の助けになるはずなんだ。少なくとも、僕は、そのことを信じたい。リリスが心配する気持ちはありがたいけど、僕も僕で筋を通したい」


 僕にだって意志はある。彼女に頼ってばかりでは、いられない。


「特攻しに行くわけじゃないんだ。何よりこっちには麻夜さんが居る。彼女はいくつもの修羅場を(くぐ)り抜けてきて、ここに居る。そう簡単に、死にはしないさ」

「…………。……はぁ」


 彼女は大きくため息をつくと、苦笑の表情をこちらに向けた。


「いつからそんな偉くなったんだか。ついこの前まで戦うのを怖がってた癖にね」


 リリスはくすくすと笑うと、麻夜さんに向き直る。


「良い? マヤ。章を利用するのは勝手だけど、章を死なせたりなんかしたら許さないわよ。末代まで呪ってやるんだから」


 リリスの言葉に、麻夜さんは不敵な笑みで応えた。


「無論、そんなことはさせませんよ。私が何度修羅場を潜り抜けてきたと思っているんですか? もし危なくなった時は、私が身をもって、責任をもって、章さんをお守りいたします」


 彼女はドレスの裾を持つと、メイドらしくお辞儀してみせた。


「これから忙しくなりますよ、章さん。覚悟はよろしいでしょうか?」


 僕も負けじと、恐れを知らぬかのような笑みを作って対抗する。


「もう、引き返さないよ」


 麻夜さんが手を差し出してきたので、僕はそれをしっかりと握り返した。

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